第33話 固焼きが一番ですね

「じゃあ次はどうしようかなぁ」


 ぶっちゃけダンジョンの作成が進まない。ミュゼルたちが25階から一気に高橋のいる50階まで落ちてきたのは、分かりやすく言えばダンジョンが未完成だからだ。何となく骨格は出来上がっているのだが、配置するモンスターや仕掛けが決まっていないのだ。だから、30階ぐらいまで降りてはいけるけど、ほぼ戦闘はなく、宝箱を見つけるだけで終わってしまう。

 モニターの前でうんうんと唸る高橋であったが、何となくは理由がわかってはいた。


「ねえ、アルさん」


 隣に座るアルトルーゼに声をかけた。アルトルーゼは神力がほとんどないけれど、このダンジョンの中でなら神様らしく力をふるうことができる。つまり、ダンジョンの中にはこの世界の神であるアルトルーゼの神力がそこそこに満たされているというわけだ。


「なんでしょう。はじめん」


 高橋の方を向いたアルトルーゼは、大きなせんべいを咥えていた。


「アルさん?それ、なに?」


 日本人である高橋にとってはとても馴染みのある食べ物ではあるが、せんべいなんて、作った覚えはない。何となく作り方を知ってはいるだけである。


「ああ、これですか?ゴーレムたちが作ってくれたんです。ラミトから来た冒険者たちが食べていたのが気になりましてね」


 当たり前のようにさらっと言われたものだから、高橋は思わずアルトルーゼの机を見た。見れば、そこには皿に盛られたせんべいがいくつもあった。大きさは少々いびつではあるが、見た目は間違いなくせんべいだった。


「ちょ、アルさん。日本人の俺に内緒でせんべい食べるとかないわ」


 高橋は皿からせんべいを一枚とると、大きな口を開けてかじりついた。少し固めの歯ごたえと、香ばしい醤油の風味がなんともたまらなかった。


「ああ、おいしい」


 至福の時を堪能する高橋をアルトルーゼは黙ってみていた。


『主、お茶をどうぞ』


 一つ目の石人形がすかさず湯呑に入ったお茶を高橋に差し出した。


「最近はラミトの冒険者たちもダンジョンによく姿を見せてくれるので、ダンジョン内で冒険者たちが交流しているんですよ」


 アルトルーゼが嬉しそうに話してきた。


「え?アルさん。国が違うのに話ができるの?」


 高橋は率直に驚いてしまった。


「何を言っているんですかはじめん。最初に言ったじゃありませんか。私、争いごとがおきたら嫌なので、言葉は世界共通にしてあるんです」

「ああ、そうだったね」

「貨幣も。共通にして、もめ事が起きないようにしたのに……のに……」


 話しながらアルトルーゼが自分から落ち込んでいってしまった。争いごとが起きないようにアレコレ考えて世界を作ったのに、結局世界の住人たちは勝手に争いごとの火種を作り出し、戦争をはじめ大陸が二つも吹き飛んでしまった。結果として残されたのはフィンデールとラミトの二か国しかない、この小さな大陸だけになってしまったのだ。しかもこの二か国の間には大きな山脈があり、大陸間では国交がなかった。船を使って交易などを行っていたのだが、戦争ですべての船が失われてしまい、交易が途絶えてしまったのだった。

 そんなとき、高橋の作ったダンジョン内で冒険者だけだはあるが再び交流が持たれた。互いの国が存在することを確認しあい、ギルド経由で国に報告が上げられたというわけなのだった。


「ま、まぁアルさん、過ぎたことを悔やんでも仕方がないよ。今は前を向かなくちゃ。この世界を再生しなくちゃ」

「そうですね。私にはやるべきことがありました。この世界の再生と復活です」


 アルトルーゼはぐっと握りこぶしを作り、パリんとせんべいをかじったのだった。


「さて、と。俺はダンジョン作成の続きでもしますか」


 お茶を飲み干した高橋は、小休憩を終わらせて作業用デスクに向かった。モニターの中には高橋がいろいろと考え付いたいろいろなモンスターがうごめいている。タッチをすれば様々なアクションを見せてくれるのだ。


「ここは、やはり……『モンスターハウス』の実装しかないな」


 そう宣言して高橋は何もない広い空間にただひたすらにモンスターを配置していく。入り口から見えるように転移の魔方陣を配置して、とにかく部屋の中はモンスターでいっぱいにした。そして、訪問者がお訪れるまでモンスターは眠らせておくのだ。この部屋に冒険者が一歩足を踏み入れた途端にモンスターは目覚める。そして一斉に冒険者に襲い掛かる。といった仕様にした。新しい階層に付き、細い通路を歩いていきついた先は『モンスターハウス』である。


「俺もずいぶんてこずったからな。この絶望感は言い表せないよな、やっぱり」


 高橋はうんうんと頷きながら実装させていく。


「そうだ、5の倍数の階にランダムで出そう。上の方は弱いモンスターで、下に行くにしたがって強くしよう。あ、キラーアント巣も実装して、それから……」


 高橋は楽しそうにダンジョンを作っていくが、巨大な殺人アリの巣に連れ込まれるなんて考えただけで恐怖でしかない。ゴブリンの巣よりもましかもしれないが、あの巨大な顎にかみ砕かれるのはもはや絶望しか生まないだろう。


「うーーーーん、あっとはぁ……ん?」


 高橋は、一応この50階より下の階層を設定していくうちにおかしなことに気が付いた。いや、魔法のある世界だからおかしくはないのかもしれないが、高橋のいる50階より下の地下の階層に生命反応があったのだ。

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