第47話 信仰心とは神力を成長させる
「はじめん、見てください。私飛べるようになりました」
窓の外を見れば、アルトルーゼが石人形たちと一緒になって空を飛んでいた。
「すごいねアルさん、今夜はお赤飯を炊かなくちゃ」
高橋が笑いながらそう言うと、アルトルーゼは不思議そうな顔をした。結構長いこと高橋とダンジョンで過ごしてきたが、お赤飯という単語は今初めて聞いた。
「はじめん、お赤飯とは何ですか?」
「お赤飯はね、俺のいた国でお祝い事があった時に食べるんだ。近所に配ったりもするんだよ」
高橋は男子であるから知らないだろうが、その昔、田舎では女の子が成長すると赤飯を炊いて近所に配ったりしていたのだから、プライバシーもデリカシーもあったものではなかったものだ。まぁ、それとは別に、アルトルーゼが空をとべるようになったということは、神力が大分戻ってきたということだから、めでたいことには違いない。
「私をお祝いしてくださるのですか?はじめん」
「当たり前じゃないか。アルさんは俺にとって大切な家族だからね」
高橋がそう言うと、アルトルーゼは高橋の両手をしっかりと握りしめた。
「はじめんのおかげです。私こそ、はじめんは私にとって、とても大切な人ですよ」
そう言ってしばし見つめあっていたものの、アルトルーゼのお腹がぐぅと鳴った。神力がなくて、ずっと食事をしてきたから、いつの間にかにアルトルーゼの体は食事が必要になってしまっていた。
「ふふ、アルさんいっぱい動いたからお腹が空いたね。お昼にしようか」
リスモンの住人たちの住む町を切り離したから、高橋の住む家がある街は再び50階に固定された。おかげで街にやってくる冒険者の数は減ったけれど、以前と違い落とし穴で落ちてくるのではなく、きちんとゲートをくぐってやってくるようになってきた。そのため、やってくる冒険者たちはダンジョンでしっかりと稼いでいるから、高橋の住む街で大量に買い物をしていくのであった。
「お赤飯はすぐには炊けないから、昼ごはんがすんだらつくるからね。もちろん、ダンジョンに来ている冒険者たちにも配らなくちゃ」
「配るんですか?」
「そうだよ。お祝い事だから、みんなで祝わなくちゃ」
高橋がさらりとそんなことを言うものだから、アルトルーゼは感動して泣き出してしまった。
「は、はじめん……ありがとうございます」
「なに言ってるんだよ。アルさん。アルさんはこの世界の神様なんだから、この世界の住人はみんな家族でしょ?」
高橋はそう言うとアルトルーゼの頭を軽く撫で、台所に向かった。お腹が空いているときに元気を出すなら肉だ。しかもがっつりとした男飯に限る。だがしかし、とんかつや唐揚げは時間がかかる。だがしかし、がっつりとした肉が食べたいのである。
「今日はトンテキだな」
高橋はそう言うと、オークの肉を厚めに切り出した。それからニンニクをひとかけ包丁でつぶし、ゆっくりと油に香りを移し、切れ込みを入れ小麦粉をまぶしたオークの肉をその上に乗せた。肉の焼ける独特な音と、ニンニクとオークの脂が焼ける香ばしい香りが広がる。両面をしっかりと焼いたところに高橋特製のウスターソースとケチャップを混ぜ合わせたオリジナルソースをかけた。水分が蒸発する独特な音に続いて甘みを感じる香ばしい香りが広がった。
千切りのキャベツが盛られた皿に豪快に盛り付ければ、高橋特製のトンテキの出来上がりである。
「アルさんおまたせ、今日はトンテキだよ。厚切りだからナイフで切り分けて思いっきりかぶりついて。御飯ともよくあうからさ」
高橋がアルトルーゼの前に焼きたてのトンテキと、炊き立てのご飯を並べた。今日はフォークを使うからご飯は平たい皿によそられていた。
「これはよだれが止まりませんよ。はじめん。トンテキという食べ物なのですね?この赤みがかったソースが食欲をそそりますね。何より、このオークのお肉が厚切りでたまらない魅力を出していますよ」
アルトルーゼはそう絶賛すると、大きく切り分けた一切れを口に運んだ。アツアツを入れたから、アルトルーゼの口から湯気が出る。
「こ、これはおいしい。美味しいですよ、はじめん。まだまだこんなにもおいしいものをかくしていたのですね」
そう言ってアルトルーゼはもりもりと食べすすめた。当然お代わりもした。そうして食事が終わると、アルトルーゼは神力の使い方を取り戻すために再び空を飛んでみた。
「ああ、随分と忘れていた感覚です。風を感じて生き物の気配が見えます。自分の体の中を流れる力が分かります」
アルトルーゼが感動しながら早口でそう言った。だいぶ興奮しているのか、アルトルーゼの頬は心なし赤くなっていた。
「アルさん、ダンジョンの外に出られるか試してみたらどうかな?」
「そ、そうですね。試してみます」
アルトルーゼはそう言うとスゥッと上に上がっていた。
「石人形、もしもの時のために、ついていって」
『了解です』
アルトルーゼの後を数体の石人形が追いかけていった。高橋がモニターに目線を移せば、そこには石人形が映し出すアルトルーゼの姿があった。アルトルーゼは前回の時のように一気に上昇するのではなく、一階毎に確認をするようにゆっくりと階層を抜けて行った。
「順調そうだな」
高橋はそうつぶやくと、保管倉庫からもち米と小豆を出してきた。お祝いの赤飯を作るのだ。
「そうだ、田舎でよく食べていたいが饅頭も作ろう」
小豆を洗い、かまどでゆでる。水に浸しておいたもち米と小豆を蒸し器で蒸している間に饅頭の制作だ。砂糖水を作り、小麦粉と混ぜて団子を作る。作り置きをしておいたあんこをそこに包み、蒸しあがった赤飯の上に隙間を作って並べて蒸す。蒸しあがったらざるに並べ赤飯を形を整える。蒸し器が空いたので、次は赤飯を本格的に蒸す。ダンジョンの冒険者たちに配るから、蒸し器いっぱいにもち米と小豆を入れて大量に蒸しあげる。
そんな合間にモニターに目をやれば、アルトルーゼは見事ダンジョンの外に出ていた。万が一のことを考えたのか、ダンジョン前の広場ではなく、森の上空に出たらしい。石人形の目線では眼下にダンジョン前の広場が見えた。人物がずいぶんと小さく、宿屋の屋根と温泉がよく見えた。誰も上空に興味はないらしく、見上げてくる人物はいないようだった。アルトルーゼはゆっくりと移動して、周りを確認していた。遠くに大きな建物の先端が見えたので、おそらくそちらが王都ロザリアなのだろう。
一目を避けるようにゆっくりと移動していくと、大きな海に出た。とても静かな海はゆっくりと波を陸に繰り返し打ち付けている。
「本当に、何もないのですね」
アルトルーゼがポツリと呟いた。
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