第29話 はじめましてありがとう

「わあ、いかにも冒険者だぁ」


 高橋は木の影からフロアの侵入者である冒険者たちを見た。さすがは50階まで到達しただけあって、立っているだけでも何かが違った。高橋が見たこともないような巨大な武器を背中に背負っているし、いかにもなローブ姿でおおきな杖を持っているし、巨大な肩パットがあるのに上半身はシンプルな服装で、下半身は後ろだけスカートみたいなものを履いている。全員履いているのはブーツのような靴だ。


「はじめん、なんで隠れるの?」


 冒険者たちを観察している高橋の背後から、アルトルーゼがつんつんしてきた。


「なんで、って、侵入者って聞いたから」


 石人形にそう言われたから、思わず警戒してしまったけれど、よくよく考えたらようやく来てくれたお客様なのだ。こんなふうにコソコソ隠れていないで、正面切って出迎えればいいだけの話だった。


「でも、でも、いきなり声掛けたら斬られたりしないかなぁ」


 高橋が気にしているのは冒険者たちの持っている武器だ。背中に背負っているデカいのはもとより、腰に下げられている剣もなんだか長い。あんなに長くて、鞘から抜く時大変なんじゃないだろうか。なんて余計な心配をする高橋なのであった。


「ちょっとびっくりするよねぇ」


 そんな中、冒険者の1人が言葉を発した。もちろん、生きている人なのだから当たり前なのである。


「何がびっくりなんだ?」


 とぼけたような声で返事をしているのは大きな武器を背中に背負った男だ。


「何が、って、ジャン……お前は相変わらず何も考えていないようだな」


 そう答えたのは腰に長い剣を下げている女だった。手入れのされた長い髪は綺麗な金髪で、身につけている装備もよく手入れをされているのが分かる。明らかに1人だけまとう雰囲気の違う女だ。


「ミュゼル、毎度の事ながらジャンの言動には呆れるしかなさそう」


 そう答えたのは体に対して随分と大きな杖を手にしているいかにもなローブをまとった人物で、声の感じからしてこちらも女のようだ。


「ミーシャ、それはそうなんだが、さすがに今はもう少し緊張感を持って欲しいところですよ」


 そう発したのはもう一人の男。腰に剣は下げているが2本あった。先のミュゼルの剣と比べるといささか短いが左右に1本ずつ下げているのがだいぶ特徴的だった。


「なんでだよ、マーカス。俺はいつも通りだぜ」


 ジャンがそういった途端、ミュゼルが腰の剣をさやごとてに持ちそのままジャンの頭を叩いた。


「ジャン、少しは緊張感を持て。ここをどこだと思っているんだ」

「痛てーな、ミュゼル。いきなり叩くことはないだろう」


 頭を擦りながらジャンは抗議するものの、いつもとのことなのか、何の緊張感も持ち合わせていない顔と声だ。


「もう一度言う。ジャン、ここをどこだと思っているんだ?」


 ゆっくりと問いかけられ、ジャンは辺りをキョロキョロと見渡した。そうして答えた事に、再びミュゼルの剣がジャンの頭にヒットした。


「いい感じの田舎の村だな。のどかで景色がよくて空気が美味い」


 ジャンがそう言い終わった時には、既にミュゼルの剣がジャンの頭に当たっていたのだ。そして、その打撃音は一回目よりはるかに大きかった。


「いてえな、なんでだよ」


 今度こそジャンは涙目になった。ミュゼルの剣はそんじょそこいらの冒険者が扱うものと一線を画している代物だ。刃が当たらなくても十分な攻撃力のある素材が使われているのだ。真っ直ぐに振り下ろされたから、綺麗に脳天に当たっていた。


「ふざけているのか、ジャン」


 いつもよりきつい口調で問われ、ジャンは目線だけでマーカスに助けを求めた。だが、マーカスはすげなく首を振る。ジャンは目線をさ迷わせて何とか答えを探し出そうとするが、どこを見ても立派な農村にしか見えず、人の姿は見当たらなかった。


「いや、だって、どう見ても農村……だろ」


 自分の価値観に間違いはないと思いたい。ミュゼルの背後にはどこまでも広がる畑が見える。建物はなく、小川が流れ作物は立派に葉を生やして風に揺れていた。麦はまだ収穫には早そうで、緑色の穂が風に揺れていた。見たことの無い作物の畑は水が張られていた。ダンジョンの中で買った弁当という食べ物の白くて柔らかい食べ物が米とか言っていたから、もしかするとそれがこれなのかもしれない。


「……ダンジョンの中で作ってる。って言ってたな。あのうさぎのねーちゃん」


 自分で呟いておきながら、ジャンは首を捻る。考えることは苦手だ。思考がいつもどこかに行ってしまうのだ。冒険者になって良かったことは、考えなくて済むことだ。ギルドで受けた依頼をこなせばいい。依頼書に書かれた魔物を指定の数だけ倒せばいい。考えなくていいからとても楽だった。


「うーん」


 腕を組んで空を見上げた。雲ひとつない綺麗な青空だ。雨は降りそうにもない。それなのに、鳥の一羽も飛んではいなかった。


「……あっ」


 そんな見上げた空を見て、その違和感からジャンはようやく答えを見つけることが出来た。


「ダンジョン、だったな。ここは」


 ジャンがようやく答えを出したので、ミュゼルは小さく頷いた。ここまで、ジャンは言われた通りによく動いた。考えるよりも早く行動に移してしまうため、連携を取らなくてはならない時はとても厄介だった。パーティーを組んでいる以上仲間との連携は大切だし、独断で動くのは非常に危険である。だからミュゼルは常に先を読みジャンに指示を出していた。だが、そのせいでますますジャンが考えなくなったことは事実だった。


「そうだよ、ジャン。ここはダンジョンぼくたちは25階からこの50階まで落ちてきた」


 マーカスに解説され驚いたのはジャンだけではなかった。


「50階?嘘でしょ」


 ミーシャは慌ててポケットからカードを取り出した。ゴーレムから渡されたダンジョンカードだ。これを見ればダンジョン内での自分のレベルや稼いだ金等が分かるようになっている。


「……ほんとに、50階って、書いてある。一瞬聞こえたあのアナウンス、よく聞き取れなかったのよね」


 ミーシャは少し絶望感漂う顔をした。そうしてようやくここがどれほど危険なのかを理解した。そして、ジャンの顔を見る。


「本当に50階って書いてあるなぁ。うーん、しかし、困ったな。なぁ、マーカス、俺の記憶が正しければ、このダンジョンは10階毎にボス戦があるんだったよな?」

「正解だよ。ジャンにしてはなかなか素晴らしい答えだ」

「褒めるなよ」

「うん、一応褒めてるから、そこは素直に受け取ろうか?」


 マーカスがそんなことを言うので、ジャンは少し照れたように頬をかいた。そして、ミュゼルを見て口を開いた。


「ミュゼル、すまん。俺には分からない。ここにボスの気配を感じることが出来ないんだ」


 ようやく焦ったような顔をしたジャンを見て、ミュゼルは満足そうに微笑んだ。


「大丈夫だ、ジャン。私にもここのフロアのボスの気配は感じられない」


 そう言いながらミュゼルは辺りを見回した。のどかな田園風景に、澄み渡った青い空、それからこぢんまりとはしているけれど、商店街の様な通りが見える。


「待って、ミュゼルなの?私も感じていない……でも、それはおかしい」


 ミーシャがカードを見つめながら言う。ゴーレムからの説明通りなら、ここはダンジョンの50階であり、すなわちボス戦のある階になる。それなのに、どこにもボスの気配は感じられない。たまに地面に擬態している虫系のモンスターがいるけれど、今のところ足元からモンスターの気配は感じられない。


「やはり誰もモンスターの気配を感じていないのか。まいったな、せめて弁当売のホムンクルスでもいれば話が聞けるのに」


 マーカスがそう呟いた時、突如として人が現れた。全く気配はなく、足音のひとつも聞こえなかった。


「っ、な……」


 ミュゼルが驚きのあまり腰の剣に手を伸ばした。だが、柄に手をかけていると言うのに、全く動かすことが出来ないのだ。いつもなら、何時でも抜刀できるよう左手で少し剣を鞘から浮かせておけるのに、なぜだかまるで剣が動かないのだ。左手を鞘に触れさせたままミュゼルは視線でマーカスに確認をした。やはりマーカスも剣の柄に手を触れてただ立っているだけだった。


「こんにちは」


 焦りまくるミュゼルをよそに、人懐こそうな笑顔で黒髪の男が挨拶をしてきた。

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