第10話 トラブルは向こうからやってくる
荷台の屋根にゴーレムを乗せたまま商人ハンツの馬車は街道を走っていた。途中辺りで魔物が出てくると、ゴーレムがあっという間に倒してしまう。魔物よけの鈴があったのだが、盗賊に追われた時に落としてしまったのだ。街に行けば買えるけれど、さてどうしようといたが、同行してくれたゴーレムがあまりにも強すぎて、ハンツはお礼をどうしたらいいのか考えていた。
「ゴーレム様のお陰でいつもより早く着きそうです」
荷台の屋根に向かって話しかければ、ゴーレムは片手を上げて答えてくれた。あの時襲ってきた盗賊たちは、ゴーレムが言うには柵の向こうにポーイされたらしいので安心していいそうだ。
(高名な魔法使い様のゴーレムだ。気軽にポーイなんて言っているけれど、どこに飛ばされたのか恐ろしいことだ)
ハンツは口には出さずに心の中で盗賊たちを哀れに思うのだった。何しろ、魔物には遭遇するけれど、盗賊たちは全く見当たらないのだ。普段なら、狙った獲物として何がなんでもハンツの馬車を襲って来るはずなのに、今日は残党が姿を見せてこないのだ。もしかするとゴーレムがハンツが気づかないうちに倒してくれているのかもしれないけれど、なんにしてもあの盗賊たちにはほんの少しだけ同情するのだった。
「おお、見えてきましたよ。ゴーレム様。王都ロザリアでございます」
あちこちで仕入れをして、自分の店がある王都に戻ってきたのは約1ヶ月ぶりだ。家族で営む店であるから、店主は父親で商業ギルドにも登録している優良店だ。ハンツが仕入れたものを父親が鑑定して店に並べる。本来ならお金を払い商業ギルドで鑑定をしてもらうのだが、店主である父親が鑑定眼のスキルを持っているから余計な手間賃がかからないのが強みだ。ハンツの持つ鑑定眼のスキルはまだレベル1であるから、こうして買い付けをして回りきたえているのだが、なかなかレベルが上がらないのが悩みの種だった。
『でーはーわーたしーはーこーのへーんでー』
王都に入るための手続きをする門が見えてくると、ゴーレムは荷台の屋根から飛び降りた。重たそうな見た目なのに、全く音がしないことにハンツは感心した。
「左様でございますかゴーレム様。道中お守り頂きまして誠にありがとうございます。このチラシ、冒険者ギルドや同じ商人仲間に配りますのでご安心ください」
『まーかせまーしたよー』
そう言って、ゴーレムはハンツの前から姿を消した。
「おお、転移までできるとは、やはり高名な魔法使い様の作ったゴーレムに違いない」
ハンツはゴーレムが姿を消したあたりを見ながら祈りを捧げた。そうして入場門を通る際、いつもの通り身分証を出しながら、門番にチラシを渡した。
「なんだこれは?」
袖の下でもなんでもない。ただの紙を渡された門番は怪訝な顔をしたが、手にした紙の手触りに驚いた。
「素晴らしいでしょう?」
門番の表情が動いたことを見逃さなかったハンツは、軽く笑いながら言った。
「新しいダンジョンが出来たんですよ。今シュンゼルの冒険者ギルドが調査してるんです。コレはそのダンジョンのゴーレムから貰ったものなんですよ」
「なっ、なんだって?おま……ゴーレム、だと?」
「そうですよ。ゴーレムが守護するダンジョンなんです。すごいでしょう?お宝の匂いがしますよね」
そう言い残し、ハンツは入場審査を終えて街に入っていった。残された門番は手にしたチラシを無言でポケットにしまいこんだ。
「ただいま帰りました」
そうしてようやく我が家に帰ったハンツは、馬車を裏に繋げると直ぐに店に顔を出した。店には母親の姿しか見当たらない。
「父さんはまたギルドかい?」
「そうよ。鑑定眼のスキルのレベルが高いから、また呼ばれてしまったのよ。ギルドにだって鑑定眼のスキルを持った職員がいるはずなのに、困っちゃうわ」
母親はそうは言いつつ困った様子は見られなかった。そうやってギルドに恩を売っておくことが商売をする上で大切な事なのだ。
「荷物を下ろしたら呼びに行ってくるよ。この時間に帰ってこないなんて遅いからね」
「ええ、そうしてちょうだい。飲みに行こうとしていたら引っ張って来てね」
「はーい」
ハンツは返事をするとあちこちで買い付けてきた荷物を店の倉庫に移した。馬はすでに飼葉を食べてくつろいでいる。
「1ヶ月よく頑張ってくれた。ゆっくり休んでくれ」
そう言ってさらに飼葉を足し、しっかりと戸締りをしてハンツは商業ギルドへと急いだ。もう随分と日が落ちてしまい、食堂や酒場は活気づいて来ている。色々な店が立ち並ぶその奥に目指す商業ギルドはある。まだどの窓にも灯りが見えるから、まだまだ忙しいのだろう。
「父さん、いるかい?」
商業ギルドの扉を勢いよく開けると、中にはほとんど客の姿はなく、だいぶ閑散としていた。さすがに鑑定を頼みに来る冒険者はもういないようで、カウンターは片付けられていた。
「ハンツ、親父さんはこっちだよ」
顔なじみの職員が手を振ってくれたので、そちらに行けば、なんだか難しい顔をした父親がいた。
「遠征帰りの騎士が変なもの持ち込ん出来たんだよ」
小声で耳打ちをされたから、静かにテーブルに置かれたその品物を見た。確かに見たこともないおかしな形をしたものだった。遠征帰りと言うからには、北の遺跡辺りだろう。本来なら騎士が遠征中に発掘したものなら全て王城に持ち込まれるのだが、王城に務める鑑定士でも分からないものがこうして商業ギルドに持ち込まれるのだ。何しろ、王城に務める鑑定眼のスキルを持った鑑定士が、必ずしも商業ギルドの職員より優れているとは限らないからだ。なぜなら商業ギルドの職員は、毎日何かしらの鑑定をしているが、王城に務める鑑定士は王城に持ち込まれる物が安全かどうかを鑑定するのが基本の仕事だからだ。
そんなわけで、王城に務める鑑定士の鑑定眼のスキルはなかなかレベルが上がらない。しかしながら低いレベルでも、持ち込まれた物が安全かどうかぐらいの判定はできてしまう。楽な仕事でそこそこの給金が貰えるから、向上心のないやつからは人気の職業にはなっている。
「うーん、これは……香炉、だなぁ」
じっくりと観察をしていたらしい父親は、ようやく答えが見えたのか口を開いた。
「香炉?」
鑑定を待っていた騎士が聞き返した。
「ああ、今ようやく見えました。ここが、蝶番になっていて、開くんですな。それで、ここに練り香を置くようです」
父親は説明をしながら紙にも書きとめる。鑑定品の大雑把な形を描き、そこに説明を書き足していく。
「ほう、ジャムヤ国王の時代の品か」
書き上がった鑑定書を見て騎士が感心したように頷くのが見えた。ハンツはこのタイミングだと思い騎士に近づいた。
「お話はおわりましたか?騎士様」
スっと割いるも、笑顔を見せるハンツに騎士は無言だ。若手の職員が遺跡から出た品に興味を持ってきたのかと思ったらしい。が、ハンツはそんな骨董品になど興味はなかった。骨董品は客の範囲が限られているからだ。生活が豊かでなければ、ほとんど使えもしない品に金を書ける者はいないからだ。
「おお、ハンツ。戻っていたのか」
父親は懐中時計を取りだし時間を確認した。
「思ったより時間がかかったようだ」
父親はそう言って椅子から立ち上がると一つ伸びをした。騎士の前だと言うのに随分な事だが、時間外持ち込みをしていち商人であるハンツの父親を呼び出したのだから仕方がない。
「無理を言って済まなかった」
騎士はそう言うと鑑定品をカバンにしまって立ち去ろうとした。だがそこに、ハンツが声をかけた。
「騎士様、最新の情報を聞きたくは無いですか?」
時間外になってしまっているのは騎士もまた同じであるから、呼び止められて若干怪訝な顔をされた。それでもハンツは商人らしい人の良い笑顔を崩さず話を続ける。
「新しいダンジョンが森で見つかったのです。ご存知ですか?」
遠征帰りの騎士が知るはずもないのに、あえてそんな言い方をするのもハンツの戦略である。商人にとって情報も商品であるからだ。
「ほう、それは初耳だな」
「おや、まだ冒険者ギルドからの報告が上がっておりませんでしたか」
そう言いながらハンツは懐からレイのチラシを取り出した。
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