第四十三話「ソウルイーター先輩の想い人」


「ふへへへ、君は可愛いねぇ。とても良い声で鳴く。もっとこっちに来なよぅ。とても気持ちいいことをしてあげるからさぁ」

「………………ずずずっ」


 お昼も終わりに差し掛かり、混み合っていた学園祭の来客もある程度落ち着く。

 目的を果たした俺達のやることはなくなり、急に暇になりなんとなく寄った喫茶店でコーヒーブレイクをしていた。

 建前上は追加査察。

 なのでいい迷惑の『わんわん喫茶』は緊張感とともに異様な空気に包まれている。


 このクラスはワンドリンク制で飲みながら犬と遊べるがコンセプトの癒やし系喫茶だ。ソウルイーター先輩を最もときめかせた栄光ある店……なのだが、カリスマだがジャッジは厳しい真面目な生徒会長再来訪で喫茶店内はどよめいていた。


 やはり動物はまずかったかな? と責任者に耳打ちされるが別段ペット持ち込みは許可しているので問題にはしていない、体裁的な意味合いだと俺は返す。

 大体あれが査察の顔か? とソウルイーター先輩の緩みきった笑顔を親指で指摘、皆を安堵させた。

 もちろん当の本人はそんなこととは露知らず、溶け出したバニラコーヒーフロートそっちのけでワンコの喉元を撫で回す。


「ソウルイーター先輩幸せそうだな」

「えへへ…………こほん、そうですか? 私はここが治安上とても気になっていたので他意はありません。幾らいい子達でも訓練を受けていない動物で営業をやる以上はトラブルが起こる確率が高いですからね」


 先輩は平静を装っているがいまいち説得力がない。毎度お馴染みいじっぱり自動スキルが発動中。口角がピクピク動く。今も感情を抑えるのは必死のようだ。


「先輩は動物が好きなのか?」

「む? なんですか、藪から棒に」

「随分とペットの扱いに慣れているからさ」

「実家が農家なので犬猫が多いだけです。犬は番犬用、猫はネズミや害獣対策なので愛玩動物とはまた感覚が違うんですよね」


 その割には楽しそうだ。俺が犬好きだという先ほどに対する意趣返しは建前で、多分これが本来の目的に違いない。高級マンションじゃペット買えないからな。遠く離れてのひとりぼっちは寂しいのかもしれない。


「そうなのか。あまりにも幸せそうな顔してたので無類のペット大好き少女かと。いつもの堅物な生徒会長のイメージとはかけ離れているな」

「意外な風に言わないでください。好きか嫌いかと聞かれたら好きな方です。でも女の子はみんな好きでしょ?」


 顔は若干拒んでいても、犬を弄る手は弾んでいるから説得力がない。

 だから動物のキャラ弁を作った時はいつにもましてとても喜ぶのか。この分だと緑川先生の『マロンちゃん』や今里帰りしているうちの飼い猫、『にゃん太郎』と遭遇したらラブリーすぎて昏倒してしまうかもしれない。


 それにしても、よほど暇なのかそれとも別に理由があるのか、中々解散の流れにならなかった。それとなく促しているのだがやんわりと先送りにさせられる。

 俺が受け持った所に行かなきゃいけないのだが……。

 それでなくても先輩は生徒会長で学校の人気者だから共にいるととても目立つ。

 俺みたいなはぐれ者とこれ以上共に行動していると悪い噂が起きてよろしくない。

 実際さっきの灰原先輩グループみたいなアンチもいるから二人きりではないところで過ごすのはリスクを生じる。


 コーヒーを飲み干し、先輩そろそろ別行動してもいいか? と切り出した時、「——お疲れ様ソニアちゃんと蒼山君」耳にしたことがある明るい声の好青年が話しかけてきた。


「あ、紅羽君お疲れ様です!」

「委員長、どもです」


 先輩は顔を赤らめる、対して俺は軽くするだけにとどめた。

 文化祭実行委員長の紅羽伊月(あかばねいつき)先輩。

 真面目そうな黒髪と身だしなみが整った姿、もちろんピアスなんかしていない。笑うと溢れる白い歯、ソウルイーター先輩のクラスの出し物が演劇なので王子様の格好していた。

 お世辞とかは抜きでとても似合っている。

 学校でもアイドル並に人気があるのはわかる。特に俺の学年では相当な女子が好意を持っていた。面倒みがよく成績優秀でテニス部のエース&さわやかイケメンだ、自明の理だろう。


「仕事終わったの?」

「各クラスの巡回は予定通り滞りなく完了しましたよ。今回大きなトラブルはなかったですね。初期のずさんな予定でよくここまでこれました」

「…………」

「ごめん。迷惑かけたよ。なんとか軌道に乗れたのもソニアちゃんのサポートのお陰。感謝しているよ」

「それはいいですが、なんで衣装のまま出歩いているんですか? もうクラスの劇は終わったでしょうに」

「……………」

「ご覧の通り、公演が終わって抜け出してきたんだ。中々盛況で追加あるとか始まったからね」

「だめじゃないですか! うちのクラスのまとめ役なんだから責任持って最後までいないと」

「…………」


 文句を言いながらも微笑むソウルイーター先輩に笑いつつ平謝りの紅羽先輩。

 面識がそんなにないから何話していいのかわからないので俺は会話に参加するのを遠慮する。

 邪魔するのも悪いし割って入る度胸もない。なのだが……


「蒼山君もごめんね。急に会話に入ってきちゃって」

「…………」

「もう解散するところだったので別に構わない。俺の役目はどうやら終わったようだし」


 紅羽先輩がいればボディーガードの役目ももう終わりだ。あとは引き継いで本来の目的に戻ろう。

 俺は紅羽先輩を誘えとソウルイーター先輩へ目配せする。でも硬直していた。それどころじゃないらしい。


「こんなこと本人の前で言うのもなんだけど、噂で流れている女遊びが激しいゲス野郎とか、最低のクズでナンパ野郎かとイメージが先行していたけど、話してみると大分違うよね。噂は噂か……」

「まだ分かりませんよ」

「ぶっちゃけすぎるな。まあ、硬派であることは自負しているが、女好きでもナンパやろうでもない。風評はいちいち反応するのも面倒臭いからそのまま放置しているだけだ。別に誰に迷惑かかるわけじゃないからな」

「それはわかるよ。警戒心の強いソニアちゃんが側を許すなんて中々ないからね。正直妬けちゃうよ。よっぽど優等生と思われている奴らの方が尻尾を出さないから危険だよ」

「そ、そんなことないですよ。学校で一番の危険人物だから見張ってるだけ。特別に仲がいいわけではありません」

「俺も困っている。それにこの人のこと好きじゃないから心配しなくても大丈夫だ」


 いつまでその設定を使うのか? 一応話は合わせるけど、紅羽先輩はすでにフェイクだと見抜いてるような気がする。

 ただ一瞬ソウルイーター先輩の頬が、むう! と膨れたような気がしたけど考え過ぎだろう。


 その証拠に先輩は素知らぬ顔で紅羽先輩へ何かありましたかと問う。


「ごめんごめん、特別用事ということはないんだ。たまたま通りかかったら見知った顔がいたから声をかけただけ。珍しい組み合わせだから。またトラブルが起きたのかなと」

「まあそうなりますよね。私と蒼山君の二人きりだと……」

「入学からいつも周囲でやり合っていた俺達じゃ間違っても男女のデートにはみえないな。よくって事情聴取、悪くて辞世の句を詠むサムライと介錯人——痛い!」


 何故かソウルイーター先輩に足を蹴られた。事実を述べただけなのだが何が不満なんだか……。


「それはそうと本題。もう分かっていると思うけど灰原先輩には気をつけてくれ。ソニアちゃんを目の敵にしているから。最近よくない噂を聞く」

「灰原先輩は自分が一番でないと気に入らないみたいですからね。よほど私が生徒会長なのが面白くないんでしょう」

「最近学校でトラブルが起きたの全部あの人のせいだったり……まさかな」


 それはないだろと思いたい。


 とにかく用心してくれと念を押して紅羽先輩はこの場から立ち去った。

 なのでどさくさに紛れ役目を交代する目論見は失敗に終わる。


「もう! 紅羽君はなんでやきもちを焼いてくれないのですかね。異性と二人きりなんだから心配してくれてもいいと思うんですけれど……。昔から能天気と言うか天然と言うか、何を考えているかわかんないところがあるんですよね」


 残念ながらまだソウルイーター先輩は俺を解放する気はないようだ……。紅羽先輩への不満が次々と穴が開いたじょうろのように漏れ出る。

 殺気立っているせいであれだけ寄ってきた犬達が怯えて遠ざかって行った。

 俺もどさくさに紛れてこの場を去りたいが、そうなったらこのクラスに迷惑をかけてしまう。何事も一度着火した火元は責任を持って鎮火させないとならない。


「はぁ……俺に愚痴を吐いたって何の対処もできないぞ」

「そんな言い方ないでしょ。何もできない能無しなんだから私の不満の捌け口ぐらいにはなってくださいよ。不良にも五分の魂でしょ」


 残念ながらそんなことわざはない。それにしてもなぜこんなに怒っているのか? まさか…………、


「済まない、俺はこういうことに疎いんだが、もしかしてソウルイーター先輩は紅羽先輩のこと好きなのか?」

「……………………そ、そうですよ! 悪いですか⁉ いいじゃないですか、いいじゃないですか、剣舞高の王子様に儚い夢を抱いたって。あんなかっこいい男の子私には不相応だと思っているんでしょ?」


 顔を真っ赤にして肯定。溶けたコーヒーフロートを一気飲みする。

 ヤブ蛇だった。逆ギレ気味に切り替えしてくる。これにはさすがに俺も参った。どう納めていいのか皆目検討もつかない。


「紅羽先輩ってそんなに人気はあるのか? ある程度は理解しているつもりだが、俺は興味のないことに関しては無知だから何と言って慰めていいのか分からない」

「格好良くてテニス部のエースでいつも笑顔でみんなの人気者で女の子は憧れている、剣舞高のアイドル的存在ですから。実際スカウトされたことありますし。紅羽君を見ているとドキドキが止まらない。生徒会長選挙で紅羽君が立候補していたら私は太刀打ち出来なかったでしょうね」


 積を切ったように言葉が溢れ返す。どれだけ溜め込んでいたのか流れは止まらない。

 幸い犬達が吠えていたので話の内容は外部には漏れてない。噂になったらことだ。


「告白する予定はあるのか?」

「修学旅行で想いを伝える予定です」

「そうか、頑張ってくれ」

「それだけですか? 何か必勝のアドバイスなんかないんですか? 自慢じゃないけど玉砕する確率100%ですよ!」

「付き合ったこともない俺にそんな難易度の高い要求してこないでくれ」

「頼りないですね。役立たず」

「はぁ…………男の立場で言えることは本気の想いには本気で答えるってことぐらいだ。大丈夫だソウルイーター先輩は可愛いんだからもっと自信を持て。俺が相手なら間違いなく受け入れている」

「あ、ありがとうございます。全く全然嬉しくないけど嬉しいです」

「そりゃどうも。紅羽先輩を一心に想っているのなら実は結ぶさ」


 ——なのに最近ちょっとおかしいのです、頭の片隅に蒼山君が入り込んでくくく………何でもありません。


 何を話したかったのか、ボソボソ呟いていたので俺には聞き取れなかった。

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