第十一話「生徒指導室の常連」そのニ

 緑川先生と入れ替えで、ノックのあと失礼しますと一人の少女が入ってくる。


「おはよう、ソウルイーター先輩」

「いい加減蒼山君その名で呼ぶのやめてもらえますか? 侮辱ですよ」

「武者小路先輩、この度はご迷惑をお掛けしました」


 落ち着いて否定するソウルイーター先輩へ頭を下げる。

 もちろんそんな事で機嫌を直すほど俺達の関係は全く修復していないから、警戒して眉間へシワを寄せるのは容易に想像できた。


「てにをはを間違ってますよ。この度はではなくこの度もです。貴方はどれだけ学校側と先生及び生徒達に迷惑を掛けるつもりですか?」

「今後は気をつけます」

「もう、更生の見込みゼロなので諦めました。幾度となく警告してきたのにまるで耳を貸さない。剣舞高の評価を貴方一人で下げているのですよ。学校始まって以来の汚点である貴方を、私が必ず追い出してみせます。楽しみにしてください」


 ソウルイーター先輩の眼光が鋭くなった。あれはマジな顔だ。


「そこまで嫌われると逆に気分がいい。俺は今更自分の主義主張を変えるつもりはないし、だから生徒会長にトドメを刺してもらうなら本望だ」

「開き直りですか? 大体貴方は……くっ」


 ソウルイーター先輩の体が傾き一瞬意識が遠退くも、「大丈夫か?」俺が咄嗟に支える。


「何でもありません。ですからあまり近づかないでください。今度こそ犯されます」

「へいへい、しかし信用ないですなぁ」


 それでもふらついているのでしっかり支える。俺の方が背が高いから絵図らとしては胸元へ先輩を抱かえる感じだ。


「貴方には前歴がありますからね。全く安心できません。それでなくても生徒指導室は防音で密室ですので」

「あれは事故だ。俺にも好みがある。誰があんたみたいなお人形さん襲うんだよ」

「そうですか。それは安心しました」


 無表情で俺の手を払い除けた。怒っているのか喜んでいるのか良くわからない。

 

「それで先輩は何をしにここへ来たんだ? わざわざ顔を見た途端 貧血になるほど むかつく相手に 何も用はないだろうに」

「私も好きでここへ出向いたわけではありません。生徒会長として責務を全うするために来ただけですよ」

「責務?」

「はい。蒼山海青君、 学校側の決定を伝えます。学校側はこれ以上あなたの蛮行を見過ごすわけにはいけません。よって今後 何か有事があった場合、まっさきにあなたは容疑にかかります。同時に関わってようが関わっていまいが結果はどうあれ学校を退学してもらうことになります」

「随分と勝手だな」

「藍山君の存在がそれだけ悪目立ちしているんです。それでなくても陶芸の人間国宝、蒼山群青(あおやまぐんじょう)の孫というだけで学校は慎重にならないといけない。今までは多めに見てきたということを学校へ感謝するべきです」


 なまじ蒼山の知名度があると問題を起こしたとき学校へマイナスイメージが付きやすくなるか……蒼山という名前は思った以上に重たい。


「校長先生は反対のようですが、教頭先生をはじめ、他の先生方が学校側の理より損が上回ったのでそう決断しました」


 要はこれ以上、己の旨味にならないと判断したからか。大人って奴はどこまで行っても、自分の損得でしか行動できない生き物だ。

 しかも責任者の緑川先生を通さないで独断専行。相当教頭は俺が嫌いなんだな。


 大体さ、なんでソウルイーター先輩にこんなこと言わさせているんだ?

 本来は教職員の役目だろう? そんなに一介の公務員は人間国宝のじじいに関わるのが怖いのか?     

 あの人は不出来な俺のことなんて孫とも思ってないぞ。

 面と向かって俺には何も言えないあの教師達にだんだん腹が立ってきた。そんなに生徒より自分の生活のほうが大事なのか?

 

「とりあえず先輩、良かったらこれをどうぞ。先程からふらついていて見てられない」

「これはなんですか?」


 俺はハーブ用の急須に茶葉を入れお湯を注いて蒸らす。それをガラスのティーカップへ静かに淹れた。


「ネトルって名前のハーブティーだよ。貧血にいいんすよ。飲みやすいようにローズヒップとブレンドしてある。先生が貧血をよく起こすのでここに常備しているのさ」

「NTR? なんて破廉恥なネーミングですか……。第一先生の私物勝手に使うことなんてできません」

「多分誤解している……。許可は出てるぞ。保健の先生との共用なので具合が悪い生徒には出していいって」


 まーそれは嘘だけどな。実際は俺が家で栽培しているハーブをここに持ち込んでいるだけ。結果的に軍曹殿と保健の先生が気に入りよく飲むようになる。

 そんな一般には広まっていないけどネトルは有名な薬用ハーブ。特に花粉症を始めとするアレルギーと貧血には効果が高い。オシッコが近くなるのが難点だけどな。


「その手には乗りません。飲んだ途端仕込んだ睡眠薬で眠って私に口では言い表せないことをする気ですね。そしてこの写真を学校SNSに上げられたくなかったら一ヶ月彼女になれと性の捌け口に……」

「おーい先輩戻ってきてくれ。妄想も大概にしろ」

「とにかくいただくわけにはいかない。特に貴方からの施しはね」

「そうかよ」


 拒絶している奴に付き合う趣味がない俺はネトルティーを飲み干す。ローズヒップの酸味が強いので中々フレッシュな味わいだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る