第4話 おもてなしを決めましょう


「あの冒険者が街に戻って報告をすれば、他の冒険者たちもやってくるはずなんだよな」


 一応、街道からダンジョン向かう道には案内板を取り付けてはあるが、イタズラだと思われていたのかもしれない。何しろある日突然道ができ、看板まで設置されたのだから。石人形が確認したところ、案内板は壊されてはいなかった。ただ、森の中の道を行き来する人が少ないだけなのだ。冒険者が依頼のために入っては来るけれど、必要な魔物が森のどの辺にいるか概ね把握しているため、まともに道を歩いていなかったのだ。もちろん、道をきちんと使用する人もいる。それは商人や定期便の馬車であるため、横道が出来たところで無視されていただけだった。

 たまたまダンジョンに入ってくれた2人の冒険者、シンとアレクであるが、ギルドで請け負った依頼が森の奥に生っている果物の採取という内容であったからだ。道を進み森の奥にやってきて、目当てのくだものの木が生えている辺りで森に入る。そうして目当ての果物を採取する予定であったのだが、目的地にたどり着く前にダンジョンへと続く道を見つけてしまったのだ。もちろん、果物が採取出来なければ依頼が失敗になるのだが、ダンジョンに入ってしまった2人の頭にはもはや依頼のことなど残ってはいないのである。


「なぁ、どこまで潜る?」

「そりゃあ、俺たちはCクラスの冒険者なわけだから」

「ボス戦はやめておこうぜ?」

「ああ、分かってるよ。死ななくても、倒されたらコレがなくなっちまうからな」


 緊張のためか、シンは乾いた唇をぺろりと舐めた。

 お試しダンジョンと言われたけれど、1階の草原から一転して2階はまさにダンジョンの装いだった。3メートルほどの天井に横幅は4メートル程度の通路で構成され、所々に小部屋が設置されている。何も無い部屋もあれば、家具が置かれていたり誰も居ない牢屋もあった。


「机の上に地図があるとは思わなかったな」

「おかげでトラップの位置が分かって助かった」


 お試しダンジョンなので、高橋が試してみたいことをなんでも詰め込んである。ダンジョンの地図はそのひとつだ。実践のダンジョンでは内部で商人に販売させる予定だ。もちろん、実装する時は出現場所はランダムにする予定だ。今回はお試しダンジョンなので、小部屋の机の上に地図を配置した。ダンジョン内で24時間経過すると再び出現する仕様だ。ただ、誰かがラスボスを倒してしまうとダンジョン内にいる冒険者は全員排出されてしまうため、せっかく地図を手に入れても早い者勝ち要素は払拭されない。


「牢屋の奥に短剣が落ちてるとは思わなかった」

「ああ、タンスの中に普段着が入っているとはな」


 これも高橋の遊び心だ。一応24時間でリセットされるから、誰かが取ってしまったとしても、24時間後には同じアイテムが同じ階層のどこかに出現する。


「さて、3階に進むための魔法陣は……」


 地図を見ながら歩くシンとアレク。


「なんだ?」


 どこかから激しい地鳴りのような音がした。危険を感じて2人は立ち止まった。音がどんどん近づいてくると、それは2人の目の前をものすごい勢いで横切って行った。


「な、なんだ今の?」


 何か巨大なものが目の前を横切ったので、2人は恐る恐るその通路に顔を出した。


「「ワイルドボア?」」


 2人は自分たちの知っている魔物の中で、視界に映る巨大な後ろ姿の魔物に該当するであろう魔物の名前を口にした。だがしかし、その姿は2人の知っているサイズでは無い。


「「で、てけぇ」」


 2人が呆然と眺めていると、なんとその魔物は向きを変えてこちらに走ってきた。


「「げぇ」」


 慌てて通路から顔を避けると、目の前を物凄い勢いで駆け抜けていった。


「ワイルドボアで間違いない……けど、デカすぎやしないか?」


 シンが地図を片手に呟いた。


「でも、あっちに魔法陣があるんだよな?」


 先程地図で確認した方向に巨大なワイルドボアが走っていった。あんなのに2人で勝てるわけが無い。2人の知っているワイルドボアの3倍はありそうな巨体だった。つまり、通路いっぱいの大きさだ。


「なぁ、シン」

「なんだよ、アレク」


 通路の壁に背中を預け、2人は地図を見つめていたのだが、アレクはようやくあることに気がついた。


「あのワイルドボア、走ってるだけだよな?」


 何回目か忘れたけれど、ワイルドボアはシンとアレクを気にもとめずにただひたすら走っているだけなのだ。本来なら、匂いでバレて追いかけられるはずなのに、ワイルドボアはシンとアレクの横を速度を落とさず走るだけなのだ。


「何が言いたい?」

「つまり、だ。あのワイルドボアは走っているだけなんじゃないか、ってことだよ」

「は?」

「地図を見てみろよ。ほらココだ」


 シンが手にしている地図を指でしめした。


「ここに魔法陣、で、この通路がここだろ?バツがトラップだったよな?」

「ああ」

「バツが移動してるんだよ」


 それを聞いてシンは我が目を疑った。たしかに、トラップを示すバツが地図の上で動いているのだ。こんなことは全くもってありえない現象だ。


「つまり、ワイルドボアは……」

「トラップだ」


 2人の喉が鳴った。地図を手に入れ楽勝だと思ったダンジョンであったが、どうにも倒せない魔物が次の階に進む魔法陣を塞いでいた。だが、地図をよく見ればそれがトラップであることが判明したのだ。


「つまり、このバツがあっちに行ったら全力で走って魔法陣に向かえばいいってことだよ」

「でも、あれは早過ぎないか?」

「よく見ろ、壁際まで行くと一旦止まるんだ。きっと体がデカいから方向転換に時間がかかってるんだよ」

「なるほど」

「万が一、追いつかれたとしてもあのデカさだ。倒れて頭を低くしていれば走り抜けてくれるかもしれない」


 そう言われて走り抜けるワイルドボアの足元を見れば、確かに床から腹までにそれなりの隙間が見えた。


「幅は?」


 走り抜けたワイルドボアを確認すれば、大柄な男では無理だろうけれど、頭を抱えて体を真っ直ぐにすれば何とかなりそうな歩幅に見える。


「おい、言っておくけどな、追いつかれた時の万が一だからな」

「分かってる。俺たちが追いつかれるはずはない」

「そうだ。なんたって俺たちはCクラスの冒険者なんだからな」


 シンとアレクは互いの手を取り、通路のギリギリに立った。そうしてワイルドボアが魔法陣とは逆の方向に走るのを見送ると、全力で通路を走り出した。背後に聞こえる足音は、確かに遠ざかっているように聞こえる。だが、振り返って確認する勇気は2人にはなかった。全力で足を動かし魔法陣の上にたった時、ワイルドボアがこちらに向かってくるのが見えた。


「ひっ、く、来る」

「落ち着け、脱出か継続か選ぶぞ」

「け、継続に決まってる」


 シンがそう答えると、半透明になったワイルドボアが2人の体を通過して行った。

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