第9話 ダンジョンとは如何に


「これでとりあえず人は集まるねぇ」


 モニターを眺めながら高橋は呟いた。もちろん、アニメで見たサングラスの司令官スタイルだ。隣には石人形が控えている。大きな丸い目玉がじっと高橋を見つめているのがなんとも愛らしい。


「名物料理って必要だと思うんだよね」


 高橋はモニターにあれこれこの世界の食べ物を映し出した。どれを見ても素朴な見た目で心揺さぶられる感じはしない。見た感じ素材の良さを活かしてます。ってことしか感じ取れないような料理ばかりだ。飽食の時代に生きて、スローライフに憧れてる系とかエコとかそういうのが好きな人ならそそられるかもしれないけれど、高橋はまだまだ育ち盛りの20代男子だ。味のはっきりとしたものを沢山食べたい。朝から揚げ物でも問題ない。ビールに唐揚げが無限ループだ。なんて、そんな世代なのである。


「唐揚げの作り方ぐらいは知っている。ただ、鶏肉をさばくことが出来ないだけだ。もちろん狩りなんてもってのほかだ」


 高橋は頭を抱えた。日本人の大好きなものは唐揚げ、ラーメン、カレーライス、それから寿司だ。3時間並んでも話題のつけ麺屋で食べたいし、カレーは飲み物とまではいかないけれど、初めての料理としてポピュラーな食べ物だ。ひと皿100円で寿司が二巻も乗っていて、食べたい時に食べたいネタだけが食べられる回転寿司はこの世の天国だ。弁当屋で唐揚げだけを1キロとか普通に買う。オカズにもなるしつまみにもなる唐揚げは万能だ。

 だがしかし、異世界でそれらを再現できるのか?と問われれば、出来ない。ラーメンの出汁は?そもそもあの麺はどうやって作る?かん水ってなに?カレーのスパイスの調合なんて日本人ができるわけが無い。だってスーパーにカレールウが箱に入って売ってるじゃん。調合の仕方が分かるようなマニアな日本人なんて絶対少数派だ。生で食べられる魚なんて異世界でどうやって探すんだ?冷蔵庫なんてないぞ、多分。そもそも海ってどこにある?魔物がいるんだからイカはきっとクラーケンなんじゃないか?日本人はマグロが食べたいんだよ。マグロのない寿司なんて寿司じゃないよな?

 そうやって消去法を取っていくと、行き着く先は唐揚げだろう。

 多分だけど、異世界に揚げ物なんて存在しないと思われる。だから調理方法の革命となり一大ブームを巻き起こすことが出来るのだ。まぁ、油が手に入らないのならハンバーグを作るしかない。幸い豚肉は手に入った。牛の魔物もいるから石人形に取ってきてもらえば牛と豚の合い挽き肉が作れる。


「豚がワイルドボアで、牛がミノタウロス、鶏はコカトリスってさすがは異世界……まぁ、俺には狩ることなんか出来ないけどな」


 高橋はモニターを見ながら呟いた。コカトリスの正確な大きさは分からないけれど、卵も取ってきてもらって卵かけご飯が食べたいところだ。なにせ醤油を手に入れてしまったから。


「よし、石人形」

『なんでしょう主』


 隣に居た石人形がとても流暢に喋ってきた。


「うわ、お前、言語能力高くない?」

『ああ、これですか?我々は全て同じだけの能力を持っております。ただ、この世界の人々にはあの程度の対応で十分かと思われます。なぜなら、彼らにとって我々石人形はゴーレムであり高い魔力を保持した魔法使いにしか操れない高度な技術の塊だからなのです』


 非常に流暢に説明をされ、高橋は理解した。高橋の作った石人形たちは高橋の指示がなくても勝手に動く。与えられた役割を淡々とこなしているだけなのだ。だが、この異世界においてはそんなことはあってはならない現象なのだ。説明を求められても高橋にも分からない現象で、だからこそ、凄い魔法使いだと思われるのは非常に困る。


『そんなわけで、ですね。我々はあのように喋ることにしたのです。どこか愛嬌があって油断できますよね?』


 石人形にそう説明され、高橋は内心思った。これはあざとかわいいと言うやつなのでは無いだろうか?と。まぁ、高橋的にはAIだと解釈しているので特に気にはしていない。それよりも、高い戦闘能力の方が気になるところだ。


「まぁ、いいんじゃない。それよりもさぁ、俺としてはダンジョンの名物料理を作りたいんだよね。そんなわけで唐揚げ弁当を作りたいんだ。調味料は揃ったからさ。それで、この世界の鶏をとって来て欲しいんだけど」

『ほほう、主。この世界で鶏となりますとコカトリスと言う魔物になりますが、よろしいですか?』

「やっぱりコカトリスかぁ」


 どことなく悪代官っぽい喋り方をする石人形を、面白いと感じつつも、高橋は予想通りの答えが来て思わず笑ってしまった。


「ってことは、鶏肉は貴重品なんだな?」

『さすがは主。察しがよろしい。そうです。コカトリスは危険な魔物のためそう簡単に冒険者は狩ることが出来ません。そんなコカトリスの肉を油であげるだなんて、王様の食べ物です』

「よっしゃー」


 高橋は思わず立ち上がった。これは売れる。しかも真似されることはほぼない。もはや勝ったも当然だ。


「コカトリスを取ってきてくれ、唐揚げ定食を宿の名物料理にしたい。それからミノタウロスを飼育して牛乳を作ろう。鶏肉があるなら絶対クリームシチューが食べたい」

『了解しましたぁ』

「あ、あと、パンケーキも出そう。絶対売れる」


 高橋の決断に石人形たちは動いた。フワフワのパンケーキの作り方は情報共有で全ての石人形が理解している。唐揚げは、これから高橋が作るのを見て共有すればいい。

 こうして宿屋で入浴セットの唐揚げ定食は、一口大の唐揚げが4個に白米をつけて提供することが決まった。フワフワのパンケーキは銅貨1枚で提供することにした。


『ギルドマスターさーんーちょーっとーいーですかー』


 宿屋から顔を出し手招きをするその姿をちょっと可愛いと思ってしまったギルドマスターは、誘われるままに宿屋に入り、人生で最高な出会いを果たした。


「な、なんて柔らかくて甘い……」


 お試しに出されたパンケーキを一人で食べ、ギルドマスターはうっとりとした顔で両方の頬をおさえた。まさにほっぺたが落ちそうぐらいに甘くて美味しい。そんな夢のような食べ物だ。ちょっと前にシンとアルスが貰っていたクッキーと言う菓子よりも、こちらの方が甘いだろ。それに、何より、このパンケーキと言う食べ物のなんと甘くて柔らかなことか。メープルシロップと言うトロトロの蜜ははちみつとは違いサッパリとした甘さがあり、散りばめられた野いちごの甘酸っぱさがその甘さを引き立てている。合わせて出されたコーヒーという真っ黒な飲み物は、口の中をスッキリとさせ、また甘いパンケーキを食べたくなる。そんな飲み物だった。


「こ、この、夢のような食べ物、パンケーキと言ったな。これは、ここで食べられるのか?それともダンジョンに潜らないと食べられないのか?」


 ギルドマスターが恐る恐る質問すると、ゴーレムは大きく頷き答えた。


『こーちらーのやーどでーたーべらーれまーすー』

「ほ、本当かっ」

 『おーねーだーんはーどーかーいーちまいーでーすコーヒーはてつかーさーんまーいになーりまーすー』


 それを聞いてギルドマスターの目が光った。この夢のような食べ物が銅貨1枚で食べられる。貴族の、いやお姫様が食べるような夢のような食べ物が銅貨1枚。なんと破格な安さであろうか。この食べ物のために人がきっと集まる。そうなれば、ここに臨時のギルドを建てることもやぶさかではない。ギルドマスターはあらぬ方向に思考を向かわせていた。

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