第三話『文化祭も短し、恋せよ乙女』

第四十回「ソウルイーター先輩のピンチとオムレツ」


「………………」


 独特のフォルムが魅力的な珈琲用ハンドポットを傾け、ミルで砕いた珈琲豆を満たしてあるフィルターへ注ぎ、漆黒へと変換後静かに流れ落ちる熱湯。

 ゆるりカップへ落ちると共に漂ってくる芳醇で芳ばしい薫り。

 そして茶聖千利休にも通ずるバリスタが珈琲へ込めるたった一杯の配慮と想いは計り知れず。


  ——剣舞高生皆が待ちわびた文化祭当日。

 この日に向けて学業や部活動やアルバイトなど忙しい中スケジュールを調整し、早いところで一ヶ月前から入念に準備してきた。


 校門前には気合いの入った定番の巨大アーチが来場者を出迎える。この門は文化祭にとって顔であるが、俺達学生にとっても想い出を彩る重要なモニュメントだ。多分、歳をとっても覚えているんだろうな。


 校門前は部活動による屋台エリア。

 体育館はメイン会場で、プログラムによる出し物、演劇部や討論ミスコン、大道芸、カラオケ大会などを行う。

 そしておそらく激戦区域である本校舎は、各クラスによる模擬店や展示会となっている。


 俺も昨日から校舎へ泊まり込み、朝方まで請け負った依頼の作業していたからとても眠い。

 最後まで付き合ってくれた白石達に感謝だ。今度釣りに行ったらとびっきりの海鮮丼を作ってやろう。


「上がったよ。持って行ってくれ!」「了解」「三番卓、コーヒーニつ、紅茶一つ、オレンジジュース一つ、ショートケーキ三つだ」「オレンジジュースの仕込んでる分がなくなったから、少し時間くれ!」


「おっしゃ! 俺が絞るたいよ!」

「黒川急げ! お客さん待っているべ」

「白石、俺が黒川のサポートするよ」

「大盛況ばい。長蛇の列たいよ」 

「それじゃ忙しいはずだべ。これも全て海青のお陰だっぺな」

「そんなことはないぞ、俺達のチームワークが呼び込んだ奇跡だ」


 まるで野戦病院の如く矢継ぎ早にオーダーが舞い込んでくる。

 バリスタに扮した俺達が次々と依頼をこなし、賞賛の声を妄想しながら自信と誇りに還元、徐々にペースを上げていく。


 基本紅茶とコーヒーに絞っているが、本格派喫茶を掲げているので飲み物に妥協はしない。紅茶もティーパックではなく茶葉で、珈琲もインスタントや出来合いのドリップコーヒーではなく豆からこだわっている。

 それに限定として俺が貯蔵していたローズヒップを蔵出ししたから忙しさに火がついたのだろう。

 

 俺達一年ニ組の出し物は『執事&メイド喫茶』だ。

 なのでここ、学年共用の準備室で俺と白石と黒川と他数名は裏方に回り調理の方を担当している。と言ってもコーヒーとか紅茶を入れるだけの単調な仕事がメイン。料理は女子達が事前に作ってあるケーキとクッキーのみ提供。

 だから本物のメイド喫茶みたいなオムレツなどはサービスにない。


 元々執事とメイド喫茶は文化祭定番の出し物。当然人気がある。

 喫茶店系はそれなりにどこも混んている。でもうちのクラスは異常。

 学年共用臨時厨房はほぼうちらだけがフル回転。IHクッキングヒーターが足りなくて他のクラスから借りるぐらいだ。


「本来なら海ちゃんがウェーターをしてくれればもっと潤滑にまわるたい。でもそれやるとわいらが持たないのはジレンマ」

「僕達じゃマスタークラスである海青の足元にも及ばないからなぁ。近くで無駄の無い作業を目の当たりにするとため息が出るさぁ」

「俺の趣味は家事全般だからな。お前らと多少は差があるさ」

 

 実は他人と接する給仕は苦手なので裏方でほっとしている俺。そういう理由なので矢面に立つつもりはない。

 それでも喫茶店のマスターには並々ならぬ憧れがあるので、格好だけでもと学生服だと締まりがないから喫茶店の店員のようにベストを俺達はワイシャツの上から着ている。無論エプロンも忘れない。


「いやいや、海ちゃん上手すぎ。まるで 喫茶店のマスターたいね。もう店持てるんじゃないの?」

「本当だべさ。海青がいてくれて助かる。僕は素人だから迂闊にちょうすこともできないべ」

「でも、大したことはやってない。本来ならもっと本格的なことをやってみたかったが、教室なので火災報知機に反応するからガスを使うことはできない。やれることが限られてるのは辛いな」


 コーヒーの抽出法にも色々ある。エアロプレス、サイフォン、 水出しコーヒー、エッソプレッソ、 カフェモカ。 せっかくだし試したいことも色々あった。

 ドリップにも種類があり、おなじみペーパードリップと布を使ったネルドリップでもやり方ひとつで千差万別の味わいがする。


「十分十分。海ちゃんが淹れてくれるからお客さんは満足してくれるたい。当初クラスの奴ら準備に全然参加してくれなくて……このまま行ったら他クラスのいい笑い者だったばい」

「てっきり黒川がいい加減にやっていると想像していたべ。マイペースだからさ」

「普段からお調子者の弊害だな」


 対してリーダー、好きなこととお祭りだけは常に全力だと反論。

 黒川は文化祭出し物のクラスリーダーだったが、一年二組は全然まとまらなく難航。元々うちは派閥が多いクラス。八方美人のこいつでも統一するのは至難の技だ。

 俺と白石がテコ入れしなければ、あのままだと企画だけで文化祭が終わったかもしれない。


「——そんなもん適当に入れときゃいいじゃんか。ただの文化祭なんだしさ」「こっちのは可愛い女の子が来てんだからよ。インスタ映えするように頼むぜ」「おい! 蒼山何やってんだ早くしろ! そのくらい子供でもできる。 本格的メニューをやろうとしたのに、お前がグズだから何もできないんだよ。俺達の足引っ張るな。だから頭空っぽな不良は嫌いなんだよ」


 好き勝手ほざく給仕役のクラスメイト達。何もわかってない。金をもらってる以上、子供のごっこ遊びというわけにはいかないんだ。妥協は絶対に許されない。

 予算はないから大したことはできないが、それでも気持ちを込め丁寧な仕事は要求される。

 それがお金をもらうという対価だ。

 そうすれば品質が悪くても大抵お客が文句言うことはない。

 どんな時もおもてなしの心は忘れるなかれ。


「そんな言い方ないんじゃなかか⁉ そもそもお前らが俺の言うこと聞かないからこれだけ準備が遅れけんね。裏方がどれだけ苦慮したと思ってるたい!」

「何も努力しないで適当に愛想笑いしてる 君らへ何換言しても無駄だべな。適当に会話して遊んでるだけ」

「……待ってくれ。 今仕上げる」


 喧嘩になりそうなので仲介した。

 クラスのカースト上位にいる奴らが俺に ケチをつけるのは日常茶飯事。自分達より下を見つけて叩く、それでしか己を保てない可哀想な生き物だから。

 でも、別段どうでもいい奴らに何も言い返すつもりはない。

 これからの人生に何も関わらないだろう。仲間だと思ったことは一度もない。これからもないだろう。


 手早く仕上げた珈琲や紅茶をカースト上位の奴らは文句や御託を並べながら商品を運んで行った。


 ——ここで午前の部が終わるチャイムが校舎へ鳴り響く。


 どうやら前半戦、今受けている残りオーダーで最後のようだ。それでも結構あるが……。

  俺達は交代制で午前午後と別れている。これが終われば晴れて自由の身だ。


 なにもなけれ——


「うう海ちゃん、ちょっと来てくれんね!? 大変なことになってるたい!」

「海青早く早く!」

「黒川、白石どうしたんだった一体?」

「たたた大変たい、スタッフとお客さんが揉めている!」

「騒動になってるっしょ!」

「客?」

「しかも知ってる人ばい」

「天敵超えて運命の人かもしれないさ」


 覗くとそこには仏頂面で腕組みをしたソウルイーター先輩が、クラスメイトの一人と言い争いをしていた。

 空気を読めない迷惑なクラスメイト。明らかに先輩を困らしている。


『——いい加減にしてください。何故貴方と交際しなきゃいけないのでしょうか?』

『別にいいじゃないですか。減るものじゃないし。お試しでいいんです。練習がてらに付き合ってくださいよ。武者小路先輩』


 ソウルイーター先輩が相手してるのはクラス一番のチャラ男だ。勝ち組と目されている奴の一人。女好きで有名なゲスだ。


『お断りします。私は見ず知らずに身を委ねるほど安い女じゃないですよ』

『そんなこと言わないでさ。なんなら今日だけでもいいからさ。一日交際。疑似恋人。これなら気楽だろ? 本番に備えての予行演習と割り切れば気は楽だって』


 金髪、オールバック、日焼け、絵に描いたような遊び人で、チャラ男はナンパと交際経験豊富であるが、飽きると簡単に捨てるので交際していた女達に恨まれている。

 もろん、これも罠。ハードルを簡単にすることによって関係を作るきっかけにする。

 

 話術は向こうが一枚上手。感情に流されやすいソウルイーター先輩では分が悪いかもしれないな……。あんなのがずっと執拗くくれば大体の女達は妥協する。


 この場で場を収めされそうなのは俺だけか……。

 ならばそろそろあいつを撃退するかな。ソウルイーター先輩との関係をこれ以上拗らせたくないから。


「俺どうもあいつ苦手ばい」

「どうするべ海青?」

「…………俺がなんとかするよ。お前ら十分ここを任せた」

 

 俺は急いで家庭科室へ向かった。オムレツを作るために。どんな客のニーズに答えるのは店の勤め。

 

 戻って来たら厨房から回らなくて悲鳴が聴こえるも、想定内なのでそのままソウルイーター先輩の元へ直行。


「お客様お待たせしました。オムレツでございます」

「蒼山君? いたんですか?」

「おいおい、何しに来たんだよ。剣舞高の不良品が。まだ交代の時間じゃないぜ」

 

 お前に言われたくないが、その言葉を飲み込んでチャラ男撃退用プロセスは続く。


「サービスでケチャップで文字を書かせてもらいます。何もご要望がなければこちらでメッセージを書きますがよろしいですか?」

「え? ……おまかせします」

「おい、勝手なことするな! どっかいけよ!」


 だがしかし、文字を書く終えるとソウルイーター先輩はなんのことかわからずはてなマークになり、代わりにチャラ男はおとなしくなる。一人危険なヤンデレの名を書いた途端だ。

 予想が当たったようだな。

 メンヘラ系に手を出してストーキングされていると噂を聞いたことがあるから。

 

「この事があの女に知られたらおまえどうなるのかな?」

「え? え?」

「おお、俺を脅す気か?」


 不敵に微笑みスマホを取り出すとチャラ男はびびって逃げた。何度も躓き転びながら……。

 まだ交代の時間じゃないのだが、余程怖い目に合ったに違いない。

 

 ——とここにもおっかない女が勝手に解決したのでムカついたのか、提供したオムレツを一気に平らげた。

 納得が行かない様子のソウルイーター先輩は、『うまいですよ! ああ! 腹立つ!」などと怒声を上げながらも満足げではあった。


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