第25話 それは偉大なる魔法使い様
「なぁ、アレって、前からあったか?」
お試しダンジョンから出てきた冒険者が広場の隅に立っている像を見て言った。
「なんのことだよ」
言われた冒険者はそれとなしに目線を向ける。確かに広場の隅に随分と大きな像が立っていた。ダンジョンに潜る前にこの広場に定期馬車から降り立ったが、気持ちがダンジョンに向いていたため石の門しか見ていなかった。と言うのが事実で、あったかなかったかなんて今更聞かれても思い出せない。と言うより記憶にない。と言う方が正しかった。
「ほら見ろよ」
顎で示すようにしながら宿屋の方を見る。
「なんか宿屋も飯のスペースでかくなってねーか?」
「そういや、そうだな」
冒険者たちが見た先は、宿屋の食堂の部分なのだが、朝見た時と違い、広いウッドデッキのスペースが出来上がっていた。そこに並べられた席にはすでに客が座っていた。ほとんどが自分たちと同じような冒険者だ。
「俺らもあそこで飯食っていこうぜ」
ダンジョンから出てきた冒険者たちはそう言うと連れ立って宿屋に行ってしまった。ウッドデッキの入り口には一体のゴーレムが立っていた。
『いーらしゃいまーせー』
自分の腰ほどの身長しかないゴーレムではあるけれど、頭の後ろに数字が書かれていて、それが21とか知ってしまうと何やら恐ろしくなるというものだ。
「二人だ」
短いやり取りを告げると、ゴーレムに四人がけの席に案内された。基本は四人がけの席しかないらしい。
『ごちゅーもーんはーこーちらからーおーえらびーくーださーいー』
ゴーレムはそう言うとメニュー表をテーブルに置いた。どこから取り出したなんて考えてはいけない。それに、どこから出てきたのか、入り口にはすでに違うゴーレムが立っているのが見える。
「冷えたエール2個に唐揚げ盛り合わせ1個」
『りょーかーいでーすー』
ゴーレムは返事をすると何かを書き込むような仕草をしたが、厨房にオーダーを通すような行動はしなかった。冒険者たちは皆、そんなゴーレムを見て操る魔法使いを考えて声を潜めた。
『おーまーちどーさまー』
ゴーレムが銀色のトレイに山盛りの唐揚げと冷えたエールを乗せてやってきた。運んできたゴーレムの頭に書かれた数字は先ほどとは違っていた。
「くううう、うっめぇなぁ」
冷えたエールを飲み冒険者は揚げたての唐揚げを口にする。その光景はどこの席でも繰り広げられていて、最近は揚げた芋も人気があった。
「いやしかし、この揚げ物っていうのはなんでも美味いよな」
「ああ、カリカリに揚げられたチーズもたまんねぇ」
チーズはあるが、焼いてとかしてパンの上に乗せて食べるのが主流だった。そもそも揚げるという調理法がなかったため、ここで提供される料理が人気になったのだ。王都で真似をする料理屋は出てきたけれど、どこの店も唐揚げだけは作れなかった。それは高橋が鶏肉と呼んでいるコカトリスの肉がとても高価だからだった。似たような食感のツノウサギの肉は淡白で、味付けしやすいのだが、醤油がわからないため味の再現ができないのである。
ダンジョンから出てきた冒険者たちが本日最終の定期馬車の時間を気にし始めた頃、突然辺りに謎の音が響いた。
――ピンポンパンポーン
この音は高橋の記憶の中からゴーレムが引き出した音だ。高橋が日本で生きてきて、お知らせの放送がかかるといえば流れる音として記憶していた音階である。
『ご来場のお客様にお知らせいたします。明日。朝より新しいダンジョンがリリースされます』
この第一声を聞いて冒険者たちは浮き足だった。
『新しいダンジョンは地下50階、脱出ゲートは5階ごとに設置されております。なお、24時間ごとに内部はリセットされます。ダンジョン内で力尽きた場合、入手したアイテムは全て失われます』
その階層の深さを聞いて、冒険者たちは押し黙った。今まで潜っていたお試しダンジョンが10階までしかなく物足りなく感じていた冒険者たちであったが、さすがに50階は深いと感じたようだ。何より、24時間ごとに内部がリセットされるというのが厄介なことだった。今までのダンジョンは早い者勝ちで、しかも時が経つと風化して消滅してしまっていたのだ。
『新しいダンジョンではレベル制が導入されます。ダンジョン内で貯めたポイントによりレベルが上がります。貯めたポイントとレベルはお手持ちのカードに反映します。なお、力尽きた場合、レベルは半分になりますのでご注意ください』
このアナウンスを聞いて冒険者たちがざわついた。
『それでは、明日から新しいダンジョンをお楽しみくださいませ』
――ピンポンパンポーン
アナウンスが終わった後、冒険者たちは詳しい話を聞こうと一瞬ゴーレムを見たが、宿屋にいるゴーレムたちは何も言わずただ給仕をするだけだ。
「ダンジョンの入り口にいるゴーレムに聞いたらいいんじゃねーか」
「そうだよな。って、もう聞きに行った奴らがいるぞ」
まだ食事が終わっていない冒険者たちは、石の門の前にいるゴーレムに群がる冒険者たちを見た。早く聞いたところでなにか徳をするわけではないが、レベル制について早く情報が欲しいのは確かだった。
そうして食事を終えた冒険者たちは、石の門の前にいるゴーレムからチラシを順に受け取っていく。広場は魔道具の灯りで十分明るいため、誰もが食い入るようにチラシを読み込んでいた。
「今日は誰も乗らないのかぁ」
定期馬車の御者が大声で呼びかける。いつもなら我先にと乗り込んでくる冒険者たちが誰一人乗りに来ないのだ。
「明日から新しいダンジョンができるんだよ。帰ってる場合じゃねえよ」
興奮した様子で冒険者がそう言うのを聞いて、御者は驚いた。しかしながらどうしていいのかわからず、王都行きとシュンゼル行きの御者は顔を見合わせる。
『わーたしーがのーせてもーらいまーすー』
ゴーレムが突然現れそんなことを言ってきたが、さすがに御者は驚いた態度をするわけにいかず、若干顔を引きつらせながらもゴーレムを席に案内した。ゴーレムが渡してきたのは銀貨で、御者がお釣りを渡そうとするとやんわり断られた。
そうして定期馬車が目的地につくと、ゴーレムはチラシを1枚御者に渡し、あっという間に冒険者ギルドに消えていったのだった。
そうして朝になり、ダンジョン入り口の石の門はなんの変化も見られなかった。いつもの入り口に立つゴーレムが2体、並んで立っているからその前に自然に冒険者たちが集まっていく。
「最低でも5階まで行かないと出られねえんだろ?」
「死んだら何も残らねえしなぁ」
「レベル制ってーのが分かんねえ」
「んなこと言ったって、やってみなくちゃ、なんともいえねぇよ」
冒険者たちはそれぞれ自分の考えを口にするけれど、今までとシステムが変わることに不安を感じていた。だが、それを口にしたところで誰かが解決してくれるわけではないのだ。
「おい、なんか、ゴーレムの動きがおかしくないか?」
時間の経過はわからないけれど、何やらゴーレムがいつもとは違う動きをしだした。集まっている冒険者たちは期待に満ちた目でその先を見つめる。
「おい、ゴーレムが増えてねえか?」
「ああ、何体いるんだ?」
いつもなら2体しかいないゴーレムがいつの間にかに増えていき、何やら輪を作っていた。
「わ、わぁぁっ」
ゴーレムたちの輪の中に、ツルツルとした石でできた巨大な門が現れた。
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