第11話 トラブルは向こうやらやってくる2
「これはなんだ?」
ハンツの差し出したチラシを見て騎士は尋ねた。まぁ、見れば分かることなのだが、あえて聞くのも大切な事なのだ。
「そのダンジョンのゴーレムから渡されたチラシにございます」
ハンツが事も無げに答えると、騎士の顔色が変わった。
「ゴーレムだと?」
「はい。ゴーレムがおりました」
ハンツが答えると騎士は再び椅子に腰を下ろした。ハンツの言っていることが素直に理解できないのだ。
「どうです?このチラシ。凄い上質の紙を使っているんですよ」
そう言ってハンツは騎士にチラシを手に取るよう勧めた。勧められて騎士はチラシを手にすると、軽く驚いた顔をした。それそのはず、紙質が上等だったのだ。城で使う報告書用の紙と同じ、否、それ以上の手触りだった。おまけに、使われているインクの発色の良さに目を見張った。こんなにキレイな色は絵画でしかお目にかかったことがない。
「凄いな……ダンジョンか。眉唾物で無い、のだな」
このチラシ1枚でそのダンジョンの凄さが分かるほどだった。こんな上質の紙を惜しげも無く無料で配るだなんてありえない事だ。目の前にいるハンツは商人であるからやろうと思えばできないことは無いけれど、金を捨てるような真似を商人がするとは到底思えない。だから、このチラシがダンジョンから出てきたものだと信じられるのだ。
「このダンジョン名物料理パンケーキとはなんだ?それに唐揚げ?スタ丼?お土産にクッキーとあるが?」
チラシを隅々まで読んだらしい騎士がハンツに問いかけてきた。しかしながら、そんな内容はハンツがゴーレムから貰った時には書かれてはいなかったはずだ。
「それはおそらくダンジョンの前に立っていた宿屋で提供される料理のことでしょう。お土産のクッキーというのは……」
そこまで喋って、ハンツはふと違和感に襲われた。懐にしまっておいたチラシの辺りに何やら別のものが紛れ込んでいるのだ。回りに気づかれないようにそっと懐に手を入れるれば、確かに紙袋の手触りがあった。
「こちらです」
机の上にクッキーの紙袋を置いた。
「ほぉ、クッキーと?」
騎士が物珍しそうな顔をしたので、ハンツは躊躇うことなく紙袋を開けた。すると辺りになんとも言えない香ばしい香りと甘い匂いが漂った。
「どうです?美味しそうでしょう?」
そう言ってハンツはひとつ取り出し、自分の口に放り込んだ。一口噛めば口の中に軽い食感と鼻から抜ける甘い香りがした。
「うーん、なんとも軽い口溶けと品の良い甘さです」
ハンツがそう感想を述べると、回りから唾を飲み込む音が聞こえてきた。そこで出来るだけ冷静にハンツは言った。
「どうぞ、皆さんも召し上がってみてください」
それを合図にまずは騎士が袋に手を伸ばし、次にハンツの父親、それからギルドの職員たちが手を伸ばす。
「これは美味い」
「クッキー?これはクッキーと言う菓子?ですか?なんと甘い」
「おい、ハンツ。これしかないのか?」
そんなことを言われても、ハンツだって懐から取り出しただけで、なんの事だか分からないのだ。
「ええ、これだけです。ゴーレム様よりの頂き物ですからね」
ハンツがそう言うと全員が落胆の表情をしたが、騎士がすぐさまチラシに目をやった。
「このクッキーが銅貨1枚だと?」
どうやらチラシに値段が書いてあったらしい。それを聞いてギルドの職員たちが浮き足立った。
「ええ、そうです。とってもお安いでしょう?ただしダンジョンまで行かないと手に入らない品物なのです。何しろ販売しているのはゴーレム様ですからね」
ハンツがそう言うと、騎士は考え込むような仕草をしてそれから口を開いた。
「コレをもらっていって構わないか?」
「ええ、もちろんです」
ハンツはすぐに答えた。そして、こう続けた。
「ゴーレム様よりこのチラシをたくさんの人に配るよう仰せつかったのです。どうぞお城の皆様にもお見せ下さい」
そうして騎士の手にさらにチラシを手渡した。
「冒険者ギルドが調査をしているのだな?」
「はい。シュンゼルの街になります」
「そうか。礼を言う。私が責任をもって陛下にご報告差し上げよう」
そう言うと騎士は急いで帰って行った。ハンツはギルドの職員にもチラシを渡すと、父親の手を引いて急いで家路に着くのだった。
「ハンツ、ハンツ、説明をしてくれ。なんの事だか私にはサッパリ分からないぞ」
自宅に戻り、扉にしっかりと鍵をかけて父親はハンツを問いつめた。もちろん、ハンツだって説明をしたい。したいのだが、ハンツ自身があまりにも夢のような体験すぎてどこから話せばいいのかわかないのだ。
「まぁ、まずは座りましょう」
ただ事では無い夫と息子の雰囲気を察し、よく出来た商人の妻は2人を椅子に座らせた。そうして温かいお茶を出し、まずは落ち着かせる。本当なら買い付けから戻った息子の無事を祝いながらの夕食にするはずだったのだが、どうやらそんなことは出来なさそうだと素早く察したのだ。
「ふぅ、やはり我が家は落ち着くね」
ハンツは温かなお茶を飲み一息つくと、じっくりと母親の顔を見た。母親は何事かあったことを察しながらも、いつも通りの優しい顔でハンツを見ている。その隣に座る父親は、鑑定眼を使った疲れからなのか、若干ぎこちのない笑顔を浮かべていた。
そして、ハンツはキョロキョロと辺りを見渡し、しっかりと戸締りをされていることを確認すると、ようやく口を開いた。
「まずはコレ、父さんにはさっきギルドで見せたと思うけど」
そう言って懐から1枚チラシをだした。テーブルの上に置けば、父親が手に取り改めてその内容を確認する。横から覗き込むように母親もチラシを読んで、何やら小さく頷いているのが見えた。ダンジョンの事は商人からすれば専門外であるが、そこに書き足された宿屋の文字とその内容は見過ごすことが出来ないことが書かれているからだ。
「ねぇ、ちょっと」
母親は、隣に座る夫を肘でつつき、それからハンツを真っ直ぐに見つめてきた。
「順を追って話すから、よく聞いて欲しい」
ハンツはもう一度お茶を飲み、口の中をよく潤してから順を追って話し始めた。もちろん、街道で盗賊に追われたところからだ。
「つまり、なんだ、その……帰りはそのゴーレムがいたおかげで魔物はおろか盗賊にも襲われなかったと言うのか?」
「そうだよ。父さん。魔物避けの鈴を盗賊に追われた時に無くしてしまったんだ。だからシュンゼルのギルドマスターに助けを求めたんだけど、盗賊はおろか魔物も辺りに寄り付かなかったんだよ」
「自分の息子を疑うつもりは無いが、あまりにも突拍子もない。だが、このチラシの紙はかなり上質だ。それにあのクッキーと言う菓子は今まで食べた物の中で一番甘くて美味かった」
ギルドで食べたクッキーの味を思い出しているのか、父親は天井を眺め大きなため息をついた。
「あなたがそんなにも褒めるような物なら、私も食べたかったわ」
商人の妻であるから、珍しいものは誰よりも早く手に入れたいし見たいし食べたい。張り巡らせるアンテナの数は多ければ多いほどいいし、手に入れられる情報は多ければ多いほど武器になるのだ。
「ダンジョンに行けば買えるから、今度買ってくるよ」
「ええ、そうしてちょうだい。仕入れられれば売れ筋の人気商品になること間違いないわ」
母親がそう言って嬉しそうに笑うのを見て、ハンツは少し困ったような顔をした。どうも母親は肝心なことを聞いていないフリをしているようだ。
「母さん、忘れないで欲しいんだけど、ダンジョンにはゴーレムがいるんだよ。クッキーはゴーレムから貰った物なんだ」
それを聞いて母親の頬が軽くひきつった。
「でも、ゴーレムがいると言っても、せいぜい2.3体でしょう?」
母親は若干引きつった笑顔を浮かべながらも、楽観的なことを口にした。普通の魔法使いが同時に操れるゴーレムは3体が限界だと言われている。
「俺が見ただけでも3体はいたよ。それに……」
ハンツはゆっくりと呼吸し、覚悟を決めて口を開いた。
「ゴーレムの頭に数字が書かれていたんだ。俺と一緒に王都に来たゴーレムの頭には4と書かれていたよ」
それを聞いてハンツの両親は顔を見合わせた。母親の方が父親よりも白いかもしれない。
「ダンジョンの入り口に2体いた。宿屋にだっているだろう?クッキーをくれたのはゴーレムなんだからね。俺と一緒に来たゴーレムと、普通に考えて6体以上はいるんじゃないかな?」
「どうして6体以上になるのよ」
金切り声にも似た悲鳴のような言い方をしてきたのは母親だ。
「だって、母さん。ここを見て」
ハンツはチラシを指さした。
「風呂付きなんだよ。洗濯物してくれるんだ。それを担当するゴーレムもいるってことじゃないか」
母親は両手で顔を覆った。そんなにたくさんのゴーレムを一度に使役できる魔法使いとはどれほどの魔力の持ち主なのだろうか。考えただけで恐ろしかった。
「でも大丈夫。ゴーレムは悪いことをしなければ何もしてこないよ。現に俺を安全にこの王都まで送り届けてくれただけでなく、お土産にクッキーまでくれたんだから」
ハンツがそう言うと、母親は全身からちからを抜いて椅子の背もたれに寄りかかった。
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