第12話 トラブルは向こうからやってくる3


「これは香炉だった」


 騎士団の詰所に戻り、今しがた商業ギルドで鑑定された品物を無造作に机に置いた。もちろん、商業ギルドで書かれた判定書も付ける。


「それからコレだ」


 そう言って、マルコスは貰ってきたチラシも出した。同僚たちは香炉よりもチラシにくいついてきて、そこに視線が集中する。


「森でダンジョンが見つかったそうだ。シュンゼルの冒険者ギルドが調査をしているそうだが、居合わせた商人によると守護者がゴーレムらしい」

「ゴーレムだと?」


 驚く同僚を眺めながら、もう1枚チラシを取り出し懐にしまい込む。


「急いで陛下にご報告差し上げる案件だ」


 騎士はそう言い残し詰所を後にした。

 そうして場内の廊下を急ぎ足で移動すれば、ほかの騎士が声をかけてきた。


「よう、マルコス。遺跡でいい物でも出てきたのか?」

「ああ、ゴーレムが出た。森で、な」

「なんだって?」

「急ぎ陛下にご報告申し上げる」

「そうか、邪魔して悪かったな」


 そのまま軽く一礼をし、国王の執務室の前に立った。


「第一騎士団マルコス・ハッキネン、急ぎ陛下にご報告いたしたく参った」


 右手を胸に当てそう言うと、ややあって中から許可の声が聞こえた。どうやらまだ国王は執務室にいてくれたようだ。護衛の騎士が扉を開けると中か出てきたのは宰相で、マルコスは再び右手を胸に当てる。


「ハッキネン殿、よく来てくれた」


 中に入ると、そこに居たのは国王だけでなくいく人かの大臣も椅子に座りマルコスを見ている。どうやら軽い会議をしていたらしい。


「何事か」


 一番奥の机に座る国王が声をかけてくれたので、マルコスは右手を胸に当て口を開いた。


「森にゴーレムが、出現したとの報告が入りました」


 それを聞いて居合わせた大臣たちは顔を見合わせる。宰相に至っては軽く片眉を上げマルコスをにらみつける始末だ。


「して?」


 促され、マルコスは懐からチラシを取りだし宰相に渡した。宰相はそれを軽く見たあと、国王の机の上に置いた。国王はチラシには触れず書かれている文面に目を通しているようだ。


「商業ギルドのハンツという者が持ってきました。森にダンジョンが出現し、そこの守護者がゴーレムだとの事。そのチラシはゴーレムから渡された物だそうです」


 マルコスの報告を受け、国王はチラシを手に取った。指がチラシの紙質を確認するように動き、目線で宰相に合図を送った。


「コレを、ゴーレムが寄越してきた。そう申しているのだな?」

「はい。そしてそのチラシに書かれているクッキーなる物も渡されたそうです」


 マルコスがそう言うと、国王の視線が動きチラシに書かれた文字を追った。国の頂点に立つ国王にとっては大したことの無い金額が書かれてはいるが、政を行う身であるからには物の価値ぐらい承知してはいる。


「銅貨1枚、か。どのようなものであった」


 国王に問われマルコスは口を開いた。


「香ばしい香りのする菓子でした。軽い口溶けで甘く軽やかな舌触りが致しました」


 マルコスがそう答えると、違う方向から声がした。


「甘い菓子だと?庶民に砂糖が渡っていると言うのか」


 声を荒らげたのは主に貿易を管理する大臣だ。砂糖は貴重な輸入品でとても高価な品物であり、商業ギルド経由でなく国が管理して輸入しているのだ。


「ムサカ大臣違います。ダンジョンのゴーレムです」


 マルコスが慌てて否定するが、チラシを見ていないムサカ大臣はゴーレムを使役している魔法使いが庶民だと信じて疑わないのだ。


「落ち着けムサカよ。これを見れば納得出来る」


 国王に言われムサカ大臣は渋々マルコスの持ち込んだチラシを手に取った。


「っ、こ、これは……」


 手にした途端わかったのだろう。わかりやすいぐらいに驚いている。


「そんな上等な紙を使いチラシなどと言って配れる程のものを持っている。ということなのだな?」

「はい。すでにシュンゼルの冒険者ギルドが調査に当たっているとの事です」


 マルコスの報告を聞いて国王は顎を触りながら考えるような態度をとった。その様子を宰相を初め大臣たちは黙って見ている。


「騎士団も調査に当たるように。上質な紙を作り出す技術もさることながら、砂糖の出処が気になるところだ」

「かしこまりました」


 マルコスは右手を胸に当て返事をすると、すぐさま執務室質を後にした。マルコスが去った後、大臣たちは奪い合うようにチラシを手に取りその上質な手触りを確認しあった。そして、チラシに書かれた内容を読み大声で否定し合うのだった。


「すまんな。今日帰還したばかりで、明日からは森のダンジョンだ」


 詰所に戻ったマルコスは、同僚たちにそう告げた。だが、誰一人として文句を言うものはいない。なぜなら第一騎士団は、王命に従い行動する団だからだ。北の遺跡に行ってきたのは、王女が我儘を言ったからだ。珍しい骨董品が欲しい。などと言い出しから第一騎士団が派遣されたに過ぎない。


「全員で行く必要はない。既にシュンゼルの冒険者ギルドが調査に当たっているからな。邪魔をする訳にはいかないから、一個小隊で行こうと思う」


 マルコスはそう言って詰所に残っている団員を見た。残っているのは騎士団の寮に住んでいる者ばかりで、団長に至ってはとうに姿が見えなくなっていた。


「ここに書かれた場所に行くんだろう?」


 ダルそうな体勢で、チラシを片手に聞いてくる。


「ウィル、もう少し真面目に」

「そんなこと言われてもなぁ、クッキーとやらを食べたお前と俺とじゃ意気込みが違うだろうよ」


 ウィルはそう言ってチラシに書かれたクッキーの文字を指で叩く。


「おまけに随分と上質な紙じゃないか。こんなものを無料で配れるなんて、一体どんなダンジョンなんだよ」


 ウィルはそう言って含みのある笑い方をした。


「明日の朝、団員が集まり次第団長に指名してもらおうと思う」

「ほぉ、指名ねぇ……マルコス、お前は挙手するんだろう?」

「そりゃあ、陛下より直々に賜ったからな」


 マルコスがそう言ってニヤリと笑えば、ウィルもまた笑うのであった。

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