第34話 いや、あんた作らなかったって言ったじゃん
「横軸に何かがいるんだよ。それも複数」
高橋は夕飯のときにアルトルーゼに報告した。このダンジョン内は自由に動き回ることができることが判明したので、アルトルーゼは積極的に活動するようになった。300年近く自分の作った世界の住人たちに無関心すぎたことを反省して、ダンジョン内限定ではあるが、住人である冒険者たちを積極的に見るようにしたのだ。
いったい彼らがどんなことふうに生きているのか。まず第一はそれである。冒険者というだいぶ特殊な職業ではあるものの、それでもこの世界の住人のサンプルにはなる。家庭のあるものはダンジョンで手に入れたものは何でも家族へのお土産にしたがるし、一獲千金を思うものは金にならないものは置いていく。死ぬことがないからと無謀なことを繰り返す者もいて、アルトルーゼはとても興味深く観察していた。
「複数の生命体。ですか?」
アルトルーゼは小首をかしげた。
「そう。ここより深いところだね。たぶん海底になるんじゃないかな?」
「海底に、生命ですか……うううん、申し訳ないのですが、海の生き物は他の神の作った星を参考にしたので、カニとかいう生き物は作ったと思うのですが、そんなに深いところでは生きられないはずなのですが」
アルトルーゼはうんうんと唸りながらおよそ300年前のことを思い出そうとした。深海魚とかいう魚は見た目がかわいくなかったので却下したことぐらい覚えている。カニとかエビという甲殻類の生き物は作った覚えがあるにはあるが、そんな海の奥深くに生息できるとは聞いてはいない。
「俺もそう思うんだ。水圧に負けちゃうはずだから、浮袋を持った魚じゃないと生きていられないはずなんだけどなぁ」
そう言いながら高橋は夕飯のおかずである肉じゃがのジャガイモを口に入れた。味がよくしみて、外側が程よく溶けている。
「はじめん、これは何ですか?」
アルトルーゼが肉じゃがに入っていた白滝を箸で摘まんだ。ずいぶんと箸使いが上達したものだと感心しつつ高橋は答えた。
「それは白滝だよ。こんにゃくの親戚みたいなもん。お腹の掃除してくれるんだ」
「ほおぉぉ」
アルトルーゼは感心した顔で白滝を食べるのだった。
『あるじー』
石人形が食後のお茶を入れながら話しかけてきた。
「うん?何かな」
『先ほどの深海の生命反応ですが』
「うん」
『我々が調査に行ってもよろしいでしょうか?』
ずらっと並んだのは10番から19番までの石人形たちだった。
「え?深海に潜って大丈夫なの?」
三頭身ほどの大きさしかない石人形である。触った感じは確かに石そのもので、耐久性がそこまであるとは思えなかった。
『問題ありません。我々は石でできていますから。これ以上圧縮できませんので』
「へ、へぇぇ」
高橋は改めて感心しつつ石人形をペタペタとさわってみた。
『よろしいでしょうか?』
「あ、うん。もちろんだよ。気を付けていってきてね」
『もちろんです。主、現地の映像は随時お送りしますので、安心してください』
そう言うと、石人形たちはいっせいに飛んで行ってしまった。一糸乱れぬとは正にこのことを言うのだろう。
「なんか、いつもと飛んで行った方向が違いますね」
「そりゃ、海底だから?」
「ああ、そうでした。地上の捜査ではありませんでしたね」
アルトルーゼはそう言ってから考え込んだ。まったくもって海の生き物が思い出せないからだ。何しろ地上の住人たちさえろくに見ていなかったのだ、海の中なんて、わざわざ潜り込んでみるはずもなかったのである。
「どんな生き物なのかすっごく興味があるんだけど、海底には光が届かないから映像が見えるか心配だなぁ」
高橋のもっともな心配はアルトルーゼには全く伝わらなかったのであった。
ぐんぐんと突き進む石人形の視界はやはり暗く、黒い液体の中を突き進んでいた。
そんな映像を見て、アルトルーゼは不思議そうな顔をした。
「なんでこんなに暗いのですか?」
「ああ、やっぱり」
高橋は思ったとおりだと苦笑いをした。
「なんです?」
理由がわからないアルトルーゼはいまだにきょとんとした顔のままだ。
「アルさん、外が明るいのはなんでかな?」
「いわゆるお日様が照らしているからでしょう?」
「そうだね。ここはダンジョンだからそれっぽいもので再現しているけど、じゃあ、夜はなんで暗いのかな?」
「いわゆるお日様が星の裏側に行ってしまっているからですね」
「そうだね。つまり、お日様の光がないと暗いんだよね?」
高橋に問われアルトルーゼは考えこんだ。言われていることは極めて単純明快である。何も難しいことなんて言われてはいない。ただ、それがなぜ今言われているのか、ということに結びつかないのである。
「んん、んんんん」
アルトルーゼは腕組をしてしばし考えこんだのち、ようやく正解にたどり着いたらしい。
「わかりました。はじめん、つまり海底にお日様の光が届いていないのですね」
「正解」
「では、石人形たちはどうやって視界の確保を?」
アルトルーゼの疑問はもっともだった。
『それはですね、我々には暗視カメラの機能が備わっているからなんです』
1の数字を持つ石人形が割って入ってきた。
「暗視カメラ?そんな機能いつの間に?」
高橋は当初石人形を作った時にそんな機能を付けた覚えはない。
『それは我々がアップデートを繰り返した成果です』
「アップデート……してたんだ、なんかすごい」
高橋は小さくため息をついた。確かに、生前使っていたスマホには自動アップデートの機能が備わっていた。つまり、高橋の作った石人形たちも自動アップデートを行っていたというわけだ。とんでもない高性能なものを作り出してしまったものである。
「って、なんだよこれ」
モニターに映し出されたのは巨大なドーム型の街だった。
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