第四十一話「俺は大したことはしてない」



 喫茶店での役割は無事終わったから後任へ引き継ぎ、他に請け負った仕事の状況確認がてら散策しようと計画していたのだが——


「ちょっと蒼山君聞いてますか⁉」

「……ああ」


 食堂のテーブルにはお茶が二つと番号札。

 執拗いチャラ男を撃退したけど、勝ち取った自由時間はこのとおり、ソウルイーター先輩に捕まり折角の祭典なのにずっと不機嫌で愚痴られた。下手したら俺にも小言がいくので取り扱い注意である。

 四方に迷惑とご飯が不味くなるからやめろと忠告しているのにもかかわらずだ。

 当事者だから不愉快だったのは安易に想像できるが、聖女と謳われる生徒会長の仮面を付けている時は場所を考慮してほしいもの。


「もう! 折角評判の珈琲を飲みに来たのに全然味なんて覚えてないですよ!」

「うちのクラスメイトが悪かったな。代表者に代わり謝罪する」 


 俺は模擬店に携わる者として頭を下げた。

 

「蒼山君は悪くないですよ。でもむかつくから責任取って付き合いなさい」

「いいのか? 今日はようやく嫌いな俺から開放されて昼飯が食べられるのに」

「いいんです。第一共にお弁当食べるのが常習化した今、一人だと寂しい……こんなこと話せるの蒼山君、貴方だけですよ」

「え?」

「あ、もも、もちろんお昼限定ですよ! 敵対関係なのは変わってません。勘違いしないでください!」


 今日は周囲から差し入れがあるので食べ物は不足しないと事前に知らされているから、何も作ってないし一緒に食べる予定もなかった。

 なのに、気づいたらいつも通りの展開に習慣化している恐怖を抱く。油断していた。 

 それでなくても学校一の問題児と聖女が表だって共に過ごしているは異常性がある。感覚麻痺しているのか先輩は怠慢過ぎだ。


「しかし生徒会室が使えない以上、こうして共にいると人目につくぞ。変な噂たたせたくないんだろ?」

「今更ですよ。それに放し飼い無理な危険人物を手元に置くという大義名分があるので心配ご無用かと」

「随分ないわれようだな」

「日頃の行いが悪いからですよ。警察から呼び出し食らうのはもう御免被りたいものです」

「巻き込んですまん」

「反省する心づもりがあるのなら、もっと普段から慎重に行動しなさい」

「善処する」 


 求めていた答えじゃなかったのかソウルイーター先輩は嘆息をついた。

 

 普段の蒼山君と接していると警察に補導されるほど悪いことをしているイメージが結びつかない、でも本人は否定しないから——と先輩はぶつぶつ呟くが俺達の番号を読み上げる声が遮って聴き取れなかった。


「あ、番号よばれましたね。行きますか」

「ああ」


 文化祭で一般に開放された食堂は大盛況でごったがいしている。パートのおばちゃん達だけでは人手が足りないから、料理部も総動員で駆り出されていた。なので見知った顔ぶれがチラチラ俺を覗う。

 人混みが苦手なので断ったから何か言いたげだ。

 特に何故か部長がブチギレ。完成した料理を受け取りに行くと、ニコニコしながら地獄に落ちろクソッタレと親指を立てて下へ、口パクでメッセージ。

 仕込みとか俺が一手に担当したから直で抗議できない苛立ち、もしくは俺だけ優雅に食事しているあてつけか? 仮にも女の子なのだから言葉を選ぶべき。


 ここはうちのクラス並に盛況すぎて来たくなかったのだが、文化祭限定の海鮮ちらし寿司定食が大人気らしいですよと不機嫌なソウルイーター先輩に連行された。


「おお! これは美味そうですね。彩りとかお見事。まるで海鮮の宝石箱ですよ!」

「そうか」

「でも、何処かで見た盛り付け方ですね」

「気のせいだろ。スーパーの特売海鮮丼と変わらん」

「すごく美味いのに、あら汁の味も初めての感じがしません」

「ただの味噌汁だ」

「酷評しすぎです。ははん……さては嫉妬ですか?」

「かもな」


 ただ単に自慢したくないだけだ。

 まぁ、ソウルイーター先輩に蒼山君プレゼンツと誇っても信じてもらえまい。あら汁は赤味噌が合うから俺のお手製こだわり味噌を提供。

 初回の感じがしないのはその為だろう。


 実はこの前、ソウルイーター先輩へ振る舞ったバラちらし寿司をベースにアレンジを試みた一品だったりする。


「無駄なことです。蒼山君とではレベルが違いますよ」

「俺は勝てないよ。ベテランのおばちゃん達の腕前がいいから」

「ですよね。たかがいち学生、料理のプロを凌げるとは到底思えませんよ。でも、私は貴方の料理好きですよ」

「なんか言ったか? 聴き取れなかった」


 何でもありませんとまた不機嫌になる。


 そう俺がしたことなど、コストを抑えるため、この日に向けて魚を釣り大量にストックしたこと。安定したあら汁を供給できるようにスーパーへ掛け合い、売り物にならない魚のアラと白子を大量に買い付けただけだ。

 趣味の一環で行ったことなので大したことはしてないのだ。

 だから、こうして大盛況なのは今動いている食堂のおばちゃん達と料理部が縦横無尽の大活躍をしているに他ならない。


 そんな俺のどんぶりにはマグロの代わりにわさびが山盛りに入っていた……。確かに何が来るかは来てのお楽しみな、『おばちゃんの気まぐれ定食』を頼んだが、これは意外すぎて俺も麺を喰らう。


 更に対面者へ見えないようイカそうめんで、『生意気にもデート?』と文字が入っている。


「蒼山君は変わったもの頼みましたね。わさび好きなのですか?」

「大好物だ」


 とうそぶく俺。みんなの名誉のためにも真実は伏せる。食べ物で遊んでほしくはないが、これも部長なりのいじりなんだろう。

 第一粉わさびは生わさびほど辛さはない。くるのは水で溶いているときのみ。

 だからわさび丼を一気にかき込んで涙と汗が滲んでもそれは気のせいだ。


 暫し時間経過——


 むせ過ぎたせいで呼吸困難に陥り文字通り地獄を体験した後、濃い緑茶を啜りながら抜け出た魂を回収。

 死んだ曽祖父に説教食らった臨死体験は取り敢えず保留する。

 

 何故なら、


「あ、蒼山君、よかったら午後一緒に校内を回りませんか?」

「俺と?」


 予測不能の事態に思わず聞き返す。


「勘違いしないでくださいよ。これはあくまでも仕事。そう仕事です。遊びやデートじゃないですよ。お世話になったから恩返しするわけじゃないですからね!」 


 リアルなツンデレ初めてみたわ。

 しかも説得力がない。遊園地で遊びたくてうずうずしている児童の如くチラチラ催し物の予定表を確認。


 この前、ソウルイーター先輩達は変質者に襲われたばかりだ。もしかしたら怖いのかもしれない。

 ならば、


「もう、空き巣は捕まったから校舎も安心だぞ」

「そうなのですが、まだ怖いものは怖いのです。気を紛らわせないと心が持ちません」

「ならば尚更俺じゃないほうがいい。異性より同性の方が気分的にリラックスするんじゃないのかな?」

「不本意ながら蒼山君は一番落ち着く相手ですよ。そうじゃなかったらこの前朝まで通話してませんよ。余計なこと告げ嫌われてもダメージが少なそうだしね」

「紅羽先輩がいるじゃないか?」

「絶対嫌です! あの人には心配かけたくない」

「さいですか」


 あの泥棒は学校にも忍び込んで下着や体操着などを盗んでいた。特殊性癖のコレクターなのかと踏んでいたが、蓋を開ければネットオークションで売りさばいていた悪党だった。やつに同情する価値もない。


 あの時たまたま、屋上のミニビニールハウスでトマトの収穫をしていたらソウルイーター先輩と五十嵐がルーフバルコニーへ逃げ込んで来たときは肝をつぶしたぞ。

 身を潜めるとエプロンでトマト包んでいた分全部大破してトマトまみれになったし。 


 なにより、お隣さんの正体がソウルイーター先輩だったとは……青天の霹靂とはこういうことだな。

 今後気まずくなるのを避けるべく咄嗟に紙袋かぶったが、先輩がおもらししたせいで尚更正体を明かせなくなった。ならばこのまま墓場まで持っていくしかない。


「せめて紙袋さんみたく貴方も頼りがいがあればいいのに」

「紙袋?」

「私を助けてくれた命の恩人です。最後まで正体隠して。センスはハリウッドのB級ホラー映画並に悪趣味ですが……」

「…………」


 少しでも安心してもらう為に紙袋にスマイルを描いたのだが、かえって怖がらせてしまったようだ。

 珈琲のように真心込めれば絵心が皆無な俺でもなんとかなるとトライしたが、世の中はそんなに甘くない。

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