第37話 ファーストアタックは重要です

「なんだこりゃあ」


 朝になり、当番として教会にやってきたマジルは驚きの声を上げた。なぜなら全く知らない大きな石像が祭壇に立っていたからだ。自分の知る限り、祭壇に立っていたのはアカシェ様の姿を形どった防御壁の魔道具だったはずだ。それを上回る大きさの石像は、言うなれば成人男性とほぼ同じ大きさだった。もちろん、マジルが魔力を注ぐべき魔道具の石像もちゃんとある。

 マジルはとりあえず石像に魔力を注いだ後、教会の扉を開けて大声で叫んだ。


「大変だ。見たことのないでっかい石像が教会に現れたんだ。誰か来てくれ」


 マジルの叫び声を聞いて最初に驚いたのは教会の前で遊んでいた子どもたちだった。海底に来てからというもの、大人たちはむやみに大声を出さなくなっていたから、初めて聞いた大きな声に驚いて泣き出す子どもいた。


「もう、おじさん脅かさないでよ」


 泣いている子どもの前で仁王立ちをして、マジルのことをにらみつけてきた女の子がいたぜ。


「リンカか。それどころじゃねえ、俺の前に教会に入ったやつを見なかったか?いや、そうじゃねえ、お前たちなんかしたか?」


 早口でまくしたてられて、リンカはますますご立腹である。なにしろこの目の前に入るマジルは、大人のくせして謝らないのだ。それどころかなにかとんでもないことを言ってきた。


「ちょっと、おじさん。なにでたらめ言ってんのよ。大人のくせして、嘘ついてんじゃないわよ」


 気の強いリンカはさらに文句を言ってきたが、興奮しているマジルはそんなことを聞いてはいなかった。


「これを見てみろ」


 リンカの腕をグイッと引っ張り教会の中に引き釣りこんだ。大きな大人に乱暴に扱われたことのないリンカは、腕を強くつかまれただけで泣きそうだった。だが、この乱暴者な大人がでたらめを言っているのだから、大声で笑って馬鹿にしてやろうと顔を上教会の中を見渡した。


「まったく、おじさん何言って…………っつ」


 リンカの口から悲鳴は上がらなかった。


「た、た、た、大変、大変よみんな、早く中に来て」


 リンカはマジルの手を振りほどき、外にいる子どもたちを教会の中に呼んだ。あまりのことに呆然としていた子どもたちであったが、教会の中に入り込んだ瞬間、誰もが大きく目を見開いた。毎日、遊びだと言って教会前の広場で遊び、親に言われたとおりに中を覗き見ていた。時には休憩だと言って中に入り椅子に座ったり寝転んだりもしていた。無邪気な子どもたちはそれが監視なのだとは知らなかったけれど、それでも教会の中はちゃんと見ていた。

 だから、次は大きく口を開き、絶叫したのだった。誰もが初めて上げる叫び声であったが、開けっ放しにされた扉から、間違いなく街の住人全ての耳に正しく届いた。


「まったく、朝っぱらからなんだっていうんだ」


 最初に教会にやってきたのは、畑の手入れをしていたジャックだった。畑の世話は一番人気のない仕事であるから、ジャックは出来るだけのろのろと畑にやってきて、これまたのろのろと作業に取り掛かっていたため、誰よりも早く教会にやってきたのだ。なにしろさぼるためのいい口実ができたのだから。


(教会で騒ぎが起きたんじゃ、今日の作業は中止だな)


 ジャックはウキウキした気持ちを押さえつけるために、あえてぶっきらぼうに怒鳴ってみた。教会に入ってみれば子どもたちが揃っていて、今日の当番であるマジルが心なしか青ざめた顔で立っていた。


「おいおい、マジル。まさかと思うが寝ぼけたんじゃねーだろーなぁ?でっけー声出しやがって……って、何だこりゃあ」


 嫌な畑仕事がさぼれるとウキウキした気持ちでいたジャックであったが、目の前に見知らぬ石像が立っているのを見つけて息を飲んだ。


「知らねー、今朝来たらあったんだ。昨日はどうだったんだ?」

「昨日は、って……昨日の当番はマリサだったはずだろ?」

「そうか、マリサか。マリサはまだ来ないのか?」


 これだけ子どもたちが騒げば、母親であるマリサが駆けつけてもいいはずだ。だが、マリサの姿はいまだなかった。


「お母さんたちならあそこだよ」


 扉の辺りで子どもが外を指さした。街の女たちは住人全員の食事を当番で作り、古い服を魔法で解いて新しい服を作ったりしていた。だから、作業場から集団で歩いてきたのだ。


「何があったのよ」


 女たちがやってきて、教会の外から声をかけてきた。


「お母さん、あれ」


 扉の近くに立っていた子どもが、教会の中を指さした。それで女たちはゆっくりと中に入ってきて、各々自分の子どもの傍まで行った。それからようやく子どもの指さす先を見て、異変に気が付いたのだった。


「「「なんだい、あれはっ」」」


 母親たちはいっせいに叫び、昨日の当番だったマリサは驚きのあまり腰を抜かしてしまったらしい。


「き、昨日はあんなのなかったわよ。なかったってばっ」


 自分が疑われていると思ったのか、マリサはなかば金切声に近い叫びだった。


「んなこたわかってんだよ。俺だって今朝来てびっくりしたんだからな。なにかなくなったってんじゃ疑われるのは俺とお前になるだろうけどな。だがよぉ、あんなでっけーもんが現れたんだぜ?誰をどう疑うってんだ?」


 マジルに言われ、マリサは首を縦に振った。確かにそうだ、無くなったのではなく、増えたのだ。食べ物だったら大喜びするところだったが、ただでかいだけの石像ではなんの感情も生まれないというものだ。


「……さい。人の子よ」


 教会内に聞き覚えのない誰かの声が響いた。


「だぁれ?」


 子どもがきょろきょろと頭を動かし、声の主を探している。だが、教会の中には見知った街の住人しかおらず、だが、聞こえてきた声はここにいる誰の声でもなかった。


「今の声、誰なの?」

「聞いたことないわねぇ」

「若い男?」

「女じゃなさそうだね」

「うちの旦那のこえじゃないわよ」


 女たちは口々に思ったことを言いあったが、答えはどこからも出てこなかった。


「なにがあったんだ?」


 遠いところで作業をしていた男たちがやってきた。年寄りはほぼいない。なぜなら海底に落ちたときの衝撃で大けがをしたり、ショックで死んでしまったからだ。


「あれをごらんよ」


 女たちが扉の前からよけて、祭壇の上にたつ石像を指さした。やってきた男たちは黙って石像を確認すると、そのままずかずかと中に入ってきて、石像を確認し始めた。


「間違いなく石だな」

「だが、魔力を感じるぞ」

「下になんか彫ってあるぜ、アルト、ルーゼ?」


 鑑定をしたのは街で雑貨屋を営んでいたマイクだ。そんなに難しい鑑定はできないが、まがい物を掴まされない程度の能力だ。


「アルトルーゼ?誰だいそいつは」


 女たちの中で一番年上のミランダが口を開いた。ミランダはアカシェの妹で、戦争で二人の息子を失っていた。


「アカシェ様の知り合いにはいねえのか?」

「聞いたことないわねぇ」


 ミランダは石像の顔をしげしげと眺めたが、兄であるアカシェの同僚にこの手の顔はいなかった。


「人の子よ、私の声が聞こえますか」


 ミランダが石像の目の前で首を傾げていると、さっきよりもはっきりとした声が石像からはっきりと聞こえたのだった。

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