第十話「生徒指導室の常連」その一


「貴様はなんでそうなんだ……。もっと自分を大事にしろ。幾ら選択肢がそれしかなくてももっと大人を頼れ」

「暴力反対」

「私が正義だ。だから問題ない」


 翌日のホームルーム前、呼び出しくらった生徒指導室で予想通り軍曹殿に鉄拳制裁を数発食らう。でも恨みはないし怒りも湧いてこない。この人は全て分っていて俺に気持ちを打ち込んでいる。

 ならば甘んじて天罰を受けよう。


 めげないというか切り替えが早い俺は反省を意思表示しつつも、ソファーに勝手に陣取り、生徒指導室の常連なので勝手知ったる我が家の感覚で珈琲を淹れて飲む。無論好みも網羅している先生の分も淹れる。

 殴られ唇は切れているので啜ると傷が染みた。


「毎度緑川先生にはお世話をかけます。まぁ衝動だったっすよ」

「君は空手部同士の暴力事件や、ラグビー部の体罰事件、女子生徒の家出事件の時もそんなことほざいていたな。なぜ関係ない蒼山が他校の空手部や悪行ラグビー部や悪名高いチーマー達をのしたのか不思議だ」


 軍曹殿は珈琲を口につけると満足気にごくごくと味わう。ドリップだが淹れ方一つで味が変わる。お気に入りの喫茶店のオーナーに頼み込んで淹れ方を伝授してもらった。

 豆もこだわっている。先生がわざわざ仕入れてきた一品だ。これで不味いわけがない。


「なんのことですかな? ただ近場を歩いていたら巻き込まれただけです。俺はただの可弱い一般男子高校生、そんな鎮圧する力なんてないっすよ」


 先生はニコリと冷笑して、「お前本当に反省しているのか? 私はまだ三十パーセントしか怒っていないんだからな……」と拳を握る。


「さーせん。今度実家からお歳暮からくすねた松茸で松茸ご飯をご馳走するんで許してください」

「松茸……ごくん、そうか……ならいい。それで今回の件、私の生徒、五十嵐ナズナから事情と真相を聞いた」

「 五十嵐…… ああ、 学級委員長か」 


 そうか、あいつ真相を先生に話してしまったのか。そのまま俺のせいにしても誰も疑わないのにな……。流石クラスの代表というか真面目というか。

 

「それで蒼山はどうするんだ?」

「どうするとは?」


 俺は聞き返す。全ては猿芝居。ルートも結果も決まっているのにつまらない消化試合。それでも大事になってしまった以上、ケジメというか落とし前というくだらない社会のルールに従って俺は聞き返す。


「私は立場上、生徒を導く義務がある。生徒が真相を語った以上このままうやむやにするわけにもいかない。五十嵐もそれなりの覚悟もあったはずだ」

「俺が受け入れると どうなるんすか」

「特待生を解除どころか彼女は退学になる。前科がつくとこの先も五十嵐を苦しめることになるだろうな。後々、社会の損失も大きい。くだらない世の中の建前に、これから日本経済を支えるかもしれない大事な人材を生け贄に捧げなければならないのだからな」

「なら、このままだと?」

「お前が割を食うことになる。尚更先生方の当たりがきつくなり、ここにいづらくなるだろう。 正直、今回は危なかった。生徒会長と蒼山を出そうとしてる先生方が 校長へ直談判をしたからな」

「でもならなかった」

「もしかしたらその場で私が潰したのかもな……」


  と拳を握る緑川先生。それは十分はあり得るな。

 元族をやっていただけあって迫力がある。 どんなに迫られても 一蹴する胆力があった。

 

「また先生が俺を庇ってくれるのですか?」

「ああ、いくらでも庇っててあげるよ。私のボーナス査定に響くからな。友人に酒代返さないとならないんだ」

「感動した俺がバカみたいだ」

「人間なんて結局は己の欲のために動く。お前みたいなヒーローそんなにいないさ」

「俺はヒーローじゃないっすよ。結局、理不尽を許せないだけ。ただの独りよがりのわがまま」


 結局、先生に迷惑を掛けてしまうんだ。俺は半人前だよ。


「それで蒼山に問う。本当にこれでいいんだな? 確かにそれが最善の策だが、関係ないやつの為に補導歴が付くのは割に合わないだろうに。情に弱いというか不器用というか……」

「俺が悪いんですよ。だからそれでいい」


 はぁぁ、自己犠牲の隠れヒーローは良いがいつか身を滅ぼすぞ。やっても感謝してくるとも限らない。逆に致命傷だってありえるんだ。蒼山は優しすぎる、だから危ういと、去り際緑川先生は独りごちる。続けて今回の件も学校側は不問と告げた。


 どうやら緑川先生が上に交渉してくれたらしい。道理で目の隈が目立つと思った。  

 問題起こす不良歯車なんて簡単に見限るのが大人。でも軍曹殿は俺を斬り捨てない。だから畏敬の念を抱く。なんなら靴を舐めてもいいしハイヒールでぐりぐり踏まれても構わない。

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