第6話 傾向と対策を考える
「パンもシチューも好評だったな」
本当はブラウンシチューを作りたかったけれど、レシピが分からなかったのでトマトシチューを作るしか無かった高橋は、この世界の住人がトマトシチューを普通に食してくれた事に感謝した。なにせ、日本人からするとシチューと言えば白いクリームシチューが定番で、使う肉は鶏肉だ。だがしかし、この世界の鶏肉は魔物のコカトリスなのだ。気軽に食べられる食材では無い。それに、牛乳もそんなに普及していないと知って驚いたのだ。
「パンは天然酵母の作り方をラノベで読んでいて助かった」
この世界のパンは固かった。異世界のお約束と言えばそれまでなのだが、どうやら魔法でなんでも解決しているため、菌という存在を認知していないようだった。だからパンは固いし、エルフの村では酒は作っても味噌や醤油を作ってはいなかった。恐らくだが、発酵食品という概念がないのだろう。発酵すると腐っていると認識しているようなのだ。
「鑑定眼ってスキルがないのかなぁ」
ラノベのお約束、鑑定眼を持った主人公が真実を見抜いたり、得体の知れない食べ物を鑑定して自力で生き抜いたりするものだと思っていたのに、どうやらこの世界には鑑定眼がないのかもしれない。
『あるじーかんてーがんはーあるのでーすがーひじょーにレアなーのでーすー』
高橋が落胆していると、石人形が教えてくれた。鑑定眼はあるけれど、レアということはつまり、ラノベ系のお約束通り持っている人はかなり少ないらしい。それはつまり、食べ物なんかに使うことはないと言うことなのだろう。
「この世界で、鑑定眼は何に使われてるんだ?」
高橋が質問をすると、石人形はすぐさま答えた。
『ギルドでーもちこまれたーアイテムをかーんてーしたりーしょーにんがーしょうひーんをーかーんてーしたりーしーていーますー』
「なるほど」
やはりラノベ系のお約束に使われているようで、高橋は逆に安心してしまった。レアな能力だから、食べ物なんかに使わないのだ。そうして、お金の絡むことに使われていることに安堵した。
「うん、食えりゃいいってやつね。美味しいものは貴族あたりが独占してるのかな?」
そう言いつつ、高橋は作りかけのダンジョンのドロップアイテムを考えていた。モンスターを倒した時に出すアイテムは、何もお金や武器だけではない。そのモンスターから取れるレア食材をドロップさせても構わないのだ。そうして候補に上がった食べ物を見れば、解説に高価な食べ物だったり、とても貴重で美味しいなんて書いてあった。
「キラービーって蜂だよね。はちみつかぁ美味しそう」
洞窟の階層にアリのモンスターを配置したけれど、森にした階層に蜂のモンスターを配置しようとしてドロップアイテムを見たらなんとも美味しそうだった。砂糖は手に入れたけれど、はちみつの甘さもまた格別だ。
「個人的にはメープルシロップが好きなんだけど、カエデの木ってあるのかな?」
一概に森のエリアとしているけれど、なんの木を植えているのかまでは考えていなかった。もし、リストにカエデの木があるのなら、メープルシロップを作ることもできるのではないだろうか?いや、詳しい作り方は知らないけれど、確か木の幹に穴を開け、樹液を採取して煮詰めるのだと記憶している。
「うお、これカエデかな?」
何気にクリックした木の葉が、記憶にある何処かの国の国旗に描かれている葉っぱによく似ていた。
「うーん。どう見てもカエデだよな。いいなぁカエデ、メープルシロップたっぷりかけたパンケーキが食べたい」
高橋がそんな独り言を随分と大きな声で口にしてしまったからだろうか、数分後、石人形たちが根っこのついた木を抱えて上空を飛んでいくのが見えた。
「え?うそだろ」
目の錯覚、あるいは見間違え、もしくは白昼夢、などと色々考えては見たものの、高橋の現実逃避は実現せず、石人形に連れられて新しいエリアに強制的に連れてこられてしまった。
「カエデだ、本当にカエデだ。でも、カエデって寒い地域の樹木のはずなんだけどな」
高橋がそう言うと、石人形が誇らしげにモニターを開いてきた。
『こーちらーをごーらんくーださーい』
モニターに映し出されたのは、この50階のエリアマップだった。マスタールームのある家を中心とした街のエリアや田畑のある農業エリアが色分けされてよくわかるようになっている。
『きおんはーこーのーよーにーなってーおーりまーすー』
ピロンという音がして、マップに線が引かれ色が入った。なんとなく見覚えのある天気予報のアレのようだ。
『あるじーのーすむばしょはーあるじーのーいうところのートーキョーというーとこーろーのーきおんーにーなってーおーりーまーすーこーのーあーたーりーはーホッカイドーというとーこーろーでーこーちらーはーオーキナワーとーなっておーりーますー』
モニターを見て説明を受け、高橋はとんでもないことになっているとようやく知った。だが、そんなことを知ったからと言って、何か解決されるわけではなく、高橋しか住んでいないので誰かに迷惑がかかるわけでもなかった。
「そもそもここ、ダンジョンじゃん。なんでもありでオッケーなんだよな」
高橋が納得をすると、石人形たちは一斉に首を縦に振ったのだった。
そして、再び家に戻ると、台所で石人形が樽を見せてきた。
『あるじーのーいったとーりーきからじゅえきーをーとってきーましーたーよー』
映像でしか見たことのない木でできた樽に、液体がなみなみと入っていた。きっとカエデの樹液である。
「ありがとう。じゃあ、煮詰めてみよう」
高橋だって、メープルシロップを作ったことなんてない。ただ、テレビのドキュメンタリーで見ただけだ。大きな鍋に樽の中身を移し替えてもらい、かまどに火をつけてひたすら煮詰めていく。透明だったものがだんだん茶色味を帯びてきて、あたりに甘い匂いが広がってきた。
「うーーん、このくらいのとろみでいいかな?」
試しにひとさじすくって舐めてみる。
「あっんまぁ」
砂糖とは違う優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「パンケーキ、パンケーキを焼こう」
高橋はバタバタと貯蔵庫に向かった。小麦粉に卵、牛乳もある。バターはないけれど油があるから大丈夫だ。
「な、な、な、針金、細ーくて、長ーくできるか?」
高橋がそう言うと、石人形が銀色の鉱石を取り出して細く長い棒を作り出した。
「そうそう、それをこう言う形にしてくれないか?」
そう言って高橋は指でU字の形を示した。それを見て石人形は頷くと、言われた形をいくつも作り出した。
「おお、ありがとう。で、こいつを組み合わせて……」
高橋は出来上がった物を広げるようにくみあわせ、先端の部分を一つにまとめた。
「この辺まで留めてみよう」
なにかの鉱石から作った針金で、泡立て器が出来上がった。
「ここ、ここに握りやすいように木か何かで取っ手をつけてくれ」
高橋がそう言うと、石人形が握りをつけてくれた。そのあと、高橋は卵の黄身と白身に分けて、白身を全力であわ立てた。
「小麦粉と、卵黄と、牛乳をよく混ぜて……少しずつメレンゲの中に……よし、いいかんじだ」
そのあとは、よく熱したフライパンに油を敷いて、出来上がったタネを流し込む。
「確か、オムレツを作るみたいに、こう、トントンしていたよな」
記憶にあるふわふわのパンケーキをなんとか再現してみる。牛乳パックで型を作ると言う方法も見たことがあるが、ここは異世界、牛乳パックなんてものはないのだ。牛乳は、ガラス瓶ではなく、やはり木の樽に入っているのである。
「よし、よし、ふわふわプルプル」
ゆっくりと時間をかけて焼き上げたスフレタイプのパンケーキを皿にのせ、だいぶ冷めたメープルシロップを思う存分かけ、高橋は食卓についた。
「いただきまーす」
勢いよくフォークを刺せば、柔らかな弾力があり、千切れるように出来上がった断面はほぼ白に近かった。
「う、うまぁい」
高橋の口いっぱいに広がる幸せの味。しみしみのメープルシロップがたまらなかった。
「くうううう、うまい。これはスコーンでも試したいところだな」
高橋の食べっぷりをじっと見つめていた石人形たちは、何度も首を縦に振るのであった。
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