第42話 俺にとっても将来設計

「では、これからのことについてご説明をさせていただきますね」


 高橋が大人たちを集めて話を始めた。子どもたちは生まれて初めてお腹がいっぱいになったせいか、みな眠ってしまっていた。うさみとねこみが毛布を掛けてやると、大人たちは安心した顔をして高橋と向き合った。


「ではまず、状況から説明しますね」


 そう言って高橋はプロジェクターを起動させた。さすがに大人だけでも60人近くいる、声を届けようとすれば自然と大声になってしまいそうだから、わかりやすく映像に頼ることにしたのだ。もちろん住人たちはプロジェクターなんてものは知らないから、巨大な魔道具だと思って目を見開いてみてきた。


「皆さんが住んでいるリスモンの街があった大陸は戦争で無くなりました。これが上空からの映像です。海から少しだけ岩のように見えているのが大陸の名残ですね。今この世界で残された大陸はラミト国とファンデール王国のある大陸だけになります。小さな島はありますが、人は住めないんですよね」


 今度はプロジェクターに、上空から映し出されたラミト国とファンデール王国が映し出された。特にファンデール王国の王都ロザリアが映し出された時、息を飲むような音が聞こえた。


「もしかするともう聞いたかもしれませんが、ここはこの二つの国がある大陸にあるダンジョンの内部です。皆さんが通り抜けてきた教会の壁がダンジョンの入り口のゲートになっていました」


 それを聞いて誰も驚くことはなかった。ここがダンジョンの内部であろうとも、海底よりはましなのだ。いつ防御壁が壊れるのかと恐怖し、水も食事もままならない生活を送るより、偽物でも日の光を浴び働くことができる方が幸せなのだ。なにより、子どもたちが空腹でないことが大切である。


「このダンジョンには、ラミト国とファンデール王国どちらからも冒険者がやってきますが、絶対に入ってきたゲートにしか出られない仕組みになっています。つまり、皆さんはこのダンジョンからラミト国とファンデール王国に行くことは出来ないんです」


 高橋がそう言うと、住人たちは明らかに落胆の表情を見せた。


「皆さんの街であるリスモンは海底に沈んでいます。しかも防御壁に覆われているので、この世界の神であるアルトルーゼの神力が届かないんです」


 嘘は言ってはいないが、すべてが真実でもない。だが、10年間毎日違うものに祈りを捧げ続けてきた自覚がある住人たちは納得してしまった。


「あなた方がアルトルーゼを神として信仰し続ければ、神力をもってリスモンの街を海底から元あった場所に戻すことができるんです。なにしろ大きな大陸が吹き飛んでしまいましたからね。そう簡単には戻せないんですよ」


 高橋がそう言うと、モリスが手を挙げた。


「つまり、信じなければ助けてはくれないということですか?」


 なかなか的確なことを言ってきた。


「そうですよ。だって消滅してしまった大陸を戻すんですよ。どれほどの力が必要だと思いますか?消し飛んだのは一瞬でしたけどね、元に戻すのはものすごい労力がいるんですよ。それをやってもらって当たり前だと思わないでください。あなたたち人が勝手に壊したんです。神であるアルトルーゼは悲しんでいる。だから俺はあなたたち人が助かるための方法を提案しているんです。俺だって、あなたたちが働かないのなら給金を上げるつもりはありませんからね」


 高橋が少し語気を強めに言えば、モリスは口に手を当てて考え込んだ。今まで、教会に赴いて積極的に神に祈ったことなどなかったからだ。神の存在などぶっちゃけ信じたことなどなかった。ついでに言えば、名前があっただなんて知らなかったのだ。


「あの……」


 おずおずと手を挙げたのはアカシェの妻ミーアだ。


「はい、なんでしょう」

「私たちは今まで神の存在を身近に感じてはいませんでした。だから、信じろ。と言われても、具体的にどうしたらいいのかわからないんですが」

「ああ、それは難しく考えなくていいんです。日々感謝の気持ちを持っていただければいいんです。たとえば朝起きた時、食事の前、夜寝る時。教会にある石像にわざわざ祈りにいかなくても、感謝の気持ちを心の中で思ってくれるだけでいいんですよ」


 高橋がそう言えば、住人たちは頷いた。


「あ、あの」


 モリスが手を挙げた。


「はい、何でしょう?」

「街の教会にある、あ、魔道具に魔力を注がないと防御壁が消滅してしまうんです」

「それなら、ここに入ってきた石の門はあの場所にありますから、いつでも行くことができますよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 住人たちの表情が和らいだ。


「それでですね。ここに来た石の門の辺りに皆さんの住む家を建てようと思います。この街で仕事や暮らしに慣れたら、皆さんたちが住むための街をダンジョン内に設置します。階層は8階を予定しています。あまり深すぎると訪れる冒険者が限られてしまうし、浅すぎるとダンジョン内でお金を稼げないので街で使えるお金を持っていない冒険者がやってくることになりますからね」

「あの、ダンジョン内で使えるのはダンジョン内で手に入れたお金だけなんですか?」

「そうです。皆さんも見たと思いますが、この街で売っている品物はどれも強力な付与効果があります。それを目当てに外から大量のお金を持ち込んで貴族や王様が手に入れようとしたらどうなると思います?争いがおこるでしょう?ダンジョンは冒険者のものなんです。だから、ダンジョン内ではダンジョン内で稼いだお金しか使えないようにしたんです。皆さんも冒険者になりたければなれますよ。このダンジョンでは死ぬことはありません。倒れたら入ってきたゲートの外に出されます。皆さんの場合はリスモンにもどされますね」


 それを聞いて住人たちは顔を見合わせた。


「でも、ここは50階ですから、お勧めはしません。冒険者になるのなら、皆さんの住む街がダンジョン内に設置されてからですね」


 それを聞いて住人たちは頷いたのだった。だが、ここでマジルが手を挙げた。


「一ついいか?」

「どうぞ」


 高橋が承諾をすると、マジルは立ち上がり住人たちの方を向いた。


「俺はよぉ、もうあの魔道具に魔力を注ぎたくねえんだよ。いずれリスモンが海底から浮上したってよ、俺はそこに住むつもりはねえんだよ。俺が生きてるうちにそれがかなったとしても、俺はこのダンジョンの街で死ぬつもりだ。だからリスモンの街に未練なんかねえんだよ。あの防御壁を保つためには一日かけて自分の全魔力を注がなくちゃいけないんだぜ?そんなことしてたら働けねえじゃねぇか」


 マジルの言っていたことはもっともで、働いて給金をもらうには魔力がなければどうにもならない。防御壁の魔道具に魔力を注いだ次の日は、魔力回復のために休養日にしていたのだから。


「マジル、それじゃあみんなの思い出を海の藻屑にしろっていうのか?お前の両親の墓だってあるだろうに」


 反論してきたのはモリスだった。


「大切なものは持ち出せばいいだろう?家も土地も自分たちの命も子どもたちの未来も全部欲しいなんて我儘すぎんだろ。神様が住むところと仕事を与えてくれたんだぜ、それ以上望むんなら、自分で何とかすりゃいいだろ?とにかく、あの魔道具に魔力を注ぐ義務から俺は降りる」

「あたしも、降りたいんだけど」


 おずおずと手を挙げたのはミーナだった。夫であるアカシェの作った魔道具で、ミーナと子どもたちだけではなく、街ごと守られた時は盛大に感謝されたものだったが、防御壁を維持するのに魔力が必要だとわかった時、ミーナは絶望したのだ。しかも海底は暗く、明かりのためにライトの魔法が必要で、井戸からくみ上げる海水を飲み水に変えるための魔道具にも魔力が必要だった。生きていくためには魔力が必要で、女手一つで子どもを育てなくてはならないミーナにとって、魔力が使えず働けない日ができるのは死活問題だ。自分一人の働きで、子どもを育てなくてはならないのだから、マジルより大変なのだ。


「私も」


 手を挙げたのはアカシェの妹ミランダだ。兄のアカシェより早くに結婚したのだが、二人の息子は戦争で死んでしまっていた。兵士であった夫のもとに差し入れを持っていったらそれっきり帰ってこなかったのだ。マジルと同じ独り身になってしまったけれど、家族との思い出の家を見るのが辛いのだ。いくら待ってももう、誰もあの家に帰っては来ないのだから。


「他にも、いるのか?」


 モリスが問いかけると、手を上げるものがいた。海底で大人になってしまった住人だった。ろくに食事がとれなかったせいで、細く青白い。他にも、うっかり海底で子をなしてしまった夫婦は、あの街の保存よりも子のために働きたいのだろう。


「海底に沈んだ船は、案外朽ち果てないと聞くからな。みんな、大切なものを持ち出して、魔道具に魔力を注ぐのをやめる。ということでいいだろうか?」


 モリスが問いかけると、住人たちは皆頷いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る