第5話 ダンジョンの醍醐味
「ジャイアントアントじゃねーか」
2階と同じように移動するバツを魔物と判断したシンとアレクは、その移動スピードがゆっくりなことに油断していた。正体を確認しようとうっかり近づいたために、あちらに認識されてしまったのだ。
「ひいいいいい」
走って逃げようにも、3階は洞窟タイプのダンジョンになっていた。天井が低かったり、片側が崖になっていたり、通路がとにかく狭かった。そのおかげでとにかく走りにくいのだ。
「逃げろ、とにかく逃げろ」
「シン、あそこに飛べ」
走る2人の前に、途切れた道が見えた。ジャイアントアントに羽は無いから、道が続いていなければ追いかけてくることは出来ないはずだ。
「うおおおおぉ」
前を走るシンが途切れた道を飛び、上手い具合に着地した。その後からアレクが必死に飛び込んで来る。
「いでっ」
採取の依頼に来ていたことが幸いして、2人は軽量の鎧を身につけていた。そのため、全力で走ることが出来たし、こうやって途切れた道を飛び越えることも出来たのだ。振り返れば途切れた道の先端で、ジャイアントアントがカチカチと牙を鳴らしていた。
「あ、っぶねー、もう少しで食われるところだった」
死ぬことはないと説明されてはいたけれど、それでもあんなのの巣に運び込まれるのは恐怖でしかない。
「小さいけど鉱石も手に入ったし、ポーションもあった」
「俺たち冒険者にとっては現物支給はありがたいよな」
肩で息をしながら2人は戦利品について話し合う。3階の宝箱でなんと銀貨が1枚出てきたのだ。2人で別々の部屋に泊まり、夕食に酒を飲んでもお釣りが来る。
「ここいらで切り上げるのもいいんじゃないか?」
「ああ、俺も思った。こいつは持ち帰りたいよな」
そう言ってお互いのカバンを叩いた。
『おかえりなさいまーせー』
ぐわんっと揺れた感じがして、地に足が着いた時には石の門の真下に立っていた。シンとアレクは互いの顔を見て、そっとカバンの中に手を入れた。容量は少ないが、マジックアイテムのカバンである。その中に確かにダンジョンから持ち帰ったアイテムの手応えがあった。
『どーぞーカードに1ポイントがつーきーまーしたー』
いつの間にかに2人のカードが石人形の手にあり、しかもポイントとダンジョンの何階まで降りたのかの記載までされていた。
「ど、どうも」
受け取ったカードをカバンにしまうと、なんだか急に疲れてきた。
「腹、減ったな」
ダンジョンを飲まず食わずで攻略して、しかも何回か全力で走っている。一息つく暇もなく脱出してきて、見慣れた森の景色を見てホッとしたら途端に腹が減ったのは仕方の無いことだろう。
『おーしょくじーいたしまーすかー』
そんな2人に宿屋の従業員である石人形が声をかけてきた。この広場に来た時に気がついてはいたけれど、看板に【宿とお食事】なんて書かれていたので後回しにしていたのだ。
「飯、食えるのか?」
『はーいーかんたんなものですがーおしょくじとーおふろもございまーすー』
石人形の言葉を聞いて、シンとアレクはバッと顔を見合わせた。
「「風呂があるだとっ」」
そうして2人は日帰り入浴食事付きプランを満喫した。
「ダンジョンの後に風呂とか、マジねぇわ」
「飯付きで銅貨1枚とかまじ破格」
2人はゆったりと風呂に入り、くつろいだ。そして、汚れた服の洗濯をしてくれると言うのでお願いすると、その価格はなんと鉄貨2枚というこれまた破格の値段だった。
「すげえ、ダンジョン潜って風呂に入って服が綺麗になって、メシまで食える」
「夢じゃねーよな?」
ドキドキしながら服を着て食堂に行けば、石人形に席を案内されて椅子に座る。
『おしょくじはーこちらのみとなっておりまーす』
席に着いた2人の前に、石人形がパンとシチューを置いた。コップには冷えた水が入っている。
『おみずはーむりょーおかわりじゆー』
そう言うと石人形は厨房へ戻って行った。
「水がタダ?」
そう言ってアレクはコップを手に取る。
「つ、冷たい」
この世界では信じられないぐらいによく冷えた水がタダで飲める。しかもオカワリ無料だ。
「お、おい。このパン柔らかいぞ」
パンを手にしたシンが驚きの顔をしている。
「マジか?」
それを聞いてアレクも慌ててパンを手にした。確かに掴んた指がめり込みそうか柔らかさだった。
「おい、このシチュー……ワイルドボアの肉だ」
大きな塊肉を口にして、シンは驚きの顔だ。
「マジかよ。破格の安さじゃねーか」
普通のボアは大人しいため家畜として育てられ食肉として流通はしているが、体が小さいため肉が硬いのが難点だ。だが、ワイルドボアは違う。大きな体で肉付きもよく、走り回っているおかげで身がしまっていて食べ応えのある肉質をしている。ただ、野生の魔物のため冒険者が狩ってこないと出回らない高級肉だ。しかもワイルドボアの体を覆う毛は硬くなかなか刃が通らないため、いい武器が必要なことはもちろん、いちばん柔らかな部位に確実に刃を当てられる技術が必要となる。つまりランクの低い冒険者では狩ることが出来ないのだ。しかも走るから仕留め損ねると大惨事を引き起こす。
『おーあじはーいーかがでーすかー』
飲み干して空になったコップに石人形が水を追加しに来た。本当にオカワリ自由で無料なのだと驚くと同時に、こんなにもたくさんのゴーレムが動き回っていることに2人は恐怖を感じた。
「な、なぁ」
『なーんでしょー』
「お、お前たちゴーレムの主人はどうした?」
シンがそう聞くと、石人形の目玉がピクリと動いた。気がした。
『あるじーになんのごよーでーすかー』
一瞬感じた殺気のようなものに、シンは背中が寒くなった。
「そ、その……お、お礼が言いたくて、な」
「そ、そう。こんなに美味しい食事が付いて風呂に入れて銀貨1枚なんて破格の安さだろ?お礼が言いたくて、さ」
シンとアレクは取り繕うようにそう言うと、緊張した面持ちで石人形を見た。
『そーでーすかーでもーあるじーはーここにはいーませーんーでーすのでーでんごんーたーまわりーましたー』
「あああ、うん。よろしく。その、また来るから」
『あーりがとーございまーす』
前払いで支払い済みなので、2人はつがれたコップの水を飲み干すと、席を立った。そうして扉を開けて外に出ようとした時、シンが重大なことを思い出した。
「あーー、依頼」
扉に手をかけたまま固まるシンの顔をアレクはじっと見つめた。まだシンが口にしたことの意味を理解出来ていないアレクは怪訝な顔をする。
「なんだよ?依頼……」
そうしてアレクは考えた。そもそもここに来たのはなぜだったのか。今日は何をしに森にやってきたのだっただろうか?2人はじっくりと見つめ合い、アレクはシンが口にした依頼を必死に思い出そうとした。
「あ、あ、あああああああああ」
ようやく思い出したアレクは大声で叫んだ。
「「ギルドの依頼忘れてた」」
Cランクの2人はここでようやく思い出したのだ。今朝この森にやってきた理由を。そう、ギルドで依頼を受けたのだ。森の奥にしかない木になる果物を採取する予定だった。採取じたいは難しいことでは無いが、森の奥に行くため経験が浅いと道に迷ったり、出くわした高ランクの魔物に対処出来なかったりするのだ。しかも採取するのが果物だから、マジックバッグを所持していることが条件だった。
2人は互いのマジックバッグに手を入れて、ギルドの依頼である果物が入っていないことを確かめた。
「ヤバい」
ダンジョンに潜ってアイテムを手に入れて、風呂に入って美味い飯を食べたことで、充実した1日だったと満足した。あとは街に戻ってギルドにダンジョンが現れたことを報告して、ダンジョンで手に入れたお金で美味しい酒を飲もうと足取り軽く店を出ようとしたところで、思い出してしまったのだ。いや、ここで、思い出して良かったのかもしれない。まだ間に合う。今から果物を採取に行っても夜までには街に戻れるだろう。
だがしかし、ここまで気分よくなっていたのに、まるで地獄に突き落とされたような気分になった。
『おーこまーりでーすかー』
見送りのためそばにいた石人形が2人に尋ねた。もちろん、石人形に言ったところで問題が解決するとは思えないけれど、一か八かで言ってみた。
「「ギルドの依頼を忘れてたいたんだ」」
2人が声を揃えて答えると、石人形は深く頷いた。
『そーれはおーこまりでーすねー』
石人形はそう言うと、くるりと回って何かを2人の目の前に差し出した。
『はーじめーてのーおきゃくさーまーにーだいさーびーすでーす』
目の前に差し出されたものを見て、シンとアレクは驚き顔を見合わせた。2人はギルドの依頼としか口にはしていない。それなのに、目の前に依頼の果物があるのだ。
「こ、これは?」
恐る恐る聞いてみると、ほとんど目玉の顔の石人形がニヤリと笑ったような気がした。
『とーくべーつにーどうかーさーんまーいでおうりーいーたしまーすー』
石人形が提示した値段を聞いて、2人は驚いた。破格の値段だ。
「な、んで、それが依頼の……あ、あ、いや……」
どうして、と、聞いてしまいそうになり慌てて口を閉じた。余計な詮索はしない方が身のためだと、冒険者なら嫌でも理解している事だ。何より、シンとアレクはCランクの冒険者だ。そのくらいのことは嫌という程知っている。
「銅貨3枚だ」
シンが銅貨3枚を手にすると、石人形は自分の持っている果物を渡してきた。シンは有難く果物を受け取りマジックバッグにしまい込む。石人形は受け取った銅貨を確認すると、今度こそ2人を見送った。
『あーりがとーごーざいまーしたーまーたのおーこしをおーまちしーておーりーまーすー』
石人形に見送られ、2人は広場を後にした。木の柵で囲われた道を歩くとそのままいつもの街道にでた。案内板は確かにあって、ダンジョンと街を表示している。2人は顔を見合わせると、急ぎ足で街に向かって帰って行った。
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