第38話 ウェルカムドリンクはどうでしょう
「石像が、しゃべった……」
ミランダは口をパクパクと開けて傍にいる男たちに訴えた。もちろん、傍にいたのだから男たちもしっかりとその声を聞いていた。
「でもよ、口は動いてなかったぜ」
「馬鹿野郎。口が動いていたら、そら、こええじゃねーか」
男たちはそっとミランダの腕を掴み、祭壇の上から降りた。確認すれば、教会内にいる全員が声を聞いてしまったらしく、子どもたちは母親にしがみついていた。
「なん、だって?アルトルーゼ、さ、ま、なの、かい?」
様子を伺っていたマジルが恐る恐る尋ねた。もちろん石像が相手であるから、返事があるとは期待などしてはいない。ただ、このよくわからない現象について確認したい。という好奇心だけだである。
「人の子よ」
「ひっ」
マジルは思わず頭を両腕で覆ったが、とこに何も目の前の石像に変わりはなかった。唾を飲み込みゆっくりと自分と同じぐらいの石像を見てみるが、なんの変化も見当たらない。だが、確かにはっきりとした声が聞こえたのだ。その証拠に教会内にいる誰もが押し黙っている。好奇心旺盛な子どもたちでさえ、恐ろしいほど静かなのだ。
「人の子よ。あなたたちの住むこの地は、この世界の神である私の領域から外れてしまいました」
静かな声に誰もが耳を傾けていた。そして、少々難しい言い回しではあったが、子どもたちも理解はしたらしく、小声で母親に何かを聞いている。
「私たち死んじゃうの?」
気丈にも声を出したのはリンカだった。母親のスカートの裾にしがみついてはいるが、それでもしっかりとアルトルーゼの石像をしっかりと見据えていた。
「私の守る大地に来なさい」
その声が聞こえると、石像の背後にある壁が光った。なぜならその後ろには、ダンジョンのゲートである石の門があるからだ。もちろん、石像の背後の壁が光った方が神秘的だし、得体のしれない石の門より警戒はされることはないだろう。
「神様の守る大地」
リンカはしっかりとその言葉を聞いた。そして顔を上げ母親の様子を伺った。母親は信じられないものを見たという感じの顔をして、ゆっくりと自分の夫を探していた。目が合えば、すぐに夫は駆け寄ってきた。それをきっかけに夫婦や家族が一塊になり手を取り合った。
「神様のところに行くの?行かないと死んじゃうの?」
リンカがそう聞けば、母親はリンカのことを力いっぱい抱きしめた。海底に沈んでから10年近い月日が流れた。最初こそは戦争に備えて隠しておいた食料があったけれど、それが尽きた時、街にある小さな畑では住人全員が満足できるだけの作物は採れなかった。何とか食べ繋いではきたものの、母親が抱きしめるリンカの体は小さく細かった。いずれ飢えて死ぬことは誰もが知っていた。病気になれば、直すための薬などはない。
「俺が、確認してくる」
今日の当番であったマジルが口を開いた。マジルは独り者で、海底に落ちた際、衝撃で両親は大けがをしてそのまま死んでしまったのだ。葬式などできるはずもなく、教会の墓地の片隅に二人そろって埋葬しただけだった。だからこそ、マジルは誰よりも未来など見てはいなかった。
『初めましてー』
マジルが立ち上がり、壁に手を差し出したその途端、淡く光る壁から小さなゴーレムが顔を出した。しかもしゃべる。顔には大きな一つ目玉が付いていた。ゆっくりと瞬きをして、じっとマジルを見てきた。
「ご、ゴーレム」
マジルは突然現れたゴーレムに驚きはしたものの、それでも震える足で何とか踏ん張った。
「お、おう、初めまして」
マジルがそう返せば、ゴーレムは納得したかのように頷いた。
『われらがーあるじのーりょーいきにーこーられますかー』
少し間延びしたしゃべり方ではあったが、言っている言葉はしっかりと聞き取れた。
「おう、そこがどんな場所なのか、俺が代表して見に行くんだよ」
マジルがそう言うと、ゴーレムは深くうなずいた。
『なーるーほーどでーすねーかーくにんするはーいいこーとーでーす』
ゴーレムはくるりと回り、スタッと祭壇の上に降り立った。そうして教会内にいるすべての住人の顔をじっくりと眺めた。
『でーはーおーひとりさーまーごーあんなーい』
ごーあんなーいと、マジルの手を引くと、そのまま淡く光る壁の中に消えていった。残された住人たちは、ただ黙って見守るだけであった。
「なんだここは」
光の中を通り抜けたマジルの前には広い広い街並みと広大な畑が広がっていた。
(魔獣が畑を耕している?背中にいるちっこいのはゴーレムか?まるで王都みてえな街じゃねえか。どうなってんだいったい)
マジルはきょろきょろと辺りを伺ったが、先ほど自分の手を引いたゴーレムが見当たらない。確かに確認するとは言ったけれど、勝手に歩き回れということなのだろうか?
「しっかし、綺麗な石畳だな」
人の往来がはげしければ、小さな石を使って道を作ることはしない。すぐに削れてしまっては、取り換えに手間がかかるからだ。王都では、そんな手間さえもいとわずに財力を見せつけるために小さな石を用いて綺麗な模様の道を作るだろうけれど、ここには見渡す限り誰もいなかった。
「なんだよ……誰もいねえのかよ」
マジルはふらふらと街を歩いた。とくに目的があるわけではない。いったいここがどこなのか確認がしたいのだ。マジルの記憶が確かなら、戦争で大陸が吹き飛んだはずなのだから。あの日、防御壁の向こうが真っ白になり、街ごと吹き飛んだのだ。誰もがその辺にあったものにしがみつき、もしくは地面に倒れたままゆっくりと海底に沈んでいったのだ。どんどんと見えなくなる太陽と、青空に恐ろしい黒い煙、それがマジルが見た最後の景色だった。
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