第48話 厄介事も含めてこっちにおいで


 高橋はアルトルーゼの周りにいる石人形のひとつから届けられる映像を食い入るように見つめていた。今、高橋がいるダンジョンは、この世界の地下にあることになっている。もちろん入口が必要であるから、人の住む街から少し離れた場所に入口を設置した。最初はあまりにもひっそりと立ててしまったため、誰にも見つけて貰えなかったが、異世界のお約束でもある冒険者に見つけてもらい、その後は商人やらなんやらの力を借りて、今ではすっかり大陸で有名なダンジョンとなった。

 そこはやはりグルメと温泉を絡めたことが大きかったとは思うものの、やはり人々のクチコミの威力はネットがないこの異世界においても絶大であったとしか言いようがなかった。

 高橋のダンジョンでは死なない。ということが一番大きな要因であっただろう。持ち物は全て失ってしまうが、命だけは失わない。これは非常に重要なことだったらしく、一攫千金を狙う冒険者たちに大いに受けた。レベル制を導入したことにより、レベルの低い経験の浅い冒険者がダンジョンの奥に進むことが出来なくしたのも良かった。そして、ダンジョンの中にこの世界の神であるアルトルーゼの像を設置し、祈ることによって選択肢が広がることも良かった。

 そして何より、地下にあるダンジョンから偶然見つけられた海底に沈んだ街の住人をそのままダンジョンの住人に出来たことが一番大きな功績だろう。ダンジョンに住むことが出来た住人たちは、こぞってこの世界の神であるアルトルーゼに感謝の気持ちを持った。思い出も住み慣れた街も、命あってのものなのだ。住人たちはダンジョンにやってきた冒険者たちに自分たちの身の上を話し、そしてアルトルーゼへの感謝の気持ちを熱く語った。それを聞いた冒険者たちは神出鬼没であるアルトルーゼの像を求め、ダンジョンに潜る前に広場にあるアルトルーゼの象に祈るようになった。

 この世界を創ったこの世界の唯一の神であるにもかかわらず、この世界の住人たちはアルトルーゼの名前すら知らなかった。この世界の住人を全て同じ姿に創り、言語も統一し、争いの種を生み出さないように共通の敵として魔物を配置し、他の世界のように強力な武器を生み出せないように化学ではなく魔法を世界に与えた。そうして神は一人とし、宗教による支配をさせないように名前と顔をぼやけさせたと言うのに、何故か住人たちは争いを初めてしまった。

 欲しいものがあれば貿易を行えば良かったのに、アルトルーゼが唯一与えた魔法が仇となった。魔法を研究し、より強大な魔法を生み出し、欲しいものを力づくで得るものたちが現れたのだ。魔法を研究し、強大な魔法を得た国同士が争い、その結果、大きな大陸がふたつも消し飛んでしまった。

 さすがにその大きな爆発を見た時、アルトルーゼは全身から力が抜けていくのを感じた。神として、神力を注いだ大半のものが消えてしまったからだ。止めようとしたけれど、もはや自分の声は世界の住人たちには届かなかった。研究された魔法に治癒魔法はあったのだが、神への信仰によるものではなく、人体の再生能力をあげる方向を研究した結果だったからだ。

 一瞬で消えてしまった住人たちと大陸、そして荒れ狂う海を見て、アルトルーゼは泣くことしか出来なかった。そうしてアルトルーゼの流した涙は雨となり、行き場を失い漂う魔法を流し清めた。ようやく世界が落ち着いた時、アルトルーゼの世界には小さな大陸しか残されてはいなかった。

 アルトルーゼがその大陸の住人たちに声を届けようとしても、もはや出来なくなっていた。長いこと関わりを持たなかったことと、神力を注いだ大半のものを失ってしまったせいで、アルトルーゼ自身の神力が失われてしまっていたのだ。他の神たちたからは「作り直せばいい」と言われたけど、アルトルーゼはこの世界に実は愛着を持っていた。興味がなくて放置したのではない。住人たちがどのように成長していくのか見ていることが楽しかったのだ。

 だから何とかしようと、他の世界の住人に救いを求めた。すると、ほかの世界の神の住人に、争いごとを好まないくせにゲームというものでは平然と殺戮や破壊をしたり、世界を救ったりすることを娯楽としている住人がいると聞いた。そこでアルトルーゼは少ない神力でその世界の住人を借りることにした。その世界の住人が好んでいるという異世界転移というやつを実行したのだ。

 争いにより地下に溜まりまくった魔法を放出してもらう為に選んだ異世界の住人高橋は、とても真面目にそれでいて楽しそうに地下に溜まった魔法を消費して放出してくれた。

 世界に魔法が戻り、アルトルーゼの世界の住人たちから信仰心が芽生え始めた。ようやく力を取り戻したアルトルーゼは、自分の創り出した世界の現状を見ることが出来たのである。だがしかし、それはあまりにも惨たらしく、失ったものは多かった。

 まるで作りたてのように凪いだ海には生き物の気配はない。本来なら大型の魚、もしくは魔物が泳いでいてもよさそうなのに、気配は全く見当たらない。沢山降り注いだ魔法のせいで、海には生き物の気配が消えてしまったのだ。その代わり、海底奥深くに溜まった魔法の影響で、深海生物が成長し、巨大な魔物が住むようになった。リスモンの街の住人たちが時々食べていたのはそんな深海の生物で、魔法を沢山吸収していた。甲殻類の生物たちは、その体の硬い殻により膨大な魔法から難を逃れのであった。


「うっすらとですが、大陸のあとが見えますね」


 アルトルーゼは眼下の海の中に僅かな大陸の痕跡を見つけた。巨大な魔法がぶつかりあったせいで砕け散った大陸の跡だ。アルトルーゼの世界の住人たちは、生き物の命を奪うだけではなく、自分たちの住まう大陸ごと消し去ってしまったのだ。一体何が欲しかったのだろうか。全てが吹き飛んでしまった今では知る術はないのだけれど。


「この消し飛んだ大陸を元に戻して、海底に沈んでいるリスモンの街を引き上げられるだけの神力はまだ私にはないようですね」


 元リスモンの街の住人たちにより、信仰心が増えてきてはいるものの、教会が機能していない事が原因だった。アルトルーゼの像に祈りを捧げるのは冒険者たちだけなので、イマイチ祈りが足りないのである。


「さて、どうしましょうか」


 もっと信仰心を集めるために、ようやくアルトルーゼは自ら動き出したのであった。

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