二話ソニアサイド「シュガーハート&ドロップキック」

第二十九話「孤独に慣れた筈なのに」その一(ソニアサイド)

★ソニアサイド


「——先輩済まない、今日も俺は用事があるからこれで済ませてくれ。容器は使い捨てだからそのまま破棄していいから」

「ありがとうございます……」


 今日のメニューはふりかけご飯と玉子焼き、たくあん、鮭、肉じゃが、きんぴらごぼう。

 お弁当の外れなし定番ラインナップ。地味というか定番過ぎてコンビニ弁当をそのまま移しただけと言っても信じてしまうだろう……。


「お昼ご飯一人で食べても虚しいだろうけど我慢してくれ」

「いえいえお気遣いなく。大丈夫ですよ。むしろ貴方がいないことに感謝してます。今日はさぞ食事が捗るでしょう」

「それは何よりだ。じゃあな」


 蒼山君は顔に出さないが時間に追われているようだった。今日もまた。

 簡単に要件を済ませると私の嫌味もスルーして軽口を叩かず生徒会室から立ち去る。

 いつもだったら売り言葉に買い言葉なんだけど、余程私の相手をしていられないらしい。


 入り口の壁を見上げると、生徒会室に設置してある正午を表示した掛け時計の針がカチカチと規則正しく動いていた。

 

「………………」


 私はなんの感情もないままプラスチックの容器に入ったご飯を黙々と食べる。

 放送部から流れるクラシックを聴きながら。ただお弁当がいつも私が買っている半額弁当と似た容器なので優雅とはかけ離れていた。

 なので美味いんだけど味気がない。

 一人で食べるご飯ってこんな感動が薄いものだったっけ? これじゃ家で食べているのと変わらないよ。


 蒼山君が家から持参してきた電気ケルトでお湯を沸かしてお茶を飲む。

 おかしい、美味しくない。蒼山君が淹れたお茶は温度といい濃度といい絶妙な加減なんだけど、それに比べたらぬるいし急須へお茶の葉っぱを入れすぎたのか酷く苦味がある。


 それにしても、最近あの不良の様子がおかしい。このお茶のように。

 平常なら見張ってるかのようにお昼休みは私の側にいたのだが。しかもちゃんとしたお弁当箱でなくて、ここ二、三日は使い捨ての容器に入れて持ってくる。

 消して扱いが悪いから怒ってるわけじゃない。わけじゃない……そんなに私と一緒にいるのが嫌なのか? それとも私と一緒にいるのが飽きたのか? 

 いやいや、そこは喜ばしいことでしょう。


 だからなのだろうか、理由探しの為情報を元にロジックを組み上げていると、悪い事を企んでいるのではないかと結論に行き着く。

 私をご飯でここに地張りつけて、その空きに何かをやっている? 例えば盗みとか? 文化祭の妨害とか?


 何故ならあそこも様子がおかしい。文化祭準備委員の進捗が全然こちら側へ知らせがこない。何もないことがいい知らせという古代よりの迷信を私は信じない。


 でも別段心配することはない。気にし過ぎだと分かっている。

 何故ならあのかつては私の片腕として働いてくれたムードメーカーの紅羽君が指揮を取ってるから。順調なんだろう。

 彼は全面的に信頼をしているから、全て任せておいて大丈夫。 


 でも忙しいのは承知でも紅羽君と会いたいなぁ。

 最近は私の方でも他校との連携や、教員からの情報収集など忙しいからろくに話すことも叶わない。

 寂しくなった私は前にスマホで撮った紅羽君を眺める。

 いつ見てもかっこいいなぁ。


 それでなくても最近は蒼山君が側にいることが多いから、いつも気を使って紅羽君へアプローチもろくにできない。 


 確かに蒼山君本人には伝えられないけど、お弁当で助かってるのは事実。これは実に悩ましい。 しかも美味から困りものだ。

 まあ今更どんなに私へおべっかを使ってこようと、学校の決定を見逃すことはできないけど。


 大体今だって陰で何をしているんだか。私に施しているこれだって何かのアリバイ工作に使っているに間違いない。

 あいつは根っからからのワルだ。


 でもうまい。ああ、悩ましい。

 第一お弁当だって、気の許している相手じゃなかったらただのロシアンルーレットだ。かわからない恐怖と戦いながら食べているんだ。気分は王族の毒味役。

 でも約束した以上は食べなきゃいけない。それが生徒会長の義務だ。責任だ。


「——時間いいかしら?」


 軽いノックと共に黒髪の女子生徒が生徒会室を訪ねてくる。ネクタイの色は赤。最上級生だ。


「あ、赤村生徒会長、お久しぶりです」

「こらソニアちゃん、今は貴女が会長でしょ?」

「 私にとっては今でも赤村先輩が会長ですよ。尊敬している前任者です」


 赤村早希先輩。前生徒会長の三年生。     

 引退して久しいが私のことを心配して様子を見に来てくれる。 

  私は前生徒会でも役員をやっていた。本来の生徒会室はこんな校舎の隅にある日当たり悪い物置小屋じゃなくて、存在感があるきらびやかな部屋だった。学生は質素倹約を掲げる教頭先生の提案で、今の場所に変わった。

 だからか昔の思い出がないので愛着は全然湧いてこない。こんなことではいけないが、私が唯一学校側に不満があることだ。

 でもいずれ実績を作り、堅物の教頭 先生から聖域を奪還したい。


「そんなに持ち上げても何も出てこないわよソニアちゃん」

「私は冗談が嫌いですよ。先輩みたいにうまく舵取りができません」

「ならそろそろ役員をつければどう?」

「またその話ですか……。保険の村咲先生とか紅羽君にも助言されました」

「そう。実は私も先生方にまた懇願されたわよ。 あの真面目一辺倒を説得してくれって」

「 私も意地があります。 もう二度と私の下に役員をつけるつもりはありません。これが私の決意でありポリシーです」


 ある事件をきっかけて、私は生徒会役員は全員解雇した。苦渋の決断。

 赤村先輩は今のように心配して毎回気を使ってくれた。本当にありがたいことだ。 でも私は意識を変えることはない。


 あんなに辛いのなら、私一人でやった方が気が楽だ。 もう大事な人達を誰も疑いたくないから。


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