第四十六回「灰原先輩という存在その二」
——黒川と白石が言いたいことだけ言ってここから立ち去る。
灰原先輩か…………高圧的な態度で黒髪オカッパ頭が印象的だったな。
ソウルイーター先輩を憎んでいるのなら要注意人物として心にとどめ置こう。
嵐もとい友人達が去ったあと途端静かになった。また店から季節外れの南国系音楽が聴こえてくる。
このムードある世界観好きなのだが、部長渾身の珈琲とハンバーガーも堪能した俺は本来の任務へ。
このまま帰宅したいがそうも行かないのだ。実はここへ来た理由がもう一つある。
屋上レストランの少し離れたテーブル席に見知った二人が座っていた。
一人は少女、緑かかったような黒髪、ボブカットもしくはウルフカット、東欧系ハーフなので魂が吸い込まれそうな深い翠が宝石のように美しい輝きをもつ。
もう一人は身だしなみが完璧でも、何処か飄々としているイケメン好青年。高いカリスマを持ち合わせている。
二人は珈琲を啜りながらまばらに言葉を交わしていた。
『ああ……あの…その』
『どうしたのかなソニアちゃん?』
こんな感じに。
俺があらかじめセッティングした現場にソウルイーター先輩と紅羽先輩が鎮座する。入念にたてた計画通り事は進行。なのだが執行者側の様子がおかしい。
そう、ここでソウルイーター先輩は紅羽先輩を後夜祭のフォークダンスの相手に誘おうとしていた。
うちの学校のフォークダンスは自由参加で途中交代はしない。だから公平にみんなと踊る強制奉仕活動に興ずる必要がないから安堵している。
『あ、あ…………』
『………………?』
本題に移ろうとするも長考しているソウルイーター先輩。
どうやら、接触に成功したはいいが次の言葉が発せられないようだ。
俺は別にソウルイーター先輩を心配していたわけじゃないが組み立てたプロセス通り進んでいるか、二人の様子を離れた場所で見届けていた。
でも口出しはしないつもり。それは礼儀だ。
大体こんなことをするのは暗躍している灰原先輩が気がかりなのも理由。ソウルイーター先輩は色々とトラブルに巻き込まれやすい人だから念のため。
このように俺が受けた依頼はアフターケアも万全である。ただ相談されただけだけど、切実な想いに応えてやるのが蒼山流だ。
『きききき今日は良い天気ですね』
『うん』
聴いているとイライラするも、他人様の恋路を深く介入するほど野暮なことをするつもりはない。
ミッション達成を確認できたらここから去るつもりだ。
だがそう宣言するもつかの間。
『………………』
「………………」
俺とソウルイーター先輩は目が合う。
その瞳が俺に何かを訴え掛ける。
クライアントから口パクで救援要請、タスケテと。
予想外の無茶振り。緊張しすぎて言葉の構築がうまくいかないようだ。
二時間前にぶっちぎりの優勝した文化祭の弁論大会では、あんなに熱を帯びた雄弁を会場に叩きつけていたのに。
現在は言語を忘れたアヒル状態。
全く持って嘆かわしい。これが先ほど観客達にスタンディングオベーションさせたほどの感動させた論客家と同一人物と到底思えない。
紅羽先輩へのアプローチも、散々俺相手に予行練習を積み重ねて自信がついてるはずなんだが、推測するにどうやらセリフが全て飛んでしまったようだ。
なのでソウルイーター先輩の頭の中は白紙なのが容易に想像できる。
この危機的状況を打破する方法は…………一つしかない。
俺が先輩を誘導することにした。口パクで俺の言う通り喋ってくれと伝える。散々練習相手にさせられたのでセリフは全部覚えているから。
先輩は強く何度も頷いた。
『お疲れ様、今日は大変でしたね』
『うん、ソニアちゃんこそご苦労様……ってかそれ何度目?』
セリフとして暗記している以上先輩がどこまで進めたか分からないから、ならば多少リスクを承知で最初から始めたほうが結果的にうまく行くはず 。滑稽だけど……。
それにしても変な気分だ。間接的にソウルイーター先輩を介して俺が紅羽先輩と話をしてるみたい。
『紅羽君のお陰で文化祭は成功したようなものです。ありがとうございます。最高の皆の笑顔と思い出を作ってくれて』
『いやいや、僕なんて何もしてないよ。ソニアちゃんがいなかったらどうなっていたか。今思うと怖くなる………………同じ会話するの流行っているの?』
『私は生徒会長の役目を果たしただけですよ。紅羽君が文化祭をプロデュースして盛り上げたからここまで大盛況だったんですよ』
『僕の影響力はそれほどでもないよ。それに真のプロデュースは他に………いやなんでもない』
紅羽先輩は何かを言い掛けるも呑み込んだ。他にも文化祭に貢献していたやつがいたのか。
『それより紅羽君、今日これから暇ですか?』
『いやまだまだ最後の大仕事が残っているよ。文化祭の閉幕の挨拶をしなければならないから、それ以降だったら予定は空くかな……。その他の仕事はだいたい片付いたから後は後夜祭だけだね。なにか仕事かな? 大丈夫だけどクラスメイトとかも約束あるから大変な仕事だったら明日以降にしてくれるかな、手伝うから』
『了解。ありがとうございます その時はお願いします』
リトライするも大体、予想通りの話の流れ方だ。全て想定内に収まっている。
ここからどうやってフォークダンスへと導くか?
『ソニアちゃんは忙しいの?』
『予定としては文化祭の閉会式を見届けた後、風紀委員長と共に生徒達が文化祭の余韻でハメを外してないか構内を見回るつもりです。 軽くなので後夜祭前に終わりますよ』
『そうなんだ』
ここで後夜祭の話を持ってくる。——で、次へと繋がる。
『今年はキャンプファイヤーが数年ぶりに解禁されたのでみんな楽しみにしてますよ。近隣住民に説明するのが苦労しました』
『お見事だよソニアちゃん。皆楽しみにしているよ』
『私は大したことはしてません。フォークダンスは昔から続く学生時代の伝統的イベント。生徒会長として当然の責務を全うしただけです』
『すごいことだと思うよ。 奉仕活動を地道に続けて信頼があるソニアちゃんだからこそできたこと。素直に尊敬するよ』
『よしてください、照れてしまいます』
『で、結局僕を誘ったのはここでゆっくりお話しするためだったの? 何か用事があると勘繰って身構えちゃったよ』
ここだ、このタイミングだ。
紅羽君、よかったら後夜祭で 踊って欲しいです。いかがでしょうか?
『紅羽君、ヨガだったらこう野菜でおごってほしいです??? イカがでショーか?』
ばか、そうじゃない。そういう意味で言ったわけじゃない。
ソウルイーター先輩は肝心なところでセリフを間違える。わざとと思うぐらい見事な間違え方。
しかもここからリカバー不可能の大暴投。
『いやー、僕はヨガは得意じゃないんだよね。しかも野菜持って驕れなんて、難易度高すぎるよ』
『ははは……』
でも、なぜか話は通用した。紅羽先輩は意外と頭が柔らかい人?
ソウルイーター先輩は恨みがましそうに視界に入った俺を睨んでくる。
俺にキレるのは大門違いだと口パクで抗議。事故だ事故。それに違和感あったら普通言わないだろ?
紅羽先輩は腕時計を確認しながら、『じゃあ時間なんで僕はそろそろ行くよ。お勘定はワリカンでいいよね?』
『あ、 まだ話が終わって…………』
ソウルイーター先輩が引き留めようとするも紅羽先輩は席を立つ。
突破的だったとはいえ上手くアプローチできない。
ソウルイーター先輩の背中を押した以上無責任に放置するわけにも行かず、自ら引き留めようとするも、首を振り先輩に手で静止を促される。
『待って紅羽君⁉ ——あ、ごめんなさい』
『おいこら姉ちゃん舐めているのか⁉ そっちからぶつかっておいて、それだけ済ますつもりかよ?』『おほ! 可愛いね。謝罪として俺達とデートしようぜ』
振り向きざまにぶつかったソウルイーター先輩は、よりにもよってガラが悪いチーマー達に絡まれる。
それにどう見ても今のは当りにいっていた。
『あの、言い掛かりはやめてくれませんでしょうか? 他のお客様に迷惑なので(ニコッ)』
『言い掛かりだぁ? 上等だごら!』『オレ達は女だろう容赦へんど、お?』『やるんかい?』
『ここで暴れるのなら相応のリスクを背負うことになるのを予めにご了承ください。お金の面や将来のことで親御さんや親戚一同に迷惑掛けますよ』
『脅す気か?』『親は親、子供は子供だ!』『俺はそんなヘマこかねぇよ』
『関係ありませんよ。公共に多大な被害が出たら 子供だろうと責任が発生します。ましてや故意ですから。極めて悪質です。
賠償金は一千万いや億は行くかもしれません。(ニコニコ)テレビでよくやっているでしょ? いきがった挙句の果て、親と一緒に偉い人に平謝り。情けないしかっこ悪いですね。この場は見逃してあげますからとっとと散ってください。しっしっ!』
チーマー達は覚えてろよ!? と悪党の十八番の捨て台詞を吐いて逃げていった。
「これが俺がいないときのソウルイーター先輩か……。サポートが必要がないほどかっこいいな」
というか、相当イラついてるなあれ?
うまく行かなったから腹いせにいびられているチーマー達。今度から怒らすのは控えた方がいいかもしれない。ソウルイーター先輩の怖さが改めて知ることになる。
ちなみにソウルイーター先輩は、口パクで俺にお金ないから助けてねと可愛く微笑んだ。
なので俺が立て替えて後日別の形で返してもらうことに……。しまらねえなぁ。
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