第八回「異端者にして変わり者の緑川萃香先生とその教え子蒼山海青の生き様」その一



 単純作業の授業が終わり放課後、嬉しい自由時間がやってきた。

 そろそろ裁縫部へ顔を出したいが今日は生憎活動日なので自粛する。三年の先輩方にはほぼ身バレしているから平気だけど、他の部員経由で変な噂が立ってもフォローができないからここは我慢。


 その代わり今日は掃除当番なので教室を綺麗にする。相方の女子が帰ったあと、気になってしょうがのないので一から徹底的に清掃。 常に俺のロッカーにしまってある掃除七つ道具が活躍する時だ。


 やるからには徹底的にやらないと気が済まないタチなので机の中までゴミを掻き出す。たまにカビたパンが入っているのは許せない。大方黒川だけど……。

 こんなことやっても自分が損するだけだと第三者目線で語ったら考えるだろうが、特段あいつらの為にやってるわけじゃない。 俺がやりたいからやる。 ただそれだけだ。それに毎日綺麗な方がみんな青春を謳歌できるだろう?


「おい蒼山、 またやってるのか?」

「緑川先生。お疲れ様っす」


 教室の入り口でだるそうに担任教師が開いている扉にもたれかけてノックをする。


「挨拶はいい。 それよりもう一人の当番から苦情がきてる。私の掃除が気に入らなかったのか当てつけがましく徹底的に清掃しているから、どうしたらいいか、謝った方がいいかと真剣に相談にきてな。泣きながら」

「 まじか……。誤解っすよそれは」

「そんなことわかってる。蒼山のことはよく知っているつもりだ。チャラい外見のくせに世間をよく理解できているしっかり者だからな。どうせ毎度お騒がせ過度の清掃ボランティアだろ?」

「チャラいは余計っすよ緑川先生」


 緑川先生は夕焼けの逆光を浴びながら腕組みをしてため息を深く吐く。

 長髪、黒髪美人で黒いスーツがよく似合う大人の女性だ。

 バレー部の元選手で今は顧問だけあって背が高い。クラスでは長身の部類に入る俺とそんなに変わらないのではなかろうか。


 この先生は数少ない尊敬する大人の一人だ。 教職の人種にしては珍しくアウトローで、タイムカードを押したら学校だろうと堂々とビールの缶を開けるし柿ピーを貪る。

  そうなったら車で帰れないから俺の家に泊まることもざらだ。当初は馴れ馴れしいと邪険に扱ったが、俺が色々とトラブル起こしても最後まで信じてくれたから、そんなくだらないわだかまりも今はない。 


「なんだよ、私に見惚れていると金取るぞ」

「残念美人」

「うっせ。あー今日、飲むからつまみを作っておいてくれ」

「またうちで飲む気っすか?」

「 いいだろ別に。今日は飲みたい気分なんだ」

「俺と噂が立ったらどうするんすか?」

「その時はその時だ。蒼山に責任を取ってもらう」


 一瞬色っぽく髪を上げる仕草をしたので、俺は不意打ち食らってドキっときた。


「子供をからかわないでくれ」

「何だったら今仕込んでいる燻製の試食でもいいぞ」

「何故それを?」


 まだ一部の料理部員だけしか共有してないシークレットなのに、何処で聞きつけたのか、 先生は得意げに俺達だけの秘密を公開する。


「長時間校舎内で火を扱っているんだ、責任者の許可がいるだろう?」

「確かに……でも残念ながらまだ完成してないんですよ。燻製は時間がかかるから。生肉は食いたくないでしょう?」

「ローストビーフだったら大丈夫」

「色々と不可能だ」


 それはむちゃぶりすぎる。料理好きの俺でも作れない。

 設備もそれを操る知識も俺は持ち合わせてないからだ。


「それに残念ですが塾で遅くなります」

「まじか。そんなもんはサボってしまえ。 お前の成績だったら勉強しなくてもテストで上位に行けるだろ」

「それが教師の肩書きを 持っている人のセリフっすか?」

「仕方がない、駅前の居酒屋で呑むか……」


 俺は呆れたが同時に安心もした。俺はこの先生に心を許している。大人で師匠以外だとこの人だけだ。

 じゃ、途中まで一緒に行くべとそのまま学校をあとにした。

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