第50話 人が集まれば気持ちも集まる

「アルさん、人が沢山集まる様になってきたね」


 モニターを見て高橋は上機嫌だった。たまたま外をふらついていたアルトルーゼが、神の奇跡なんてものを起こしてしまったせいで、冒険者以外の人たちがこの世界の神に興味をもったのだ。しかも、神の奇跡の味『からあげ弁当』を求めてにわか冒険者が大量発生した。ダンジョンに入らなくても『からあげ弁当』は買えるのに、神の奇跡を一目見たいとアルトルーゼの像を求めてダンジョンに潜るのだ。これには冒険者たちが迷惑してしまい、石人形たちが「ぽーい」を発動してしまった。


「ここまで来るのは大変みたいですね」


 アルトルーゼはモニター映し出した世界地図をみてため息をついた。この世界では小さな大陸だが、国に一つしかないダンジョンの入り口に気軽に来ることは出来ない。小さな国と言ったところで、それでも人々が生活している町や村は数多く存在するのだ。だからこそ行商人が活躍するのだけれど。


「ねえ、はじめん」

「なにかなアルさん」


 高橋はアルトルーゼのたくらみごとに乗ることにした。簡単に言えば、アルトルーゼの起こした奇跡をみた神父が、布教の旅に出ていることが発端だった。なんと神父が各地の教会に行き、自分で掘ったアルトルーゼの像を設置し始めたからだ。高橋はその像に目を付けた。高橋がモニターで作成したのではなく、この世界の住人が神を想って掘った像である。もう掘られた時点で神力が溜まっていくのだ。そこで、神父の掘ったアルトルーゼの像に祈りを捧げると、ダンジョン前のアルトルーゼの像に転移できるようにしてみた。

 もちろん、信仰心が薄いと転移はしない。

 行商人(主にハンス)のおかげでダンジョンは人々の一番の関心ごとになっていて、ふわふわのパンケーキを食べることは一種のステータスになっていた。だが、ダンジョンの入口が国にひとつしかないものだから、田舎の一般市民には随分遠い旅路になる。乗り合い馬車を何度も乗り継いで来るには何日もかかるし、お金もかかる。オマケに危険と隣り合わせの旅になる。魔物に襲われるかもしれないし、盗賊に出会うかもしれない。

 けれど、平和な世界で一番の娯楽と言えば食なのだ。美味しいものが食べたいという欲求は、新たな不満を産んでしまう。だからと言って、ダンジョンの入口をあちこちに作る訳にはいかない。石人形を増やしてモニターで監視をするのは意外と大変なことなのだ。

 だからこそ、信仰心を利用して転移させるというのは画期的なアイディアだったのだ。


「あの神父、なかなか彫り物の腕があるのですね」

「アルさんが、二割増でいい男になってるね」


 石人形が映し出した映像は、一心不乱にアルトルーゼの像を彫る神父の姿だった。最初に神父はふもとの街で教会にアルトルーゼの像を設置した。そうして感謝の祈りを捧げているところをダンジョンの入口前に転移させてみた。当然神父は驚いたが、それを見ていた人々は「神の奇跡」と大騒ぎをした。戦争で失われた魔道具だと言われもしたが、行き先がダンジョンの入り口だけなので、「神の奇跡」という呼び名で定着した。

 神父にアルトルーゼの像を作ってもらいたくて、あちこちの街や村から馬車が出され、小さな大陸を回る神父の旅は一年ほどで終わりを告げた。ある時神父がアルトルーゼの像に祈りを捧げていると、見知らぬ街にいた。美しい石畳に、綺麗な街並み。澄んだ青空は何処までも続き向こうには畑が見えた。だが、おかしなことに誰の声も聞こえない。鳥のさえずりさえ聞こえなかった。


「ここは?」


 神父はゆっくりと街の中を歩いた。建ち並ぶ店にはいろいろな品が並んでいるが店の中に店員の姿は見当たらない。それどころか通りには誰の姿もなかった。神父はきょろきょろしながら歩き、ようやく自分の捜し求めるものを見つけたのだった。


「アルトルーゼ様」


 いままで自分が記憶を頼りに掘り続けてきたその姿が、完璧な状態で存在していたのだ。神父は思わず跪き祈りを捧げた。


「本当に、熱心で嬉しく思います」


 祈りを捧げる神父の頭上に声がした。たった一度しか聞いたことは無いのだが、決して忘れることの出来ない声だ。神父は緊張で己の鼓動が早まることを自覚しつつ、ゆっくりと顔を上げた。そこには等身大と思われるアルトルーゼの像が立っていたのだが、なぜだか目が合った。神父が驚き戸惑っていると、アルトルーゼの像は優しく微笑んだ。


「あなたのおかげでこの世界の人々が私の存在を知りました。礼を言います。ありがとう」


 そんな言葉と同時に神父は温かなものを感じた。緊張しすぎて状況がよく分からないが、祈りを捧げていた神であるアルトルーゼが自分の頭を撫でている。そして慈愛に満ちた眼差しを向けているのだ。

 更には、礼を言われてしまった。空耳でもなんでもなく、礼をいうと言って、聞き間違いでもなんでもなく、「ありがとう」と確かに言われた。


「ここは私の住む街です。あなたに礼をしたくて招待しました」


 アルトルーゼにそう言われ、神父は改めて辺りを見渡した。アルトルーゼの像を掘ってくれと頼まれて、大陸のあちこちを旅して回ってきたが、ここまで美しい街並みを見たことはない。王都と呼ばれる場所でさえ、ここまで美しい街並みではなかった。小さく細かい石を使って作られた道は、美しい幾何学模様を描いているのだ。道がこんなにも美しいのだと、神父はこの街を見て初めて知ったのだ。


「どうぞこちらに」


 アルトルーゼに促され、神父は町はずれにある平屋の建物の前に来た。珍しい形の建物で、外側の壁が白かった。だが、神父の知っているレンガや石造りとは違い、つなぎ目のない真っ白な壁だった。入り口と思われる扉が見えるが、神父の知っている扉と形がだいぶ違っていた。何より、扉を開けるための取っ手がないのだ。

 神父が戸惑っていると、目の前の扉が静かに開いた。しかも、扉は横方向にスライドしたのだ。


「もう、アルさん。この世界の人は横に開く扉になじみがないんだよ」


 開いた扉の中から姿を現したのは高橋だ。この世界の住民になじみのないトレーナーにスエットのズボンという大変ラフな服装をしている。


「ごめんね。驚いただろ?ここは俺とアルさんの家なんだ。遠慮せずに上がってくれるかな」


 高橋に案内されて中に入れば、こじんまりとした外観とは裏腹に、随分と奥行きのある建物だった。言われるままに靴を脱いで中に入れば、見たことのない材質の床に平べったいクッションが置かれていて、それに座るのだと教えられ、神父は戸惑いながら腰を下ろした。


「これはね、緑茶って言うんだ。ラミト国でも飲まれているから見たことあるかな?」

「はい。以前ラミト国に行った際に飲んだことがあります」


 神父はそう答えながら緑茶を一口口に運んだ。以前ラミト国で飲んだものよりすっきりとしていて深い味わいがあった。


「うちの石人形たちが作ってくれたんだよ。職人気質でね、なかなか凝り性なんだ」


 そう言いながら、高橋は神父に出来立てのいが饅頭を出した。まだほんのりと温かいので、手で持てばなんだかほっこりとするものである。


「不思議な食べ物ですね」


 上についている粒は噛み応えがあり、白っぽい部分は柔らかく、中にはしっとりと甘いものが入っていた。それらを緑茶がしっかりとまとめあげ、飲み込んだ後は口の中がさっぱりとした。


「いが饅頭って言うんだ。上に載っているのが赤飯って言っておめでたいときふるまうもので、中のお饅頭は捧げもの。いいことがあったから、この世界の人たちにお祝い事のおすそ分け。ダンジョンの冒険者たちにも赤飯といが饅頭を配ったんだよ」


 高橋が嬉しそうに話すので、神父はその様子を黙って見つめた。


「あなたのおかげでこの世界の住人たちが私の名前を知りました。かつて私はこの世界をただ見ていただけでした。見ていただけなので、人々は私の名前も知らず、祈ることもいつしか忘れ、私という存在を忘れていきました。そして、人々は争を始めてしまったのです。私はこの世界の住人が争いごとをしないように同じような人の姿だけにして、共通の敵として魔獣を作り、言語を一つにしました。けれど、住人たちはみな同じということに飽きてしまったのです。自分よりも劣る存在を求め、他者よりも多くを望んでしまった」


 アルトルーゼがそんな独り言めいたことを話し始めたので、神父は黙って聞いていた。


「そうして気が付いたときにはいくつかの大陸が消滅して、大勢の住人が消えていました。私がゆっくりと育んだ命が一瞬で消えてしまったのです。他の世界の神たちからは作り直せばいいと言われましたが、私はこの世界が好きなのです。穏やかな時間が流れるこの世界が大好きなのです。だから、何とかしたくて他の世界からなんとかしてくれそうな人を召喚しました。残り僅かな神力と引き換えに」


 衝撃的な告白に神父は驚いた。そんなことを一介の人間が聞いていいのか心がざわついた。


「はじめんは、地球という世界の日本という国の住人なんです。この世界は色々な人種と様々な言語があり、以前は絶えず争いが起きていました。でも、この世界のように大陸が消し飛ぶようなことは起きてはいません。住人たちは話し合いをたくさんしているのです。言葉が違うのに話し合うのです。さらにはその世界にはたくさんの神が存在しているのです。私は驚いてしまって、興味を持って、言葉の通じた神にお願いしてはじめんを借りたのです」


 高橋が黙ってお茶を注ぎたし、アルトルーゼはそれを飲んで喉を潤した。


「はじめんはこの世界によどみのように溜まってしまった魔力をうまい具合にダンジョンで消費してくれました。そうして住人たちが忘れてしまった私の名前と姿をよみがえらせてくれたのです。おかげで私は少しづつですが神力を取り戻し、あなたの前に姿を見せることができました。この世界の住人が信仰心を取り戻してくれたのはあなたのおかげです。ありがとう」


 そう言ってアルトルーゼは神父の手を握りしめた。

 

「これからはこの世界をきちんと見守りするよう心掛けようと思います。取り戻した神力をつかって失われた大陸を蘇らせます。すぐには移り住むことは出来ないでしょうが、それでも、今度はちゃんと見守りますよ」


 神父は黙ってうなずいた。

 そうして高橋の作ったご馳走を食べ、温泉に入りゆっくりとした時間を過ごした。

 翌朝、海沿いの小高い丘に立たされ、はるかかなたの水平線を眺めていると、そこにゆっくりと大陸が現れた。神父はそれを神の奇跡と人々に伝え歩いたのだった。

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