第31話 お約束ではある
「凄いなこれは」
高橋に勧められて、ミュゼルたちは街をぶらぶらと見て回っていた。高橋が言ったとおり、店の内容は充実していた。まるで王都の貴族街に来たかのように、町並みは整えられていて、すべての店は綺麗なガラス窓がはめられていて店の中が見えるようになっていた。
「ミュゼル、見ろよ。まるでお姫様のドレスみてえなのが飾ってあるぜ」
一つの店の前でジャンが言った。そこはおそらく洋品店なのだが、ダンジョンの中だというのに、飾られているのは地上にあるのと変わりのない品々だった。美しい刺繡の施されたドレスなど、冒険者が買い求めるとは到底思えない。
「ジャン、声が大きいぞ」
ミュゼルはジャンをたしなめながらもその店に近いた。まるで貴族街にあるかのようなたたずまいに、ガラス越しに見える店内には色とりどりのドレス。おまけに宝飾品まで並んでいるのが見えた。
「いらっしゃいませ」
ミュゼルの目が釘付けになったタイミングで、店の扉が開いた。出てきたのは兎の獣人だった。クリーム色をした耳が垂れているのがなんとも愛らしい。
「どうぞ、ご遠慮なさらずに、中に入ってご覧になってください」
兎獣人はぐいぐいとミュゼルの腕をつかみ店内に引きずりこんだ。そうして、ミュゼルが眺めていたドレスの横にたった。
「
そう言われて、ミュゼルは目を見開いた。
「へえ、すげえな。試してみてもかまわねぇか?」
ミュゼルが反応できずにいると、ジャンが勝手に話をすすめていく。
「ええどうぞ。ぜひお持ちの大剣でお試しください」
兎獣人はそう言ってドレスを店の中央に置いた。
「さあ、どうぞ」
言われてジャンは背中に背負っていた大剣をかまえた。
「それじゃあ、いくぜ」
ジャンはなんの迷いもなく大剣をまっすぐに振り下ろした。
「なっ、馬鹿、ジャンやめろ」
ミュゼルは慌てて止めようとしたが、時すでに遅く、ジャンの大剣はまっすぐに飾られたドレスに振り下ろされていた。
ガッガッ
大きな音がして、ミュゼルは目の前の光景に驚いた。確かにジャンは大剣を振り下ろした。だがしかし、ジャンの大剣はドレスを切り裂くことなくドレスにぶつかったまま止まっているのだ。もちろん、ドレスはレースの一つも切られてなどいなかった。
「噓だろ……振り落とせねえ」
両手で剣を握りしめているジャンの額には一筋の汗が流れていた。
「ジャン、お前」
ミュゼルはジャンの両腕がプルプルと震えていることに気が付いた。つまりジャンは本気でドレスに切りかかったのだ。そしてそれをやらせておいて、涼しい顔で見ているだけの兎獣人が不思議でならなかった。だから、ミュゼルはジャンの腕をつかみ、大剣の刃が当たっている箇所を確認した。
「これは」
ミュゼルは息を飲んだ。本当にレースの一本にさえ傷一つ付いていなかったのだ。
「いかがですか?ミュゼル様。素晴らしいドレスだと思いませんか」
後ろから、兎獣人がそんなことを言ってきた。本心から思っているのかは全く分からなかった。なぜなら、この兎獣人もまたホムンクルスだからだ。
「ダンジョンにドレスで挑む冒険者などいると思っているのか?」
ミュゼルは振り返らずにそう聞いた。
「まさか、ミュゼル様はそんなことをお考えなのですか?最初に言った通り、このドレスは舞踏会用です。まぁ、ドレスを着てモンスターと戦うお姿も素敵でしょうね」
すらすらとしゃべる兎獣人は実に奇妙だった。いったいどうやってこれだけの言語を習得させたというのだろうか。これではまるで人と話をしているようだ。
「他にはないのか?」
ミュゼルがそう言うと、兎獣人はすかさず指輪を出してきた。
「こちらは毒除けの指輪になります。お食事をなさる際、手にした食べ物に毒が含まれていれば宝石が紫色に光ります」
そう言って、兎獣人は毒草を取り出し、指輪を近づけた。
「ほら、こんな風に光ります」
毒草が指輪に近づくと、ついている宝石の一つが紫に光った。
「毒の威力が強くなると、光る宝石の数が増える仕組みです。それからこちらのイヤリングは、暗視の力があります。両耳に装着すれば、暗闇でも昼間のように周りを見ることができますよ」
指輪と違ってイヤリングは今は確認できないようだった。
「今夜つけて試されますか?」
「いいのか?持ち逃げするかもしれないぞ」
ミュゼルがそう言うと、兎獣人は不思議そうに首を傾げた。
「そんなことはできませんよ。ここがダンジョンだということをお忘れですか?」
別に忘れていたわけではない。ただ確認したかっただけだ。やはりこの50階からは簡単には出られないらしい。
「つまりは、あれか、お前は私が何者か分かったうえでこの品々を勧めてきたということか」
「お気に召しませんでしたか?」
そんなことを言ってきた兎獣人であったが、一向に片付ける気配はない。
「これらをすべてもらおう。いくらだ?」
ミュゼルがそう言うと、兎獣人はすかさず値段の書かれた紙を出してきた。そうしてこう付け加えたのだ。
「お支払いはダンジョン内で稼いだお金しか使えませんのでご注意ください」
それを聞いて、ミュゼルとジャンは顔を見合わせたのだった。
そうして二人が店を出ると、向こうの方からマーカスとミーシャがやってきた。ミーシャの手には数冊の本があった。
「珍しい魔導書があった」
嬉しそうな顔をしたと思ったら、すぐにミーシャは悲しそうな顔をした。
「あれか」
すぐに気づいたミュゼルが声を出した。
「支払いに持ち込んだ金貨が使えなかったんだな」
ミーシャが無言で頷いた。
「すまんな、私がドレスを買ったばっかりに」
「いや、魔導書はとても高価なもの。これだけでもありがたい」
四人並んで言われた宿に向かうと、すんなりと部屋に案内された。やはり初めてのお客と言ってきた。そうして、四人は着替えて温泉を堪能したのだった。
「ミュゼルはドレスを買ったのですね」
「ああ、防御力の恐ろしくあるやつだ。俺の大剣でも傷一つつかなかったぜ」
男湯で、ジャンとマーカスが話をしている。
「ミュゼルには婚約者はいません。つまり、帰宅して参加する舞踏会で相手を見つけなくてはならないのでしょう」
「ああ、面倒くさいことだな。お貴族様ってやつは」
首をこきこき鳴らしながらジャンは言った。
「俺たちも、そろそろ解散か?マーカス」
にやりと笑いながらジャンが言えば、マーカスはわかっていたんだな。と内心ほっとした。
「そうだな。俺も実家からそろそろ帰って家業を手伝えと言われている」
「ああ、お前の家は商家だったよな」
ジャンはそう言って目を閉じた。そうして少し考えるようなふりをしてから口を開いた。
「なぁ、俺に護衛が務まると思うか?」
口にしたことは別に以外でもなんでもなかった。
「務まらなかったら、無職になるぞ」
マーカスがそう言うと、ジャンは豪快に笑った。
「そういうお前は、実家の手伝いという名の護衛なんだろ?」
「ああそうだ、冒険者として名をあげて、Bランクになった息子を使わないなんてもったいないんだろうな。各地を回っているから店にずっといた長男より使えると思ったんだろう。まぁ、実際そうだしな」
マーカスはお湯で顔を洗うと一つまじめな顔をした。
「冒険者なんて危険な稼業だ。30を前に決断できることはとてもいいことだと思っている」
「俺もだよ。マーカス。幼馴染っていうだけで俺と一緒になってくれてありがとよ。おかげで暴れることしかできなかった俺が立ち回りを考えて戦えるようになった。おまけに読み書きまでできるようになって、金の計算までできちまう」
ジャンはそう言ってにやりと笑った。
「そして、今度は貴族令嬢の護衛騎士だ。出世したな」
マーカスにそう言われ、ジャンは親指をぐっと突き出した。
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