第三十九回『スーパー銭湯の密会というか悪夢』その四(ソニアサイド)
「せ、先輩、外に誰かがいるんじゃないですか?」
「え?」
私は恐る恐るカーテンをめくりそっと覗くと、そこには全身黒ずくめの格好をしている何かがいた。
道路工事で着ているドカジャン、鳶職御用達のニッカポッカ、革の手袋、銀行強盗がよく使う防寒目出し帽、全部黒一色の出で立ち。
言い逃れ不可能の怪しさ100%……どこからどう見ても不審者だ。逆に不審者以外の表現が類似語でも言い表せないほどの適合者。
「どどどうしますか? 警察に電話した方がいいですよね?」
「ええ。連絡するなら外にバレないようできるだけ音を立てずに玄関から出て通話してください。私はここで相手の出方をみて行動します」
「危険ですよ」
「大丈夫です。誰かが見張って証言しないと犯人逮捕がそれだけ遅れますから」
泥棒も一度は逃げたのだから、もうそのまま去ってくれるとありがたいがまだ予断は許されない。
第一、泥棒は私達が帰ってくると察知してベランダへ逃れたのは分かるけど、何でまだそこにいるか? 逃れられない何かがあるとか?
「…………………」
「なずなさんどうかしましたか?」
「流石です、緊急事態なのに全然慌てていない。冷静に対処できていて尊敬します」
「生徒会長として警察の盗難や強盗の訓練に参加してますので頭の中にマニュアルができているだけです。顔に出てないけど相当動揺していますよ」
実際私は信じられなかった。 オートロックの高級賃貸マンションだから警備も一流、泥棒や強盗の類は絶対入れないと不動産屋さんが自信満々に豪語していたのに、いとも簡単に侵入されているから。
しかも その現場に出くわすなんて不運でしかない。
せめてお客さんのなずなちゃんだけでも安全なところへ行かせないと……。
「先輩盗まれたものはないですか? 警察へ説明するので」
「大したものは持ってきてないので大丈夫ですよ。貴金属やクレジットカード持ってないので。 銀行の通帳だって本人確認が必要な今、通帳と印鑑だけもって行っても意味ないですし。泥棒は入る部屋間違ってます」
「下着とかは大丈夫ですか? 今流行りの 下着泥棒かもしれません」
「まさか? 危険を犯してまでパンツとブラを窃盗しに来ますかね?」
「変質者を一般的常識に当てはめて考えては駄目です。変質者は何を考えているか分からないから変質者なんですよ」
「言い得て妙です」
私は納得しながらタンスをチェック。何もなかった。私のブラもパンツも体操着も……。
「黒ですね。九割方最近騒がれている下着泥棒で間違えないですね」
「頭がイカれてる……。あの変態、行動原理がおかしい」
確認のため再び外を覗こうとするも——「お、お前か、今おいらを馬鹿にした女は⁉」後ろを振り向くと奴がいた。
他へ注意がいき泥棒が再び部屋に戻ってくることを念頭においてなかった私のミス。
「きゃあああああ!」
「なずなちゃん! 泥棒その手を離しなさい⁉」
油断した。完全に私のミスだ。石橋を叩いて渡る用心深い性質が完全にあだになる。こんなことならすぐに避難すれば二次災害を防げたのに……。
悔やんでも悔みきれない失敗。
呂律が回らない頭がかなりおかしい泥棒はなずなちゃんの腕を力づくで掴む。
まずいまずい。
「おいらは悪くない。お前らが全部悪いんだ。おいらが就職できないのも、彼女ができないのも、周りがおいらを馬鹿にするのも、女子高生が俺の存在を否定するのが悪いんだ。だからお前らのものはおいらが有効活用するのは道理」
「この人が言ってることが理解できない……意味不明。というか気持ち悪い」
「ろくに努力もしてないくせに、バカなこと言わないでください。人のせいにしていいのは全力を出して人生と真正面から戦った者のみです。貴方みたくあがなうことを諦め、投げ出し他人へ八つ当たりしてる人間は何も主張する権利などないです!」
「なな何だと⁉ 何も知らないくせに! だからクソガキはきらいなんだよ」
「——いまだ!」
なずなちゃんは一瞬のスキをつき、動揺している男の羽交い締めを抜け出した。
「なずなちゃん!」
「お前らまでおいらに楯突くか? 馬鹿にしやがって! くそ! くそー!」
泥棒が手に持っていたバットを振り上げると、私となずなちゃんは攻撃を掻い潜りベランダへと逃げた。
ここで初めて、どうやって泥棒が侵入してきたか推測がつく。
隣の家をよじ登ってルーフバルコニー越しに侵入してきたんだ。ほぼゼロ距離だったのが仇になる。
ということは最初から私に目星をつけてということか……。 多分付けられて、住んでるとこが割れていた。
「先輩、隣の人に助けを求めましょう。それしかない!」
「……そうですよね。わ、わかりました!」
相手は何回か攻撃してくるが、全て大振りだったのが幸いして、何とか躱し助けを求めるべく隣へ飛び移った。
当然泥棒も追いかけてくる。
下からよじ登って来ただけあって変態だけどガタイはいい。筋肉質であんなのに殴られたら可弱い私達はひとたまりもないだろう。
「いつまでも逃げられると思うなよガキども」
「気をつけてくださいソニア会長、プランターが邪魔です」
「あ!」
なずなちゃんは飛び越えると、私はプランターに足を引っ掛けて派手に転ぶ。こんな時でも安定の運動音痴が発動するとは……。
「ぐふふ、もう、逃げられないぞ小娘」
「先輩⁉」
「先に行ってください。早く助けを——」
変質者のバットが振り下ろされる。
私はとっさに目をつぶった。
あれ?
だが、いつまでも経っても一向に痛みは襲ってこない。
ゆっくり目を開けると、「………………」恐怖、血塗れの紙袋男が立っていた……え?
「きゃああああ! 変質者がもう一人増えた!」
「うきゃあああああ! 怖すぎぃぃぃ‼」
大量の血痕がついた黒いエプロンと軍手、頭に被っている紙袋が異彩を放っていた。いかにもB級パニック映画に出てきそうなデンジャラスな男が私を守るように仁王立ちしていた。
怖いって! 泥棒の方が全然マシ!
もう一人仲間がいた。駄目か?
「ぎゃああああ! 殺人鬼ぃぃ! おいらは関係ないぞ!」
おい!
「………………」
「先輩、どうやら仲間じゃないようですよ」
「じゃあ何者? 切り裂きジャックとかポチョムキン系は本当に勘弁してほしい」
私はホラー映画大嫌いだから本当に勘弁してほしい……。
「誰だお前は!? おいらの獲物を横取りするきか⁉」
「敵なんですか? 味方なんですか?」
「なずなちゃん、私達も助けに来てくれたんだよ多分……」
だって私を庇って防いでくれた腕が赤く腫れているから。
私達を守ってくれている? それとも変質者を退治しようとしてくれている?
私にこんなユニークな知り合いはいないはず。なのになんで助けてくれたのか?
紙袋には絵心があまり感じられないマジックペンで描かれていたアメコミダークヒーローの如く、禍々しい邪悪な微笑みを浮かべているから胡散臭い気もするけど。
「おいらの邪魔をするんじゃね! 女子高生はみんな俺の敵だ。おいらは被害者なんだぞ。お前らのせいでおいらは高校卒業できなかったんじゃ。就職できなかったんじゃ。何かにつけては、怖い、汚い、気持ち悪い、集団でよってたかって馬鹿にするな⁉ 変な目で見るな⁉」
「……………」
怪しさ満点紙袋マンは軽快なフットワークで泥棒の攻撃を何度も躱し、その都度シャープなジャブを決める。
相手は力づくで掴みかかろうとするも相手にならなかった。
泥棒の視線はこちらへ、「こうなったこいつらを人質とって立て篭ってやる!」倒すのを諦めた泥棒は人質に取ろうと再び私達に襲いかかった。
「こっちこないで!」
「ここまでですか……」
追い詰められていて逃げ場がなかった私は観念する——「こんなんでなきらめんなや! 度し難い意地っ張りがあんたの真骨頂だろ⁉」でも紙袋は後ろからドロップキック。
そのまま変質者は吹っ飛びノックアウト。気を失ったようだ。
「ぐぅ……」
「やった?」
「助かった……」
「…………」
その場でへたり込む私。
それと共に紙袋さんからトマトと何処かで嗅いだことのある甘いバニラの匂いが漂った。
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