第32話 宴は盛大に

 温泉から上がり、ゴーレムたちに全身くまなくマッサージされて、四人は軽い足取りで言われた宴会場という部屋に案内された。そこは見たことのない植物を案でできた床で、なんと裸足で歩くというのだ。そうして座面しかない椅子に座り待っていると、ゴーレムたちが次々と料理を運んできた。


「なんでい、肉が生じゃねいか」


 並んだ食事をみて、声を上げたのはジャンだった。四人の前に並んだのはからの皿と、なにか液体の入った瓶、それから空のグラスだった。大きな更に並べられているのは生の肉で、しかも薄く小さく切られていた。乳白色の謎の円柱は触ると暖かかった。


「それは七輪っていって肉を焼く道具なんだ」


 やってきた高橋はそう言うと、トングで肉をつかみ、網の上に並べていく。


「ここでこうやって肉を焼いて、その瓶に入っているタレをつけて食べるんだ」


 そういいながら高橋は焼けた肉をまずはジャンの前に置いた。そうして瓶のタレをかけた。


「食べてみて」


 勧められるままジャンは肉をフォークでとり口に運んだ。


「う、うめぇ」


 口に入れ、一口かんだとたんに口の中いっぱいに肉汁が広がった。肉にかけられたソースはタレといい、甘くて濃厚だった。ジャンが催促するような目線を向けると、今度はゴーレムが続きを請け負った。


「自分で焼くと焼き加減とかを自分好みにカスタマイズできていいんだけどね。今日は勝手がわからないだろうから、焼くのはゴーレムたちに任せてくれるかな?タレは甘いのと辛いのがあるから自分の好みで使ってくれ」


 高橋がそう説明すると、ゴーレムたちは素早く肉を焼き始めた。最初こそ待ちきれないでいた4人だったが、慣れてくれば焼きあがるタイミングにあわせて食事ができるようになっていた。おまけに、出されたワインが焼肉にものすごくあっていた。

 そんな4人を眺めながら、高橋は鉄板を温め、薄く油を敷いてそこに種を広げた。上に薄く切ったオークの肉を置いて、両面こんがりと焼き上げる。そこにソースをかけて、マヨネーズを乗せれば、お好み焼きの完成だった。少し小さめではあるが、4枚同時に焼くのは大変だった。けれど、お好み焼きを出された4人は焦げたソースの匂いには勝てなかったようで、我先にとお好み焼きを頬ばったのであった。もちろん、アルトルーゼにも焼き、高橋も焼肉を堪能した。

 高橋が冷えたビールを勧めると、四人は喜んでビールを飲み、ものすごい勢いで焼肉を食べたのだった。


「は、はじめん殿」


 ある程度食べ勧めたころ、遠慮がちにミュゼルが口を開いた。何回も乾杯をしたせいか、その顔はずいぶんと赤い。


「このようなもてなしをうけてありがたくおもう。しかし、なぜ故私たちをこのようにもてなしてくれるのか、まるで見当がつかないのだが」


 それを聞いて高橋は隣に座るアルトルーゼを見た。もぐもぐと口を動かし、とくに何かを話すつもりはないようだ。


「ああ、あのですね」


 高橋はゆっくりとわかりやすく要点だけをまとめて答えた。


「俺が早く冒険者に会いたいな。なんて言っちゃったものだから、皆さんがここまで落ちてきちゃったんです。足元に急に魔方陣があらわれたでしょ?」


 高橋がそう言うと、マーカスが理解したようで、一人頷いていた。


「記念になった。私たち、解散する」


 ぼそりとミーシャが言う。


「そうなんですか」

 

 驚いた高橋は、横目でアルトルーゼを見た。アルトルーゼは黙って頷いている。


「じゃあ、記念になってよかったです。カードにパーティー名と到達階数が記載されるんですよ」


 そんなことを言われても、誰もカードを持っていなかった。

 そうして、楽しい食事の時間が終わると、各自部屋に戻ってカードを確認したのだった。


「ほんとだ、ある」


 ミーシャがカードを確認して呟いた。


「ああ、あるな」


 高橋が一人ずつ個室を用意したのだけれど、長い冒険者生活ではそんな贅沢な宿などなかった。というよりは、女の冒険者が一人部屋に泊まるのはリスクがありすぎるのだ。そのため、男女に分かれて二人部屋で泊まることを常としていた。


「いい記念になるな」

「うん。なる」


 ミュゼルとミーシャは並んでベッドに腰かけていた。

 なぜなら、高橋が用意した部屋、すなわち石人形が高橋の持っているイメージで作り上げた高級温泉旅館の客室風というわけだ。シングルベッドではなく、ベッドはクイーンサイズだ。こちらの世界でも貴族用には大きなベッドが使われてはいるが、さすがに一人用としてはなかなかのサイズだったらしい。

 ミュゼルとミーシャは二人で仲良くベッドにもぐりこんだ。女とは言えど冒険者をしている大人が二人で寝るには少し狭かったかもしれない。それでも二人は向かい合って手を取り合った。


「10年、長い間ありがとう。ミーシャ」

「ん、それはこっちのセリフ。ミュゼルと一緒に冒険者になったから最初からいい装備で戦えた」

「それは、私の我儘に突き合せたからだ」

「お嬢様の我儘」


 ミーシャは笑いながらそう言って、おでこをくっつけた。


「そうだ。私は我儘お嬢様だな」


 ミュゼルは笑った。


「ただの使用人の子だった私を魔法使いにして10年も連れ歩いた」


 ミーシャの言葉は、どこか懐かしんでいるようで、それでいて非難めいているようにも聞こえた。


「残念だがミーシャ、この先10年では済まされないほど私と一緒にいてもらいたいのだが」

「それじゃまるでプロポーズ」


 ミーシャに指摘され、ミュゼルはまた笑った。


「そうか、ではジャンには違う言い方をしないといけないな」

「ほんとそれ」


 二人は楽しそうに笑ったのだった。



 翌日、高橋とアルトルーゼに見送られて四人は地上に帰っていった。

 高橋の手には、お礼といってマーカスから手渡された時計があった。


「しかしこれは面白いものだね」


 ファンデールで広く一般的に使われている時計だそうで、表と裏で文字盤の数字の数が違っていた。高橋のいた世界でいうところのサマータイムというものがあって、表が平常時の時計で一日が22時間だった。裏がサマータイム用で一日が26時間あった。平均すれば高橋がダンジョンに設定した一日の時間にはなるようだ。


「魔道具ですからね。狂うことはないようですよ」


 一目見て作りが分かるあたり、やはりアルトルーゼは神のようだ。


「でも、そんなに夏になると日が長いの?」


 高橋が素朴な疑問を口にした。北欧の方では白夜なんて一日中太陽が沈まない日があるようだけど、日本生まれの日本育ちで、日本から出たことがなかった高橋にはそれさえファンタジーの世界なのだ。


「ええその、私たちが自分の世界を作る際に基本といわれる惑星のサイズがあるんですよね。初めての時は小さく作ってしまい、回転が速くて惑星が死滅するのが早くなってしまって、それで大体どの神も似たような大きさの惑星を作ってしまうんですよ」

「へえ、それでだいたい一日の長さが似てるんだ」

「ただ、私はこの世界の惑星の角度を傾けすぎてしまったようで、夏場は昼間がだいぶ長いんですよね」


 アルトルーゼがそんなことを言うから、高橋は頭の中で想像をしてしまった。


「石人形たちにラミトの時計を確認してもらおう」


 そんなことを呟けば、自宅に戻った途端、一番の数字を持つ石人形がラミトの時間管理についての調査結果を発表してくれた。


『ラミトの国には時計は出回っていません。魔道具の時の鐘が朝昼晩と一日三回鳴るだけです』

「鐘?」


 それを聞いて高橋は首を捻った。そうして考える。思いついたのはお寺の鐘だ。お坊さんが鳴らすやつだ。


『国の真ん中に基準時刻を刻む巨大なからくり時計が設置されています。動力は魔力で、魔法使いが定期的に魔力を注いでいるようです』

「それはすごいねぇ」


 一つ目玉の石人形が見せてくれた映像に、高橋はとても感心したのだった。

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