四十四回「恋は盲目」



「…………………」

「…………………」


 ソウルイーター先輩の清々しいぐらいストレートな自白もとい告白をこの耳に収めてからどれくらい時間が経つのだろうか? 僅かかもしれないし、もう数時間が経過しているかもしれない。俺にもこれくらい素直になってくれたらコミニケーションをとるのが捗るのだが……。

 残念ながら先輩のせいで体内時計が壊れた羅針盤のように乱れているから、俺もどう切り替えしていいのかわからずじまいだ。

 要約すると気まずい……。

 ソウルイーター先輩がやけ食いしている机の上に積み上げられた皿と、俺に押し付けられた追加伝票。

 ホットプレートで焼きあがるホットケーキが更に現在進行系で追い打ちをかける。

 逃げていた犬を無理矢理力づくで捕まえ膝の上へ。怯えヌイグルミ状態なのは言うまでもない。


 もしかして先輩は俺に協力を求めたくて開放してくれないのかもしれない。

 救援を要請してくるのであれば別に構わないけど、あの意地っ張りが素直に言葉を紡ぐとは考えにくい。


「ソウルイーター先輩、紅羽先輩への告白を俺に協力してほしいのか?」

「じ、時間が掛かりますが、見くびらないでください。このミッションは自力で必ずやり遂げます」


 案の定、普段通りのスタイルで高慢ちきに返してくる。

 それならそれで構わないけど、ならいつの間にか握っている俺の手を開放してもらいたいものだが……。しかも握力が強い。


「よし、ということで俺は関係ないから先輩そろそろ許して欲しいんだけど……。あとは一人でなんとかしてくれ」

「薄情者……じゃなくてダメです! 今ケダモノを野に放つわけにはいきません」


 俺は力づくで腕を振るも噛み付いたワニガメ並に振りほどけない。


「誰がケダモノだ? 俺は盛ってないぞ」

「不良はやることないから年中繁殖期だと聞いてます」


 否定はしないが生憎俺は不良じゃない。妹の幸せを願う何処にでもいる一般のお兄ちゃんだぞ。


「どちらかというと今の先輩が盛りのついた猫だ」

「私は純愛です! ラブですラブ! 不純なことを言わないでください。だからあなたを解き放ちたくないのです」


 隠すの下手くそな先輩だな。なのにこの意地っぱりはあくまでも猛獣使いを気取るようだ。


 困ったな、このままじゃ堂々巡り。表面上は立派なご高説だが、内心プライドと恋心がぶつかりあって次の一手を指せない状態ということか……。


 紅羽先輩との距離を縮めたいのは自明の理だ。

 せっかくソウルイーター先輩が素直に自分の好きな人を明かしたのに、その先へ行くつもりが不明瞭。告白するつもりがあると宣言するが、今のままじゃ何もアクションを起こせないまま卒業してしまう。

 かといって俺がしゃしゃり出ても恨まれるだけだ。先輩の自尊心を傷つけないで、 なおかつスムーズにことが済む方法はないのであろうか?

 五十嵐に協力を仰ぐとか、第三者の力を借りる、もしくは……………………あ、良い手があった。


「俺の力を借りたいんだろ? 幾らでも貸すぞ。後悔はしたくないんだろう、そろそろ素直になれ」

「だからいらないです。舐めないでください。誰が札付きの不良に力を欲しますか。私だけでなんとかなります」


 なのに掴んで離さない手を更に引っ張られる。こんな不器用なSOSを放っておくわけにもいかないか。それに気が動転していたのか分からないが、少し前に思いっきり助けを求めてませんでしたか?


「実は俺が兼部している家庭科部の出し物は八百万相談所なんだ」

「八百万相談所?」

「そう、だからこれは文化祭活動の一環であってソウルイーター先輩を哀れんで助けたいわけじゃない。あくまでも仕事として話を聞いているんだ」

「仕事……。確かに家庭科部はそう記載されてました。でも実態がないからフェイクなのかと」


 効いているな。素直になれない先輩は何か突破口を探しているに違いない。なら俺がその入り口へ導いてやればいい。

 家庭科部が相談所にしているのは事実だ。ただし便利屋として各クラスへと色々と世話している俺が動きやすくする為の方便と、すべてのクラブ参加必須だったので内向的性格の多い部員達が形だけの参加でも済む様式をとったので実質はないに等しい。

 でも、これなら先輩の言い訳に利用できる。


「違う。うちの部員達はみんなシャイなんだ。サボっているわけじゃない。でもお客様が来なくて困っている。なら生徒会長として閑古鳥が鳴いている家庭科部のピンチを放置するわけないよな?」

「確かに……もし活動が消極的なら部費にペナルティーもありますからね」


 それは初耳だ。なら尚更相談に乗らないとならない。


「相談料はタダだ。先輩のことだから作戦は立案済みだとおもうんだ。ならその内容の確認と今後の方針を固めるためにも利用するのをお勧めする。というかうちの部活を助けてくれ。これ以上部費が減ったら衣装作ることが難しくなる」


 俺は頭を下げた。滑稽だが十分威力は発揮している。我ながら大した大根役者だ。


「こほん、そこまでいうのなら仕方ない。本当に仕方ないから助けてあげましょう。家庭科部は文化祭オープニングの舞台衣装で無理を聞いてくれたので」

「恩に着る。ただ、さっきも言ったように交際経験がないから俺に女心を理解させようとしても無駄だぞ。できるのは第三者側としての考えと現状の打開策を共に模索するのみだ」

「了解」


 話を聞けば何をすればいいのかなんとなく見えてくるはずだ。

 気が落ち着いたのか、ホットケーキを食べる手が止まる。それにしても器用なものだ。俺の手を掴んだままナイフで切るのだから。お陰様で動きぱなしで手がだるい。


「それでどういう切っ掛けで紅羽先輩を好きになったんだ? ここが分からないと先に進まない」

「昔の出来事だから明確なことは記憶が曖昧だけど…………客船で迷子になっている時、紅羽君が助けてくれたんですよね。それ以来いつもいつも私を守ってくれてる 。そんな彼だから好きになったのかもしれない」

「だから、もっと近づきたいと?」

「そう。 今でもいい感じなんだけどまだ他人行儀なんですよね。だからもっと仲良くなりたいと思ってます。 友達以上恋人未満ぐらいに」


 友達以上恋人未満か……。友達を超える位置であっても恋人じゃない。異性だから成立する不思議なポジション。

 大体、紅羽先輩がソウルイーター先輩を好きなのかまだ確認をとれてない。白石と黒田を使ってそれとなく探りを入れるつもりだけど、これだけ長く一緒にいて友達のままじゃ可能性は低いのではないか?


「普段どれほど紅羽先輩と仲がいいか俺には分からないが、今のままだと難しいんじゃないか? それでなくてもソウルイーター先輩は生徒会長の責任からか自分に大きな壁を作っている。だから仲がいいあの人でもあまり中へと踏み込めないのではないか?」

「……⁉ やはりそうですか。気兼ねなくオープンに接しているはずなんですが、何処か遠い気もしているんです」

「男は女の子に頼られるととても嬉しいものなんだ。特に意中の相手には……。逆に大変なのに頼られないのは距離を感じて悲しいことだ。だから先輩はもっと紅羽先輩を頼るべきだ」

「でも、それは生徒会長失格だと落胆しませんか?」


 先輩は身を乗り出した。もう、周りに人がいようがお構いなしに本音を暴露している。あとでこのクラスのスタッフを口止めしておかないとな。

 先輩、多分我に帰ったあと羞恥心で悶苦しむだろうから……。


「ソウルイーター先輩は逆をやっている。先ほどの態度だったら本当に心が離れてしまうぞ。チャンスをモノにしないともったいない。陽キャラ女子なら絶対に俺が投げたパスでシュートを決めていたぞ」


 紅羽先輩がいるとき俺がソウルイーター先輩へ投げた二人っきりになる好機を見逃した。

 確かに俺はあのとき逃げたいだけだったので執拗くは推さなかったが、両方共いい雰囲気だったから紅羽先輩次第ではあるけどそんなに難しいことじゃない。


「先ほどはそんなにチャンスだったんですか? ただの普通の会話だったのに……」

「そうだよ。全ての条件が揃っていたのに、よりによってなんで俺を頼るった? もったいなさすぎる。あそこで素直に蒼山は役に立たないから見回りに協力してくださいよとお願いすれば、今頃なかよしデートを余計な小細工なしでいいとも簡単に実現できていたのに……。なんで絶好の好機をものにしないのかな。仮にも生徒会長なんだからコミュ力を最大限まで活かそうぜ。討論大会だけが話術の使いみちじゃないんだぞ」

「うう……そうだったのですか。 私はそういうお願い事は苦手。恋の駆け引きとか異性との探り合いが不得意で、助けを請うのは負け。もし手を差し出してくれてもその場で論破、これだけで意中の相手に振られる自信があります」

「そんなもん自慢するなや。絶対にやってはいけないパターンだぞ」


 女子と付き合ったことのない俺でも、何が良くて何が悪いぐらいは想像がつく。    

 即ちソウルイーター先輩がやっている行動は間違ったお手本であって、他の女の子は真似しちゃいけないということ。


「よくなずなちゃんにも何処かズレていると言われます」

「先輩、これだけ鈍いといざという時行動を起こせないぞ?」

「そうですよねぇ。でも、私を助けてくれた紙袋の人の正体は分っているんです。色々と熟考した結果、十割方ある人物と同一です」

「え? そうなのか……」


 バレないように変装していたのにわかる人にはわかるのか?


「紅羽君ですよ。彼しかいません。そんな崇高なことをするのはあの人以外ありえません」

「そうだな……」


 恋は盲目。いいような悪いような複雑の気持ちになった。

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