第43話 具体的に現実的に
「じゃあ、取り合えずここに家を建てますね。間取りは全部同じ2LDKにします」
高橋がそう言うと、モリスが手を挙げた。
「それは、なんですか?にぃえーでーけー?とは呪文なのでしょうか?」
言われて高橋はしまった。と思ったものの、なんと説明したらいいのかわからず、とりあえず一軒立てて見せた。
「寝室が二つに、えと台所、食堂と居間のある家です」
突然目の前に現れた家を見て、住人たちは驚き、女たちは歓声を上げた。とても立派できれいな家だったからだ。しかも、中には家具まで揃っていた。
「こ、こんなに立派な家まで……しかも風呂が付いている」
モリスをはじめとした男たちは壁を叩いたり、家具を触ったりと驚きを隠せないでいた。自分たちが住んでいた家より頑丈で、しかも家具が上等だったからだ。
「全部同じ間取りで、同じ家具ですからケンカしないでくださいね」
争いごとの嫌いなアルトルーゼのために、高橋もそれに倣った。
「お風呂も炊事場もついてるなんて、素晴らしいわ」
一応家の周りを腰ぐらいの塀で囲ったから、洗濯物を干すことでもめ事も起きることはないだろう。
「それでまあ、事前に聞いておきたいんですが」
高橋がそう言うと、住人たちはいっせいに高橋の方を向いた。
「皆さんの住む街をこのダンジョンに作るにあたり、意見だけは聞いておきたいと思います。リスモンの街を再現、または似たような街がいいですか?」
高橋がそう言うと、住人たちは互いに顔を見合わせたが、手を上げるものは一人もいなかった。
「じゃあ、ダンジョンの内部にある街らしい造りにしますね。学校も教会の隣に作りますから、子どもたちにはちゃんと伝えておいてください。それから、仕事は明日から興味のある場所に行ってください。農作業がしたい人はあの畑の入り口付近、食堂などの店をやりたい人は宿屋の前、職人の仕事に就きたい人は鍛冶屋の前に来てください。それでは、好きな家に入ってくださいね」
高橋はそれだけ言うと、自分の家に帰ってしまった。
特にもめ事もなく、住人たちは家を選び、リスモンの街からなくしたくない思い出の品を運びこんでいた。最後にミーアがアカシェの姿をした魔道具を持ち出すと宣言をすれば、ミランダが泣いて同意した。ミーアが魔道具を抱えて戻ってくると、背後で巨大な波音が響いたのだった。
「神様は、リスモンの街だけを救ってくださるのだろうか?」
モリスがそんなことを呟くと、妻のアンが肩を叩いた。
「そんなことはないわ。きっと神様は大陸すべてを直して下さるわよ。私たちはそれを信じてがんばりましょう」
翌朝、ホムンクルスのうさおたちが配った食材で朝食をとった住人たちは、各自やりたい仕事を求めて集合場所にやってきた。子どもたちは今まで教会の前の広場で遊ぶことが習慣であったが、高橋の住んでいるこの街には教会はない。アルトルーゼの石像が小高い丘に建っているだけだ。
「今更教会を建てるのもなんだかなぁ。って思ってはいたけれど、子どもって勘が鋭いんだなぁ」
大人たちがそれぞれの仕事に向かった後、子どもたちはなぜだか高橋の家の前に集まっていた。そして今まで通りに鬼ごっこをしたり、かくれんぼを始めたのだ。遊ぶものが何もないからこその遊びで、年齢も性別もばらばらだった。しかも新しい服を汚したくないのか、女の子のほとんどが高橋の家の壁に背中を預けて立っている状態だった。
確かに、ここが高橋の家だと伝えはしたが、ついでにアルトルーゼがいることまで知れてしまうのは都合が悪い。子どもたちもあの時アルトルーゼの声を聞いてしまっただろうし、石像からの声を聞いているだろう。
「どうしようかな」
働く大人たちは子どもたちがどこで何をしているのかまで気にしてなどいないだろう。何より純粋な子どもたちが、好奇心に駆られて高橋の家の中を覗き込んできたら大変だ。パソコンでダンジョンを作っていることを見れば、質問攻めに合いそうだし、アルトルーゼが居ることを知られてしまえば、大人たちが直訴に来そうだ。それよりもなによりも、お腹がすけば高橋が食事をしているのを見つめてくるかもしれない。
「寺子屋を作ろう」
ふと高橋の頭に浮かんだのは、読み書きそろばんを教える江戸時代の寺子屋だった。たしか寺にあるから寺子やと言ったとか言わないとかだったような気がする。
「この辺かな?」
タカハシはモニターを眺めながら寺子屋を設置する場所を考えた。あまり高橋の家に近いのは良くない。だが、子どもたちにお昼ご飯とおやつは必要だろう。だが、作っている場所まで寺子屋につけてしまっては、匂いで子どもたちの集中力が削がれるかもしれない。
「教えるのは優しいクマ獣人のくまおとくまみだな」
そう言って作り出したのはクマタイプの獣人二体。大柄で心は優しい力持ちのどこかもっさりとしたホムンクルスだ。二体とも可愛いエプロンをつけてみた。イメージは保育士さんだ。
「石人形、どこかの街で子ども向けの絵本を調達してきてくれないか?鉛筆とノートは作れるから」
『了解しました』
石人形は瞬時に飛び立っていってしまった。なんとも行動力があるものだ。
「さて、くまおとくまみは子どもたちの相手をしてくれないか?読み書きそろばんと、剣術かな?」
「かしこまりました」
二人は頭を下げると子どもたちの方へと歩いていった。のそのそとした足取りがどこかクマっぽくて高橋はついつい顔がニヤついてしまった。
「はじめん、今度は何をするんです?」
一応隠れていたアルトルーゼが顔を出した。子どもたちがうっかり覗き込んでも大丈夫なように、アルトルーゼのデスクの向きをかえて、アルトルーゼの姿をモニターで隠していたのだ。
「子どもたちに勉強をしてもらおうと思って、きっと今まで子どもたちはただ遊んでいただけなんだと思うんだ。文字が読めれば世界が広がるし、計算が出来ないと親の仕事を手伝えないだろ?」
「なるほどですね。ここでようやく私がこの世界にひとつの言語しか作らなかったことが生きてきましたね」
「そうだね」
「どうしてあの場所に?」
「うっかり忘れていたけど、住人たちは一日二食で生活してたんだよね。食料が足りないから。でもほら、俺とアルさんは三食食べてるでしょ?働く大人たちは各職場で昼食がでるからさ、そうなると子どもたちがお腹空かせちゃうでしょ?」
「そうですね。大人たちは自分が昼食を食べる時になって、ようやく子どもに昼食を渡していなかった。と気づくわけですね」
「そ、だからあそこで子どもたちに食事とおやつを出そうとおもって」
「ほうほう、すると私もおやつが貰えるわけですね」
結局アルトルーゼはそこなのだ。子どもたちが食べるおやつとはどんなものなのか、そこに興味があるのであった。
「うわぁ、おっきい」
順応性の高い子どもたちは、クマ獣人の二人をあっさりと受け入れた。そして突然現れた高橋特製寺子屋に躊躇いもなく入っていった。もちろん、くまおとくまみの話をちゃんと聞いて脱いだ靴は揃えて、だ。
「文字の読み書きと計算をここで覚えて行こうね。お昼ご飯とおやつが出るよ。午後はお昼寝をしてもいいし、剣術を教えてもいい」
くまおがそう言うと、子どもたちの口から歓声が上がった。
高橋の予想通り、子どもたちはほとんど字が読めなかった。分かるのは自分と家族の名前ぐらいだった。高橋特製のこの世界の五十音表で一文字ずつ読み方を覚え、渡したノートに文字を書く練習をした。最初は文字を書くことから、次に自分や家族の名前を書いて覚え、それから意味のある言葉を書いていった。
石人形に調達させた絵本は、五十音表で確認しながら読んでいく。数人で確認しながら絵本を読む姿は微笑ましかった。栄養のバランを考えて出す昼食は給食として、おやつは夕飯に差し支えない量になった。
初日、昼食という概念をすっかり忘れていた大人たちは、大いに慌てたが、子どもたちも主から食事を与えられていることを知り安堵した。
そうして、最初は日払いであった給料が月払いになり、住人たちが同じ日々の繰り返しに慣れた頃、高橋が宣言をしたのだった。
「皆さんの住む町をダンジョンに実装します」
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