第四十二話「文化祭準備及び実行副委員長灰原」



「ー—お疲れ様です!」


「武者小路会長お疲れ様です!」「見回りお疲れ様です」「会長お疲れ様でーす」「ソウルイーター会長乙でーす」「会長お疲れちゃん!」


 笑顔振りまくソウルイーター先輩は生徒達と廊下ですれ違う度に労いの言葉をもらう。

 人望があるとはこのことを指すのだろう。俺が歩いても避けるか陰口しか叩かれないのにな。

 

「人気者っすね」 

「まあ、それなりの努力はしていますからね」

「それで栄養失調で倒れては世話ないけど……」

「うるさいです。一言余計」


 よそ行きのニコニコ笑顔にドライな苦情。ソウルイーター先輩は相変わらず俺限定で辛辣だ。


 昼休憩も終わり文化祭も後半戦。

 盛況で廊下は一般人であふれかえっていた。

 ソウルイーター先輩は各出し物の巡回を再開。なのだが……俺も暇という理由で強制的に付き合わされることとなる。


「スケジュールを破棄してまで同行しているんだから、このくらいの可愛いツッコミ入れてもお釣りがくるのでは?」

「は? 蒼山君にそんな発言権利はありません。黙って付いてくればいいのです」

「俺に人権はないのか?」

「自業自得です。どうせ時間来るまでひとり寂しく屋上か校舎裏にいるしかないのですから目的を与えてあげたのでむしろ感謝してほしいですね」

「勝手に俺の肖像権で妄想しないでもらいたい。それに清楚で大人しい可愛い女の子ならテンション爆上がりなのだが、減らず口叩く趣味がある先輩じゃ欣喜雀躍は夢のまた夢。犬型ファミレスの配膳ロボの方がまだマシだぞ」

「蒼山君は猫系の女の子より犬系の女の子の方が好みなんですね。先程のわんわん喫茶が気に入りましたか?」 


 何でそうなる……。俺の嫌味をムキにならずスマートに打ち返すとはレベルが上がったみたいだな。


 俺は回る予定を組んであったのだが、どうやら先輩は問答無用らしい。少しでも良心があるのなら社会貢献して世間様へ迷惑を掛けた分罪滅ぼしせよとのお達しだ。

 うちのクラスみたく治安が悪いところもあるのでボディーガードも兼ねてご指名。毒には毒で対抗とのこと。中々エッジの効いた皮肉。

 まあ、何かとソウルイーター先輩を煩わらしているのは事実なので反論しない。


 俺も緑川先生に危なっかしいソウルイーター先輩を見張ってろの依頼を遵守しないとならないので、ここは素直に従う。でないと先生に後でシメられるのは必定。


「別に好みじゃないが、喫茶店系のコンセプトが何処もかぶりまくっているのは気になる。先輩は知っているのか?」

「大体は把握してますよ」

「ならさ、今更だけど、出し物がみんな似たりよったりで縁日の出店より酷くないか? オリジナリティが全くない。模擬店とはいえ商売なんだから、もっと失敗を恐れず冒険しても学生なんだから許されるだろ」

「無難に走るのは悪いことじゃないかと。Web小説なんかも好きなもの探す余計な時間かけるより、同じジャンル同じストーリーの方がストレスないし。第一いちいち考えさせられる奇をてらった模擬店では合法かNGか判断に困ります」

「かもしれないけど……たった一度、この瞬間瞬間をただ漠然とミッションをこなすだけの青春ってのは味気ない気もする」

「失敗して閑古鳥鳴くより無難に済ませてそれなりの思い出作りしたほうが有意義なんでしょうね。面白いか面白くないからさておき。それに何も行動を起こさない青春の浪費家蒼山君よりはマシかと」

「さいですか。わるうござんしたね」


 的を得ているから反論諦めて茶化した。  

 俺とは違いそういう点ではソウルイーター先輩は青春を謳歌しているのではないか?

 カリスマだけあってそこを通るだけで士気があがる。


 最近、生徒会長以前より優しくなったよねー。だよねぇ、元から優しかったけど余裕がでてきた。若干丸くなったいうか、肥った? ガリガリだったからいんじゃね——と喧騒に紛れて流れ来る声は安堵と絶賛。


 そうなのか?

 暇さえあれば罵り合っている俺には違いがわからん。

 ならばカリスマ生徒会長から是非俺にも慈愛あるお言葉を授かりたいものだ。


「まあ……お弁当は助かってます。暖かい味噌汁美味いです……。特に甘い玉子焼きが最高です至高です。いつも不味いと言っているのは訂正します」

「そうか」


 どうやら聴こえていたようだ。罰が悪そうに言葉を絞り出す。

 ソウルイーター先輩が絶賛する甘い玉子焼きは緑川先生行き付けの寿司屋直伝だ。俺が惚れ込んだ味なので美味くて当然。妹に食べさせたい一心で大将に頼み込み自分のものにした。秘伝のレシピなので門外不出、誰にも教えられない。


「栄養バランスも考えてくれているし、色々と細かいケアもしてくれる」

「そうか?」

「あとは私にもっと優しい言葉をかけてくれたら合格です」

「それは諦めろ。ソウルイーター先輩(の胃袋)を苦しめるのが今の日課だ」

「………………」


 この場を和ますジョークに対して軽快なジョークで返しているのだが、一瞬空気が漬物石級に重くなったのは気のせいだろうか?

 

「次はどこだ? 時間は限られているからとっととこなしてしまおう」

「えーえー、私みたいな面倒くさい女、いつまでも相手したくないですよねぇ。ごめんなさいね」

「何を怒っている?」

「怒ってませんよ。多少は感謝してるから勇気を振り絞ったのに……このばかッタレなんて思ってません」

「……?」


 後半ゴニョゴニョしていて聴き取れなかった。


 この何とも名称できぬ雰囲気のまま数カ所足を運ぶ。

 終始笑顔が怖いソウルイーター先輩は嫌味に磨きがかかった。

 何かまずいワードを口走っただろうか? 

 妹で慣れているつもりだったが、歳が近い女の扱いがまだいまいちわからない。


 ——それから怒涛の見回りラッシュを終えラスト、


「イイでしょう。これは問題ないですね」

「よかったな」


 アトラクション系は人目を引くがデミリットもあるので入念なチェックが必要。申請と実際運用では全く別物になることもあるので。


 なかでもダンボールで作った人力ジェットコースターやシューティングゲームなど大型コンテンツはその振り幅が大きい。

 先輩はその危険性を指摘するも、ルールを強化することを条件に続行を認められる。

 確かに丸くなったな。前なら学校第一なのでどんなリスクも反対したのに、今は自主性を重んじて許してくれる。それどころか自身が楽しんでいたきらいもあるし。

 

 担当者達はありがとうありがとうと俺の手を握り入念にお礼を述べた。

 実はダンボールジェットコースターの設計と制作は俺が担当。クラスで考案したはいいが実現できるめどが立ってなかったのだ。制作スタッフ達がギリギリまで足掻いて泣きつかれる。


「関係ない蒼山君に礼をいうなんて余程大変だったのですね」

「顔見知りなんだよ。相談受けていたんだ」

「蒼山君に話を聞いてもらうなんて変な友達が多いですね」

「友じゃない。知り合い」

「なんであんなに頭下げているんですか? カツアゲでもしたんじゃないでしょうね?」

「知らないよ」


 元々は白石や黒田経由で助けてやったりしていたら頼られるようになった。それで恩着せがましいことは言いたくないから口には出さないようにしている。

 当人が喜んでくれているのなら問題はない。 

 実際内情を知らない他のスタッフ達は俺の扱いが冷ややかだった。


「——お疲れ様ですソニア先輩と……蒼山君?」

「お疲れ様なずなちゃん」

「五十嵐お疲れ様」

 

 そろそろ解散かとあとの予定を軽くリストアップしている時、三つ編みと丸いメガネがトレードマークの五十嵐が俺達を発見。

 それよりも風紀委員の腕章が気になるな。いつの間に生徒会と関わったんだ?


「ははっ、どうして二人一緒なのですか? もしかしてデートですか? まさかデート?」


 冗談で言っている割には五十嵐の目が笑ってない。何処か覇気があった。


「なな! て、鉄仮面というかロボットみたいな危険人物とデートなんてありえませんよ⁉」 

「違うぞ」

「そうですよね。ソニア会長は蒼山君嫌ってますもんね」

「そうですよ、私の敵です。今日は罪滅ぼしも兼ねてボディーガードをしてもらってます。一般人が来客している今、野放しにしているのはとても危険なので」  

「そうだな。お陰で俺の予定は狂った。全く迷惑な話だ」

「…………そうですか。ソニア会長が仰るのならそうなのでしょう。この前みたいなトラブル起きないともか限らないので。臨時とはいえ風紀委員長をやらせてもらっているから取り締まりは万全ですが」

 

 なんとか状況を理解してくれたみたいだが、ただ、メガネが反射して表情を覗うことはできなかった。

 

「ありがとうございますなずなちゃん。臨時とはいえ風紀として活動してくれて助かってます。信頼できる人がいないから」 

「偉いな。学校の信任を構築どころか破壊してきた俺ではこうはいかない」 

「そんなことはないです! 蒼山君がどれだけ凄い人なのか私は知ってます」

「蒼山君は凄い鈍感で唐変木です」

「俺は不良学生それでいい。面倒な大人達のしがらみに縛られたくない」

「蒼山君……」


 俺は王様や大統領になりちやほやされたいわけじゃない。ごく少数の知り合いが困っていたら手を差し伸べたいだけだ。他はどうでもいい。


「ところでなずなちゃんその子は?」

「迷子か?」

「はい」


 五十嵐は迷子を迎えに来た係のものに引き渡す。子供に手を振る仕草はいつ見ても和む。


 どうやら治安の維持が目的の風紀委員は子供が多いので迷子センターの役目もこなしているようだ。

 本来ならそこら辺も実行委員会が管理するのだが、運営サイドの当人達がお祭りで遊んでいるのでシステムが機能してない。全く持って嘆かわしい。 

 委員長の紅羽先輩でも制御できてないようだ。


 その証拠に前方から、かき分けるように無理やり人だかりを進む一団あり。

 いかにもワガママそうな金髪ギャルとチャラ男達。

 スタッフTシャツを着ているがどう観察しても仕事をしているようには見受けられない。


「うわ、灰原先輩だ」


 いかにも嫌そうな顔をするソウルイーター先輩。ここまで嫌悪を顔に現れるのは珍しい。


 なんだあの女王様? ギャルとイケメン達が堂々と廊下の真ん中を闊歩している。


「あの一団は?」

「ああ……三年の灰原先輩と取り巻きの陽キャ達ですね。文化祭実行委員会の副委員長です」


 はて? あの女どこかでみたことがあるな……。


「灰原先輩と会長選で昔戦ったことがあるんですよ。あのときなんとか勝てたんですけど、未だに灰原派に目をつけられているんですよね」

「ほう、それは初耳だ」 

「内申書欲しさに結果がほしいみたいで色々と手を出しているようです」

「だから今回安心して委員会を任せたんだけど、結果は芳しくないのです。やりたい放題に悪化させてもう少しで文化祭が開催できなかったから」

「真面目なタイプにはみえんね」

「あの人が紅羽先輩も言葉巧みに丸め込んで結果文化祭の準備が遅れたんです」

「紅羽君がなんとかあの人を制御していたから暴走はま逃れていたのですよ。どこで聞いているかわからないから私を含め何も言えず……。彼女に楯突いたらガラの悪い取り巻きの連中に陰湿な嫌がらせを受けてしまうので」

「さしずめクラスに一人はいるワガママボスザルギャルか」


 まるで生きる災害だな。

 自分は動かず仲間を使い周りを巻き込む。悪さするのならその方が裏切らないので操作が楽なんだ。

 マインド・コントロールの基本。


「お疲れ様、武者小路会長」

「お疲れ様です灰原先輩」


 灰原先輩はそのまま何も言葉を交わさずニアミススレスレで俺達の前から遠ざかっていった。

 このとき俺は確かに聴いた。あのギャルがすれ違いざまに舌打ちする音を……。



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