第36話 いざ勧誘するのです

「それでは、いざ尋常に勝負」


 高橋はいつもより気合を入れてエンターキーを押した。もちろん、あの海底に沈んでいる街にこの世の神様であるアルトルーゼの神像を設置するためである。住人が100人程度、しかも大人と子どもを合わせてである。とうぜんながら冒険者はいない。冒険者ギルドが設置されている街が限られているからだ。もっとも、戦争をしていた大陸だから、冒険者たちはもれなく戦地に駆り出されていただろう。そんな街にいきなりダンジョンへの転移門を設置したところで怖がられるだけである。

 そこで考え付いたのが、ダンジョン内で行っているアルトルーゼからの神託である。

 もちろん、アルトルーゼはいつもの通り言葉少なに意味深なセリフを人々に伝える。補足は石人形がする。住人の誰か一人でもゲートをくぐってきたら、高橋がダンジョンについて説明をする。それで移住を希望したら高橋が住むところを与えるだけだ。役割は生きたNPCだ。ダンジョンでの生活に慣れてきたら浅い階層に固定して、冒険者たちと交流してもらう。そうして「自分たちはアルトルーゼに救われた」と吹聴してもらうのだ。そうすれば、アルトルーゼに対する信仰心も広まることだろう。


「教会の中なのですか?」


 自分の神像が設置されたのが教会で、アルトルーゼは驚いた。なぜなら、この教会に設置されている石像は防御壁の魔道具である。しかも姿は製作者であるアカシェという人物の姿なのだ。


「何言ってんの?アルさんは神様なんだから、当たり前だろ?」

「いえ、あの……よくそんなところに設置できましたね?はじめんのダンジョンマスターとしての力が届いたことに驚いているんです」

「ああ、それか。それはね、こっそりゲートを設置したからなんだよね」


 高橋は種明かしを見せた。


「これは、また」


 なんと教会の裏にゲートである石の門を壁にピッタリとくっつけて設置したのだ。石造りの教会であるから、特に違和感なく同化していた。それに、教会の裏にわざわざ回るもの好きがいないのが現状でもあった。


「今はまだ夜みたいだね。彼らは地上にいた時と同じ時間で生活しているみたいなんだよ。石人形が確認した時計だと、あと5時間ぐらいすると朝になって、ライトの魔法で明るくなるらしいよ」

「そうですか、それじゃあ、今度こそ夕飯ですね。はじめん」


 神様だからアルトルーゼは空腹などにはならないはずなのに、やたらと食に執着するようになってしまった。食べたものはすべて消化され、神力に変換されているらしいことが判明した。すなわち高橋からの捧げもの扱いされているらしい。もっとも、ここはダンジョンであって神界ではないため、すべてアルトルーゼの活動エネルギーとして消費されているようで、どんなに食べても神力はたまらないのである。


「アルさんは食いしん坊だなぁ」


 そう言いつつも高橋だってお腹が空いていた。住人にばれないように石人形たちに偵察をしてもらい、暮らしぶりなどを確認し、それからどうすればいいのかを考えたのだ。もちろんアルトルーゼの案を採用するのだが、最初のきっかけ作りが難しいのだ。子どもたちからゆっくりと接していけば時間はかかるが打ち解けやすいのだが、調べれば調べるほどこの街には時間がないことが分かってしまったのだ。

 海底に沈んでから10年近い時間がたっているせいで、住人たちは慢性的な栄養不足に陥っていたのだ。圧倒的に食料が不足している。それでも大人は子どもに不自由なく暮らしをさせようと努力をしているようだが、限界が近いのは明らかだった。なにしろ住人に対して畑が小さいのだ。野菜と穀物を育てているようだが、休みなく栽培しているのだろう、畑がずいぶんと痩せていたのだ。


「彼らにも、はじめんのおいしい料理を早く食べてもらいたいですね」


 満面の笑みでそんなことを言うアルトルーゼはずいぶんと人たらしだ。もっとも神様なのだから、その能力は早くこの世界の住人に向けられるべきであるのだが。


「今夜は、手早くちゃちゃっとピザ」

「ピザですか。私チーズが伸びるの大好きです」

「よし、分かった。石人形、チーズをたっぷりよろしく」


 言いながら高橋は小麦をこね始めた。発酵の時間なんかは魔法でちゃちゃっとできてしまうから大変便利である。めん棒で伸ばすより、台の上で遠心力を活用して伸ばした方がふちのあるそれっぽいピザができた。その上に作り置きのトマトソースをぬり、切った野菜を並べてチーズをたっぷり乗せた。


「シーフードにしてください」


 アルトルーゼの最近の好みは魚介類だ。ラミトの人々がちいさな貝を食べていたのを知ったからだ。高橋的にはあさりやハマグリで、岩場に生息しているたこやウツボも食べられていた。舟はまるで昔話に出てきそうな小さな手漕ぎの舟だった。戦争でいろいろなモノが失われたのは確かのようだった。


「石人形、食糧庫から貝の水煮を出して」


 高橋がそう言えば、すぐに壺に入った貝の水煮が用意された。時間経過のない食糧庫は冷蔵庫より素晴らしい保管場所である。なにより食材が冷たくならないので、すぐに調理に使えるのだ。


「そのうちエビとカニをとってきてもらいたいなぁ」

「エビですか?」


 高橋のつぶやきをしっかりと聞いていたアルトルーゼが聞き返す。カニを作った覚えのあるアルトルーゼではあるが、エビという名前は初耳だった。


「そう、エビ。カニとエビは海でとれる食材の王様だからね」


 ふんっと鼻息荒く高橋が言えば、石人形たちが食糧庫の片隅で相談を始めた。


 『主、エビとはこれのことでしょうか』


 一体の石人形が手にしているのは間違いなくエビだった。しかも大きさから言って伊勢エビとかロブスターとか言われるやつである。


「そっ、それー」


 高橋は石人形からエビを奪い取るとしげしげと見つめた。


「これだよ、これ。いやーエビだねぇ。こんな大きいのピザに乗せたら贅沢だよ。まだ生きてる。刺身?いやでも、ここは贅沢にピザに乗せちゃおう」


 高橋は豪快にエビをゆで、包丁で真っ二つにした。


「アルさん、エビみそだよ。カニ味噌もそりゃうまいけど、エビみそもおいしいから、すすってみて」


 頭の半分をアルトルーゼに渡し、高橋はエビみそをすすった。うっかり忘れていたが、西洋人はすするという行為ができないという。


「ずずずず」


 アルトルーゼは何の問題もなくエビの味噌をすすっていた。それもそうだ。ここは異世界だったのだ。しかもアルトルーゼは神様である。できないわけがない。


「はじめん。これはおいしすぎます。こんなにおいしいものがあっただなんて、やはり私はまだまだだったようです」


 神様なのに名残惜しそうにまだエビの頭をしゃぶっているアルトルーゼをよそに、高橋はゆでたエビを食べやすい大きさに切ってピザの上に並べた。ピザ釜に入れるとあっという間に火が入る。


「アルさん、おいしいエビののったシーフードピザができたよ。熱いうちに食べよう」


 台所に設置したテーブルに焼きたてのピザを並べ、素早く切り分ければすぐさまアルトルーゼの手が伸びてきた。


「はっ、んむぅ。これはおいしいですよ。おいしすぎます。はじめん、早急にカニをとってきてもらいましょう」

「アルさん落ち着いて。他にもピザに合うシーフードがあるからさ、ちゃんと石人形に頼まなくちゃ」

「なんですって、はじめん。他にもおいしいシーフードがあるのですね。それはこの世界の神として、知っておかねばなりません」


 口の端から伸びたチーズを垂らしながらそんなことを言ってくるアルトルーゼは、まったくもって威厳も何もあったものではなかった。だがしかし、食からとはいえ。この世界に興味を持つようになったのだから良しとしようと高橋は思うのだった。

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