第30話 四名様ご案内

「おう!こんにちは。こんなところで人に会えるとは思わなかったぜ」


 ジャンが気さくに挨拶を交わしている。何も気づいていないのか、それとも気にしていないのか、ジャンは普段通りのテンションだ。


「俺もこんなに早く誰かに会えるとは思っていなかった。あなた方は冒険者なんですよね?」


 そう言って高橋は4人を順番に見た。目の前には1番背の高いジャン。その横にマーカス、向こうにミュゼルとミーシャが並んでいる。


「ああ、そうだ」


 白い歯を見せながらジャンが答える。


「本物の冒険者だ。凄いねアルさん」


 高橋はそう言って隣に立つアルトルーゼに話しかけた。アルトルーゼは高橋の言葉に頷くだけで、特に声を出すことはしない。


「出来ればゆっくりしていって欲しいな。向こうにお店をいくつか作ったんだ。食事もできるし、宿も有るから泊まれるよ。もちろん温泉付きだから」


 高橋がそう言うと、ジャンが示された方を見た。


「へぇ、店があるんだ」

「そう、武器屋もあるから出来れば寄っていってくれよ。もし、時間があるなら泊まって行ってくれ。初めてのお客さんだから歓迎するよ」

「そうなのか?」

「日本酒とワインがあるんだ。ぜひ飲んで欲しい」

「そいつはいいな。ぜひとも泊まらせてくれ!な?みんないいだろ?」


 そう言ってジャンは振り返り仲間を見た。


「ああ、そうだな。ゆっくりさせてもらおうか」


 ミュゼルがそう答えると、ジャンは満足そうに笑い、高橋の顔をのぞき込むように言った。


「あっちが街なんだな?」

「そうだよ。小さいけどラインナップは充実しているから、ゆっくり見ていってくれ。俺たちが住んでいるのはあの家なんだ。夜になったら宿屋に顔を出すよ」


 高橋はそう言って家を指さした。平屋の家はまるで昔話に出てきそうな外観の日本家屋だ。


「へぇ、面白い形の家だな」


 見たことの無い形の家を見て、ジャンは素直に感想を述べた。


「まぁ、こだわりの我が家だからな」

「そうか」

「そうだよ。それじゃあ、また夜に宿屋で」


 高橋はそう言ってアルトルーゼの手を引いて家に帰って行った。その後ろ姿を眺めながら、ミーシャは首を傾げる。


「あの二人って」


 何かを思い出そうとしているのか、顎に手を当ててしきりに首を捻る。


「そうだな。あの二人……何か気になるな」


 ミュゼルも何か気になるらしく、2人の後ろ姿をじっと見つめている。


「なんだよ、女子はそう言うの好きだなぁ」


 そんな2人をジャンが笑い飛ばした。


「何を言ってる。お前は勘違いをしている」


 ミーシャがそう指摘をするが、ジャンは気にしてなどいなかった。


「この村に2人で住んでるんだろ?ダンジョンから出られなくなった冒険者なんかな?」


 意外とジャンが、まともなことを口にしたのでミュゼルの眉がピクリと動いた。


「弁当売りのホムンクルスとは違うよな?あれはちゃんと生きた人だろ?」


 ジャンが、そう言うとマーカスが意外そうな顔をした。


「ちゃんと気がついていたのか。確かに人だろう。だが、アルさんと呼ばれていた方は何か違う気配を感じた」

「やっぱり、マーカスも……そう感じた。私と同じ」


 ミーシャがそう言うと、ミュゼルが頷いた。


「あのアルさんと呼ばれた男、どこかで見たことがないか?」

「ぼくも思った。見たことがあるような気がする」


 マーカスはそう口にしながらも、具体的に何処で見たのかを思い出すことが出来ないでいた。


「そうか?俺はないけどな」


 そう言ってジャンは、豪快に笑うのだった。

 そうして、家に戻った高橋は、食材をじっくりと眺めていた。もちろん今夜あの冒険者たちに振る舞う料理を作るためだ。何しろ初めてのお客様なわけだから、しっかりとおもてなしをしたいのだ。話を聞いていると、ダンジョン内で弁当は食べているようだった。それなら違うものを作りたいと思うのは仕方の無いことだろう。


「弁当は何を食べたのかな?」


 高橋がそう呟くと、素早く石人形が現れ答えを口にする。


『唐揚げ弁当とロコモコ丼を食べていました』


 石人形がその顔にある大きな1つ目玉に、4人で弁当を食す姿を映し出した。どうやら石人形の大きな目玉は、監視カメラであり、モニターでもあるらしい。


「なかなか便利な機能だな」


 高橋はまじまじと石人形の目玉をみつめ、考え始めた。


「初めてのお客さんなんだから、やっぱり気合入るよな」


 高橋の思うごちそうといえば、筆頭はやはり寿司だ。だが、この世界には魚を生で食べる習慣がない。まぁ、異世界あるあるではあるけれど、そもそも高橋のいた世界でも、魚や肉を生で食べるのは特殊な文化であったのだから仕方がないだろう。そうなると次の候補は焼肉かすき焼きになる。だが、この世界の人は肉は焼くことが当たり前だからごちそうにはならないのだ。


「やっぱりすき焼きかなぁ」


 高橋は食糧庫の中を確認した。肉は豊富にある。石人形たちが定期的に外から魔物を狩ってくるから、在庫切れになるようなことはない。卵は飼育しているコカトリスが毎日ちゃんと生んでくれるから、数はある。


「すき焼きは、私が食べたあの料理ですね」

「そうだよ。俺のいた世界というか、俺の住んでいた国ではすき焼きはごちそうだったんだ。肉がね、牛肉が高価だったんだよね。だから、焼肉も結構高くてさぁ。あとは寿司なんだけど生魚食べないでしょ?海の魚見たことないしさ。ああ、でも、この世界、肉は焼くだけだよね」


 高橋は突然ひらめいた。それこそ異世界あるあるだ。


「焼肉のタレだよ。醤油があるんだ、リンゴとはちみつ、ニンニクもあるんだから、今から仕込めば夜に間に合うよな」


 高橋はそう言うと、外に飛び出そうとした。


『主、収穫は我々がしますから、リンゴを収穫してくればよろしいですか?』


 石人形が高橋の服の裾をつかんだまま聞いてきた。


「あ、うん。唐辛子とかも欲しいな。パイナップルってあったっけ?あと玉ねぎ、しょうが、ごま」

『了解しました』


 石人形はそう返事をすると、まるで飛ぶように行ってしまった。


「はじめん、タレとはなんですか?」


 高橋が言い出したことが気になったアルトルーゼが前のめりで聞いてきた。


「俺のいた国では焼肉が人気でさ、BBQって野外でみんなでわいわい肉を焼いて食べるっていうのがイベントだったんだよね」


 口を動かしながらもでも動かす高橋を見て、アルトルーゼは感心し切りだ。神である自分より、高橋の方が遥かに器用なのである。噂に聞いたとおり、日本人と言う種族は手先が器用で凝り性のようだ。石人形になにか指示を出して、新しい道具を作っている。それもアルトルーゼが見たこともない形をしていて、かまどに似ていなくもないが、上に網目状の金属が置かれていた。しかもそれが取り外した。高橋が嬉しそうにテーブルの上に置き、かまどから炭をいくつか取り出してその道具の中に入れている。


「はじめん、そんなことしたらテーブルが燃えてしまいます」


 自分では取り扱ったことは無いが、炭というのは見た目よりはるかに熱く、よく燃えるのだ。これはファンデール王国では使われてはいないが、ラミト国では使われているものだった。高橋が言うにはラミト国は高橋のいた日本という国にだいぶ似ているらしい。そのため、高橋が欲しい道具なんかは、ほとんどラミト国で手に入るそうだ。


「大丈夫だよ、アルさん。これはね七輪って言う道具なんだ。耐火性が高いから、テーブルが焦げたり燃えたりしないから安心して」


 高橋がそういうので、アルトルーゼはそっと七輪に触れてみた。中では炭が明々と燃えているのに、七輪はほとんど熱くなかった。


「凄いですね」

「でしょう?この石に気がついた人って凄いよねぇ」


 そう言いながら高橋は七輪の上に金属で出来た網を置いた。


「この上で肉を焼くんです」


 高橋は説明しながら小さく切った肉を網の上に並べ、その間に醤油、すりおろしたリンゴと生姜を鍋で煮ていく。時々肉の焼き加減を確認しながら、皿に醤油とすりおろしたニンニクをのせる。


「これを、こうして……はい、アルさん。あーん」


 箸で器用に肉をつかみ、アルトルーゼの口元に持っていく。鼻先になんとも言えない匂いが漂い、アルトルーゼは口を開いた。


「はむっ」


 アルトルーゼの口の中に肉の旨みと醤油の香ばしさ、そしてニンニクの強い刺激がやってきた。鼻からニンニクの匂いが抜けていく。


「んんんんっ」


 咀嚼すれば口いっぱいに肉汁が広がり、旨みと香ばしさがぶつかりあった。


「美味しーですぅ」


 アルトルーゼは満面の笑みでそう言った。


「それは良かった。アルさん、座ってゆっくり食べて」


 石人形がアルトルーゼの皿と箸を並べてくれたので、アルトルーゼは席に座りゆっくりと焼肉を食べ始めた。高橋は肉を焼きながらタレの味を確認している。


「冷めれば味が落ち着くかなぁ」


 小皿に取ったタレの味を確認しながら、高橋はアルトルーゼの前にもタレを入れた小皿を置いた。


「アルさん、これで肉を食べてみて」


 言われるままにアルトルーゼは焼けた肉をタレにつけ、一口で頬張った。


「滑らかな味ですねぇ」


 インパクトの強いニンニクと違い、リンゴの甘さと生姜の爽やかさを併せ持つタレはまた違った意味で肉の味を高めてくれた。


「うん、これは甘口だな」


 高橋も出来たてのタレを確認しながら焼肉を頬張る。そんなことをしているうちに、鍋で炊いていたご飯が出来た。


「アルさん、タレの着いた肉を1回こうしてご飯に乗せるんだ、それから肉を食べて、後からこのタレの着いたご飯を食べてみて」


 高橋が炊きたてのご飯の入った茶碗をアルトルーゼに渡してきた。高橋の言っている意味は分からないけれど、言われたことは理解出来る。言われた通りにアルトルーゼは肉を食べ、それからタレの着いたご飯を口に運んだ。


「ふおぉぉぉぉ」


 米の旨味に肉汁が絡み、タレの味が食欲を刺激した。


「お、美味しいです。美味しいですよ、はじめん」


 アルトルーゼは焼けた肉を次々とタレにつけ、時々ニンニク醤油を挟みながら食べ進めた。


「アルさん、落ち着いて。こっちは少し辛い味にしてみた。はい、あーん」


 高橋が違う味のタレに着けた肉をアルトルーゼの口元に出てきた。もちろんアルトルーゼは躊躇うことなく口を開く。


「ふぁああ、これも美味しい」


 噛む回数が若干少なくなった気がするが、アルトルーゼは飲み込んだ後に、高橋の前にあるタレを見つめた。


「アルさん、こっちが気に入った?唐辛子が入っているからちょっと辛いんだけど、それがいいのかな?」


 高橋はそんなことを言いながら、アルトルーゼの前に新しいタレの入った小皿を置いた。


「アルさん、食べすぎないで、今夜の料理の試作なんだからさ。まぁ、別の料理も作るから安心して」

「わ、分かってます。でも、美味しいので夜も同じものを同じ量食べる自信がありますよ」


 アルトルーゼは変な自信を持ちながら、どんどん焼肉を食べ進めるのであった。

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