第三十三回「心配性会長と楽天家紅羽」(ソニアサイド)



 食糧危機を自力で凌いだ次の日。


「うーん、なんでこんなことに……」

「ごめんなさい会長」

「五十嵐さん、こんなの無理でしょう?」

「私もそう思います」


 私はホワイトボードと資料に困惑しながら頭を捻っていた……。

 今日は文化祭準備委員会に呼び出されていた。もろもろの方針の確認と進捗。

 メンバーは部活で来れない紅羽君以外集結済み。円卓会議じゃないけど上座の私を軸に集合している。


 想像していた以上の危機的状況に冷や汗が流れた。


 懸念は本決まりまでに時間が取られた事と、それにより準備日程がかなり狭まった事。

 決定的なのは文化祭メインイベントプログラムの統制が取れてない烏合の衆かのような内容。カオスを通り越してデンジャラス。

 これならまだニシンやアジの方が纏まりが良いまである。


「町内でリオのカーニバルやよさこいソーランのパレードはやりすぎですよ……。学生の領分を超えてます。まだ教頭によるワンマンマジックショーの方が現実的です」

「ははは、私も反対したんです……」


 生徒主導のお祭りだから盛大にやるのは賛成だけど、間に合わなかった事例も他校では結構あるのを念頭に入れなければならない。

 小さい箱庭にあれもこれもは詰められないのだ。これも含めて楽しいのだろうけど、伝統ある剣舞高の名前を使ってやるからには成功させなければならないから、もっと縮小したほうがいいと生徒会として提案。


 羽目を外すのは結構だけど、もっと堅実で学生のお手本になる文化祭にしてほしいもの。


 まとめ役の紅羽君は一体なにがしたいのか? 私には理解できなかった。これでは成功させる気はまったくないと取られてもおかしくはない。もしかしたら学校側も許可が取れないかもしれない。

 ライトノベルじゃないのだから、野外コンサートやミスコンは行き過ぎ。現実に空想を持ち込んだら迷惑を被るのは第三者だということを考えて欲しかった。


 特に後夜祭のキャンプファイヤー。

 高校生の伝統なのかもしれないけどいまは自粛しているところばかりだ。

 近隣住民に説得して回るのも馬鹿げている。ナンセンスだ。


「ともかく許可は無理なので私の方で修正します。時間があればそちらに頼むのですが、なので案でこれは残してほしいという希望があれば教えてください」


 委員会のメンバーがブーブー言っている。時間かけて案だししたので当然だけどここは曲げられない。

 

「皆さんお・ね・が・い・しますね?」


 私は今一度、できうる限りの笑顔で誠意を持って役員達に頼んだ。


 ーー長い協議の結果、何とか私の納得行くギリギリまでイベントを絞り込む。 

 ひとまず一段落したところでティータイムと洒落込んでいた。


「五十嵐さんのクラスは何をやるんでしたっけ」

「執事とメイド喫茶ですよ。文化祭の定番です」

「そうでした。でも、それはまた大変そうですね」

「ええ。初動が遅れたので今は急ピッチで進めています。リーダー黒川君の見込みが甘かったみたいで……」


 そういうことか。

 最近は蒼山君とまともにランチを共にしてない。お弁当のラインナップは相変わらず手が込んでいるけど、うまいかもしれないけど……なんか味気ない気もする。


 でも、出し物で忙しいなら忙しいと一言言ってくれればいいものを。

 あ……別にあんな自分勝手な奴のことどうでもいいんですけど、いいんですけど。 ちっとも、ちっとも心配なんかしてませんよ。うん。


「武者小路会長どうかしたんですか?」

「だだ、大丈夫です。何でもありませんよ」


 どうやら私は心ここにあらずだったようだ。それもこれもあの不良が悪い。


「そうですか?」

「なに、五十嵐さんのメイド姿をひと目見たいなーと物思いに耽っていたんです」

「いやいや、残念ながら兼任が大変だからウエイトレスにはハズされているんです。それにこんな地味なメガネのコスプレが好きな人なんていないですよ」

「そんなことないですよ。五十嵐さんはとてもチャーミングでかわいいです。私が男だったら毎日ドキドキしてます」

「はははっ、 ありがとうございます。 お世辞でも嬉しいです」


 このりんごパイも五十嵐さんの手作り だろうか? 

 パイ生地がサクサクしていて、中の角切りリンゴとリンゴジャムの甘さとよく合う。

 思わずおかわりしてしまった。 ただ、珈琲もパイも何処かで食べたことがあるような味わい。おかしいな? こんな絶品お菓子を私が忘れるわけないんだけど……。

 ともかく作り手の顔は見えないが気配りが細部まで行き届いているから、相手の優しい性格が手にとるように分かる。


「お世辞ではないんですがね。このコーヒーもりんごパイも絶品。これはもうプロの仕事ですよ。素晴らしい」 

「ありがとうございます。私なんか勉強以外ないですよ。 それにそのコーヒーもりんごパイも別の人の差し入れです。うちの模擬店に出すメニューの試作なんです。私もお菓子作りが趣味なんですがこの人に到底及びません。出会ったときから嫉妬しっぱなしです」


 その割りに何処か嬉しそうな五十嵐さん。まるで恋人を褒められたようにハニカム。


 今は珈琲を飲みながら、五十嵐さんから準備委員会でこれからの方針の詳細を聞いていた。

 彼女は入学式にて新入生代表の挨拶をしている関係で付き合いがある。それに性格は似ているのか妙に馬があった。

 この委員会で一番心が置ける存在と言っても過言ではない。


「そうなんですか……。でも試験でトップ合格を果たしてますし、仕事の飲み込みも早い。私の片腕に欲しいぐらいですよ」

「恐れ入ります。ですが今だから言えますけど、残念ながら本来あの壇上に立つの私じゃなかったんですよ。 緑川先生の話によると、たまたま欠員が出たので第ニ位の私に話が回ってきた訳です」

「それは初耳です。五十嵐さんより上がいるなんて信じられません」

「私も耳を疑いました。それだけ自信があったので……」

「 一体誰なんでしょうね」

「ごめんなさい、先生から口止めされているので 誰かは答えられないのです」

「それは残念。とても興味があったんですが……」


 五十嵐さんの顔がほんのり赤い。もしかしたら想い人なのかもしれない。いや、余計な詮索はよそう。恋を抱くのは自由だから。

 

「五十嵐さん少し変わりました? 前はあれだけ毎日張り詰めていたのに最近よく笑うようになりましたね」

「そうでしょうか? 自分では全然意識してないんですが……」


 五十嵐さんはミルクを多めに入ったコーヒーを飲む。どこか恥ずかしそうだ。


 私と五十嵐さんは友達ほど深い関係ではないが、図書館で勉強したりファーストフードで軽い話をする仲だ。もしかしてもう友達なのかもしれない。

 でもそれを言葉にするのが少し辛い。昔みたく喧嘩別れするのに嫌気がさしているのかもしれない。

 だから親しい関係でも距離を置く。


 私達のガールズトークが弾んでいると、「お疲れ様ソニアちゃん」部活から開放された紅羽君がやってきた。

 

 繊細な彫刻の如く微笑む紅羽君。相変わらず素敵だ。

 全てを包み込むような優い瞳が私を捉える。

 今さっき終えたと言わんばかりに体操着から熱気と湯気が立っていた。


「お疲れ様紅羽君」

「ごめん! まだ学校だから武者小路会長と言った方が良かったかな?」

「大丈夫です。私は気にしませんよ」

「よかったありがとう。で、どうかな、 今年の文化祭の流れは。 新しい息吹を取り入れようとして斬新な意見をどんどん 採用してみたんだけど……」

「それについてお説教です。貴方がついてながらこれは酷過ぎます。文化祭がどういうものか知っているでしょう? 生徒主導でも限度があります。大人の力というか街全体の力を借りないとできませんよ。本物のお祭りじゃないのだから抑えてくれないと……」

「ごめんごめん、そんなに酷かったかなぁ? やる気ないの多かったから一丸となって当たらないと乗り切れないと考え、皆の士気も高める方法にでたんだよ。その結果、何でも何でも全否定せずに受け入れたんだ」

「何とか許容範囲内まで修正したのでこちらの方では構いませんが、 開催までに間に合うんですか?  今までやったことのないことばっかりなのでマニュアルがないから時間もお金も人でも掛かると思いますよ」

「あははは、相変わらず心配性だね。大丈夫うまくって。 心配しなくていいよ。今年は優秀な人材が揃っているから皆で協力して間に合わせるよ」

「そうですか。信頼してますよ」

「任しといてよ!」


 ただ引っかかってることは一つ。その優秀な人材の一人五十嵐さんが何か言いたそうだったが……紅羽君の顔を見ると口をつぐんでしまう。

 一体どうかしたんだろうか?

 

  もしかしたらそんなに順調ではないのかもしれない。でも、部外者の私がこれ以上口を挟んでは彼らのやる気とメンツを潰すことになる。

 なら私は何も言わず信頼して任すしかない。

 最悪、責任は私が取ればいい。

 それが生徒会長の役目だ。

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