第三十ニ回「日曜、食料戦線異常あり」ソニアサイド そのニ


 夕暮れ。非常にまずい案件発生。


 困った……。

 お金を下ろしていないから完全に無一文。

 スーパーで半額弁当を買おうとしたらお財布が空ということに気づいた。愛用している唐草模様のガマ口財布を逆さまにしてもレシートしか落ちてこない。

 しかもコンビニのATMを利用しようとしたら日曜日はこの銀行での取り扱いはやってないと知らされる。諸行無常。

 今時珍しいマイナーな少数精鋭地方銀行なのでシステムは利用者に厳しく従業員に優しい。


 なんてことでしょうか。私は空腹を我慢してトボトボと肩を落とし帰路に着いた。


 で今、私の手元にあるのは豆腐屋さんからもらったおからと近所のおばさんから頂いた手作りこんにゃくのみ……。栄養価値がゼロなのでこれだけではお腹一杯にはならない。


 せめてパンの耳があればなんとか凌げるのだけど、生憎ただ同然で恵んでもらっているパン屋さんも日曜日はやってなかった……。

 こんなことだったらお母さんにお願いしてお米を速達で送って貰えばよかったと後悔。


 さあ、このピンチをどうやって切り抜ける武者小路ソニア?

 シリアスに决めていると無情にもお腹がご飯ご飯と催促する。相棒はワトソン並にとても空気が読めない。


 ここは誰かに救援を頼むべきだろうけど、こんなみっともない現状を誰にも晒したくないよ。特に紅羽君。醜態晒して愛想つかれたら目も当てられない。

 ならば不本意だけど、蒼山君に助けを求めるか?

 いやいや、もっと駄目。絶対にダメ。 これだけは嫌だ。


 毎日お弁当作ってもらっておいてあれだけど、いや、だからこそ、私にもプライドがある。学校追放宣言してる相手へ、どの面下げてSOSを求めるんだか。


 本来なら親友に相談するところだけど、私の交友は全て絶縁中。今お願いしたって鼻で笑われるか若しくは無視されるかの二択だ。

 実際、関係が壊れてから半年近く会話してない。同じクラスなのに無視され続けている。元生徒会役員、書記に会計に風紀委員長。

 何かと気にかけてくれるのは元副会長の紅羽君のみ。

 私達の友情は絶対壊れないと信じていたのに辛いものだ。

 もう、赤村先輩に土下座する選択肢しかないかも。


 気分が滅入ってきたので空腹を紛らわせる為ベランダへ出る。

 日が沈みかけ、まだ多少明るい空にはせっかちな月と星々が散らばり、宵の口へと差し掛かる。

 学校からもらったプランターには枯れた パンジーがそのままになっていた。最初は水やりをやっていたが、忙しくなってそのまま放置してしまった。代わりに毒々しいキノコが生えているがたべれるかな?

 

 こういうところだ。今の私を目の当たりするとお母ちゃんはまた心配してしまうだろう。実家ではペットや家畜飼っているのに……このままじゃ猫どころか金魚も世話できない。

 

 それに比べて向かいの広いベランダ(調べたら名称はルーフバルコニーという)は見事に空間活用。 

 ウッドデッキで プランターを一杯設置して野菜や花を育てていた。また小型ビニールハウスには果物を植えてある。

 また小規模ながら養蜂もやっているので、春夏の間、設置している箱には蜂が頑張って蜜を集めていた。

 そこは一つの箱庭、または庭園だ。家主の努力の結晶といっていい。

 沈み行く夕陽に映えるのでとても美しい。

 薄暗くなると無数に設置してあるガーデン用のLEDライトが一斉にアップする。

 身も心も癒やしてくれる為に制作されたような癒やしの空間。どこからかアリスとウサギさんがひょっこり顔を出すかもしれないメルヘンさがあった。


 それはそうといい匂いが漂って来る。美味しそうな匂い。無性にそうめんか蕎麦が食べたくなる……そうこれは長ネギだ。手を伸ばせば届くところで栽培している。

 うまそう。

 駄目だ駄目だ。幾ら誰もいないからって盗みは御法度。やれば蒼山君と一緒になってしまう。 まだ魔が差すほど焼きは回っていない。

 でもうまそうな匂い。 生でもいける。

 それだけお腹減ったの……。


 もう少しで手が出そうになった時、「そうか。俺が作った簡単なマニュアルでも役に立っているのか……。手作りとなって無責任に煽っていた奴等が暴動を起こしたと聞いたが、準備委員会が纏まったのは腐っても元副会長か」通話で誰かとやり取りしながら空中庭園の主がホースで水やりをやっていた。


 薄暗くシルエットしか確認できないがテキパキ動く。広い空間を清掃しながらプランターや大きめな観葉植物の世話もする。


「——分かった。市販で手に入らないのならパーツはこっちで何とかしてみるよ。作った物も何個かあるから明日持って行く。おいおい、ノルマがいかなくても自分を責めるな。俺がついている」

『————』

「気にするな。一度しかないイベントの思い出作り。だったら失敗して嫌な思い出にするより、成功させていい思い出にさせた方がかっこいいに決まっている。なら俺は全面的にバックアップをするだけさ。何よりお前達仲間がショボいオープニングで他校の笑いものになることは許せない」

『————』


 どうやら会話に熱が入っている模様。  

 隣人はかなりのカリスマらしい。というか会社のエリートか役員?

 容姿は一度も拝んだことはない。でも観葉植物とかプランターで野菜育てているんだもん年配者しかいないよね。

 しかも隣接するマンションの住民へ気を使ってこんな癒やしを提供してくれるなんて。

 ライトアップしたもみの木や、凝ったクリスマスのイルミネーションは思わず田舎の母ちゃんへ写真を送った。

 あれはお金取れるレベルだもん。


  などと感傷に浸りながら眺めていると、「こんばんは。息抜きですか?」私のことに気づいたようだ。 丁寧にお辞儀をする。

 だから私も慌ててペコペコ返した。


「あ、こ、こんばんは!」

「前ぶれなく話し掛けてごめんなさい。迷惑でしたか?」

「いえいえ、とんでもない! 気分転換に外に出てみたんですが逆効果だったみたいなので丁度よかったです」

「それはよかった。自分も息抜きに庭の世話をしていたのですが、話し相手が欲しかったんですよね」


 とりとめのない会話。

 影になり全体像は把握できないが、声が落ち着いているので成人男性であっているはず。多分あちら側からも私の容姿は確認できないだろう。

 だが、その方が好都合。お腹減ってやつれた姿なんて披露したくない。それでなくてもお隣さんはお世話になっている方だから。


「お手入れ大変そうですね。尊敬してしまいますよ」

「いや、大したことじゃないですよ。水巻きながら収穫忘れてないかチェックしているんですが飛ばすことがあるので。時期がズレたら枯れてしまいますから勿体無い」

「そんなことあるんですね」

「あるんですよ。それに今、仕事が立て込んでいて水やり以外中々ケアする暇を作れないから尚更です」 

「差し出がましいですが、他の人(奥さん)にやってもらったらどうですか?」

「自分の趣味なので他人を巻き込むわけにはいきませんよ」


 なんてストイックなお隣さんだ。趣味に関してはきっと奥さんにも一切触れさせないんだなぁ。カッコイイ。


「なるほど、生意気ばかりほざいている割りには家族や他人へ依存している高校生は、このありがたいお言葉を心へ刻み悔い改めるべきです」

「はははっ、おおげさですよ。あ……よかったらキュウリ持って行きませんか? 処分するの多くなりすぎてしまって手伝ってくれるとありがたいです」

「うわ! ありがとうございます。とても助かります!」

「あ、ついでにねぎ味噌も持っていてください。お弁当用に作ったんですが余ってしまって」


 思わぬところからの援助によって一命を取り留める。今日一日をスレスレで繋ぎ止めた。これはもう感謝でしかない。


 早速、晩御飯。

 わーい、今日はキュウリに味噌つけてたべるぞー! あ、でも味噌がない……。塩あるかな?


 隣の家からお裾分けしてもらったネギ味噌を豆腐屋さんでもらったオカラに混ぜて口へ掻き込む。

 勢い余ってねぎ味噌を全部使う。仕方ないので最後に生きゅうりをかじると、涙でしょっぱい味がした。


 それより、もらったねぎ味噌、蒼山君のお弁当と味が同じような……気のせいかなぁ。

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