第三十八回『スーパー銭湯の密会というか悪夢』その三(ソニアサイド)
★
——マンションエントランスまで足を進めると綺麗な大理石の内装と清掃が行き届いた内部に、五十嵐さん……なずなちゃんは呆けながら嘆息を付く。
複数の壺に活けている紫の胡蝶蘭が高級感をアピールしているので、見栄っ張りな貧乏人には逆に居心地が悪い。
「ふあぁ、私こういう場所初めて来ました。お金持ちは凄いですね。うちの築六十年のオンボロアパートとは天と地の差です」
「私は違いますよ。東北の田舎者なんでこんなハイテクな所に住むことになるとは想像もしてませんでした。いくら実家が自営業でも両親は無理しすぎです」
「娘の独り暮らしですからね、それだけ心配しているんですよ。私も独立するとお願いしたら猛反対されましたもん」
オートロックなので所持しているカードキーをインターフォンへかざすとロビーの入り口が開く。
私達はエレベーターを使って三階へ上がる。
「ソニア先輩、これだけ厳重だったら女の子で一人暮らしも安心ですね?」
「そうですね。その代わりお値段が高いから両親には申し訳ない気持ちで一杯ですけど……」
「でも、ここだったら訪問販売とか宗教の勧誘とかないから気が楽なんじゃないですか?」
「そうでもなかったり……」
マンションオートロックもそんなに万能でないことを最近知る。関係ない人間も一回入ると自由に行動ができるからだ。
例えばお届け物ですと適当な部屋に告げ入れてもらい、そのまま営業や勧誘する剛毅な人種も多数いる。
また新聞屋さんは配達の関係上暗証番号を知っているのでセールスに活用してくるからなおさら質が悪い。規約違反ではないグレイゾーンなので運営会社サイドも最近は防犯強化のため完全シャットアウト案を提示しているみたいだけど、早起きして新聞読む派の私としてはわざわざ下まで取りに行くのは億劫でもある。
「なずなちゃん、殺風景な所だけど、どうぞ上がってください」
「会長お邪魔します!」
初めて学校の関係者である可愛い後輩を招き入れ、何の飾り付けもないリビングへと案内する。生徒会の旧友達も上げた事がないのでどんな感想が飛んでくるか気が気じゃなかった。
私の借りている部屋は1 LDK……キッチンと一体になっているリビングと寝室があるのみ。でも賃貸はとても高校生で払いきれない金額。
清潔感を維持する為、外部の清掃業者も頻繁に入るから頷けるけど、逆に賠償金が高そうで壊しちゃいけない汚しちゃいけないという使命感があり、マンションの外も中もくつろげない本末転倒なのが今の現状なんですよ。
実際真っ白なフローリングに傷をつけたくないからカーペットを敷き物を置かないように心掛けている。
壁も釘とか画鋲とか刺さないで何とか凌ぐ。おかげさまで壁掛け時計をつけられないから、目覚まし時計が大活躍。
唯一置いているのは勉強用の折りたたみの机と百円均一で買ったクマさんクッションのみ。
私の寝室も似たようなもの。ベッドは置かず敷布団だ。備え付けのクローゼットにタンスが付いているので、そこに靴下とか下着を収納。
「なずなちゃん何もなくてごめんね。余計なもの置かないようにしているから。 高級賃貸だから傷つけるのが怖くて……」
「はは…… 分かります。 私の住まいもアパートなので」
「貧乏人には怖くて生きた心地しないよ、ここ……」
「テレビも観ないんですか?」
「情報は新聞とラジオで事足りるから」
「レンジやエアコンも置いてない……徹底してます。歴代最強の生徒会長は伊達じゃないですね」
それにもし雷が落ちたとき電気が逆流することもある。一番被害を受けやすいのがテレビ。だから警戒を怠らない為にも家電製品は必要最低限にとどめておく。
普通何か破損した場合敷金で補うのだけどそんなのは簡単にオーバーしてしまう。しかも保険の加入は不動産屋指定なので高額だから不可能。
「大好きな小説はどうしているんですか? 電子書籍ですかね」
「大体は図書館ですね。お金を消費したくないで。床に負担かけて穴開けたくないし」
——などとなずなちゃんの質問攻めは暫く続く。
他人に部屋を披露するのはかなり恥ずかしいから、そろそろ勘弁してほしいのだけど、瞳をらんらんと輝かせているなずなちゃんの好奇心は尽きる様子はない。
「喉乾きませんか?」
「お構い無く」
「お客様用のコップとかはあるからコーヒーぐらいは出しますよ。ましてやお友達なのだから遠慮はしないでください」
「ありがとうございます」
ガスレンジに水で満たしたケルトをおいて火をかける。頻繁に使用する水回りとここは特に細心の注意を払っていた。
幸い布団なんかはたまに遊びに来るお母ちゃん用があるのでなんとかなる。
問題なのが晩御飯。毎度の事ながら米以外何もない。お隣さんからもらった野菜は全て美味しくいただきました。
本来なら帰りにスーパーへ寄っていくのだけど、毎度のあんな情けなくてみっともない姿を後輩に晒したくないから今回はスルーした。
一応生徒会長武者小路ソニアとしての プライドがある。それにこのタイミングであの蒼山君とブッキングしたらどんな嫌味で叩かれるか分かったもんじゃない。 あのロボットは無表情でも皮肉を連続で繰り出してくるから恐ろしい。
そうなると今度こそ順風満帆だった出世街道は瓦解してしまうだろう。
ケルトが沸騰したからドリップコーヒーに気取ってお湯を注ぐも、たかが激安スーパーで十個二十円の代物では三十円ぐらいしか味を引き出せない。
それでもおもてなしの心は大事なので、何処かに保管してある角砂糖を探索——「おや?」私の大好物である食べ物が嗅覚で探知。
お腹が減っているせいで幻聴ではなく幻嗅が発動してしまったと?
この香ばしい臭いはたくあん? なぜキッチンから?
よく熟考すると一つの答えに行き着く。そういえば私が非常用にキッチン床下へ保管しておいたんだ……。
お隣から貰ったたくあんが一杯あるのを自己暗示を駆使して記憶からデリートしていた。そうしないと間違えなく全部食べてしまいますから。
これで先輩の面目がまもれ——
「あ、ソニア会長、晩御飯ならご心配なく。お弁当のおかず一杯作りすぎたので一緒に食べましょう」
「なずなちゃんが女神様にみえます」
「たかがお弁当の残りで大袈裟ですよぅ」
おおー! なんて出来た後輩もとい友人何でしょうか……。でも、そんなに一杯作って誰に上げるつもりだったのだろう? 元々私にくれるつもりだったのか? 謎です。
「お客様用座布団が隣の部屋にあるので持ってきますね」
「ソニア会長、私が行きますよ」
寝室のドアノブに手を掛けようとするなずなちゃんだが——「まま、待った! 友達でもプライベートルームをいきなり公開する勇気はありません。許してください」見事ディフェンスに成功する。
「ですよね。でも、会長の寝室とても興味はあります。誰にも口外しないのでお願いします。駄目ですか? もしかしたらファンシーなぬいぐるみで一杯かもと……」
「あははは……そんな余計なもの買うお金ないのですよ。見事に何もないです………………それでも本当にみたいですか?」
「はい。お願いします。その代わり今度私の家にご招待するので。お友達として」
なずなちゃんの屈託ない笑顔。
友達として……最強のパワーワードに全面降伏するしかない私。
この娘思ったより、結構強引だなぁ。
「はぁぁぁ……そんなにジロジロ観察はなしでお願いします」
「心得ました!」
おまわりさんの如く敬礼のポーズを決めるなずなちゃん。余程嬉しいのかひょうきんなことをする。
ここで押し問答をやっても埒が明かないので私の方から折れることにした。
扉を開けて中へといざなう……「あやや、なかなか独創的なお部屋で。意外すぎて驚きました」 予想とは全く違う感想が飛び出てきたので驚く。
なずなちゃんの顔を覗くとどう反応していいか判断できず乾いている感じ。
そのわけをすぐに知る。
「………………」
「ギャップ萌えですね、はは」
唖然とする私。
何とかフォローしようと言葉を選んでいるなずなちゃん。
私の寝室がひっちゃかめっちゃかゴミ屋敷へ変貌していたからだ。実家の猫達が暴れてもこうはならない。
「いやいや、あきらかに変ですって!」
「そうですか? 弟達の部屋に比べたら 可愛いもんです」
「内容がとても気になりますが、 今それどこじゃありません。 私の部屋が何ものかに荒られてます」
「泥棒ですか⁉ どうやって?」
「 私が知りたいです。ありえない。オートロックをかいくぐったとしてもキーカードがないと開かないから余程内部に精通しているか、トリッキーなことをない限り部屋に入ることはふかの——」
その時だった。カタンとどこからか物音が響く。うちのベランダからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます