第26話 ある意味予想通りの展開です


「あ、神像のセリフをインプットするの忘れてましたよ」


 順番にダンジョンに入っていく冒険者たちをモニターで見ながら、高橋は肝心なことを忘れていたことに気がついた。あれだけしっかりセリフを考えておきながら、アルトルーゼに台詞回しを試してもらってさえいなかったのだ。


「いえ、直接話しかけてみたいんです。よろしいでしょうか?」


 アルトルーゼが意外な申し出をしてきた。直接話しかけるなんてなんとも面倒なことをするものだ、と高橋は思った。


「直接ですか?いいですけど、設置した神像に冒険者がいつ気がつくかなんて、わかりませんよ?」

「はい。興味があるんです。人が、冒険者がどのような行動をとるのか。直接みて、話しかけてみたいんです。……その、私の声、届きますか、ね」


 最後の方で声が小さくなって、高橋は思い出した。アルトルーゼは一応この世界の神である。残念なことに神力が0で、全くこの世界の住人に認知されていない。そんな状態でも、神として声が届くのか。アルトルーゼは確認したいのだろう。


「わかりました。やりましょう。神像の周囲に魔法陣を敷いて、そのエリアに人が入ったらココに連絡が入るようにしましょう」


 高橋はモニターに神像を映し出し、仕様変更を入力していった。


「あ、外の広場のは除外、っと」


 高橋は急いで設定を作り上げると、ちらっと壁に取り付けてある時計を見た。時間はまだ早い。新しいシステムが運用されたダンジョンであるから、冒険者たちも駆け足で駆け抜けるようなことはしないと 信じたい。


「最初の一体は、どこに設置しましょうかね」


 高橋は中央のモニターにダンジョン内部を映し出した。さすがに1階のフロアに設置は考えられない。作りはおおむねお試しダンジョンと同じで草原を模したフロアだ。まばらに生えた木に、浅い川、乾いた土。天候は晴れ、時折乾いた風が吹く。配置したモンスターはスライム、ひとつのウサギ、巨大スライムにゴブリンの集落を設置した。ゴブリンの集落は巨大スライムと似たような意味を持たせた。

 小高い丘に小さな入り口を作り、内部をアリの巣のような作りにした。高橋のイメージとしては、プレーリードッグみたいなものだ。見張りのゴブリンにちょっかいを出すと、中から沢山のゴブリンが出てくると言う仕掛けにした。何もしないで通り過ぎれば、見張りのゴブリンは中に引っ込むと言うわけだ。


「お任せします。私には何も思いつきませんから」


 アルトルーゼは映し出される冒険者たちを食い入るように見つめていた。ある程度の実力がある冒険者は、装備も充実しているためスライムは一撃で倒せるようだ。だがしかし、スライムを倒してカードを確認すると、落胆した。それはそうだろう。スライム一匹を倒して得られる経験値は1ポイントだ。パーティーを組んでいたら得られる経験値は小数点以下なのだ。


「じゃあ、ここは心理戦でいきますか。4階に設置しましょう」

「4階ですか。でも、なぜ?」


 アルトルーゼがわかりやすく小首を傾げたので、高橋は自分の考えを口にした。


「まず、5階には脱出の魔法陣があることを冒険者たちは知っています。だから4階で全回復か脱出の二択を選ばせれば大抵は全回復を選ぶでしょう」

「そうですね」

「でも、それは余裕があれば、の話です。2階は罠が配置された迷路、3階が洞窟、そして4階はジャングルにしました。これがポイントなんです。視界が悪い上に蒸し暑い。ファンデールは比較的温暖な気候で過ごしやすい国です。湿度が高く肌にまとわりつくような空気にはなれないでしょう。俺のいた日本という国は四季がはっきりしていて、特に夏前の梅雨という季節は最悪なんです。湿度が高くて雨の日が何日も続くんです。不快指数なんて言葉のあるぐらいでしたからね。森は知っていてもジャングルは知らないでしょう?出てくるのは見知ったモンスターでも、知らない空気感は心理的な負担が大きいはずなんです」


 力説する高橋をアルトルーゼは黙って見つめ、そして頷いた。人が精神的に脆いことぐらいアルトルーゼはよくわかっていた。些細なことで争い、騙し、騙され、優位性を求めて足掻く。互いに足りない部分を補い合えばいいものを、奪い合った。


――ピーンポーン


部屋の中に軽やかな音が鳴った。


「誰かが来たようですね」


 高橋がそう言ってモニターを見た。左側のモニターに悲壮感あふれる女性の冒険者が映し出された。



「なになに?なんなの?誰かいるの?」


 周囲を警戒しつつ声の出所を探しているようだ。


「マール、なに?」


 こめかみ辺りから血を流しているせいなのか、片目が開いていない。


「ニック、誰かの声が聞こえたの」

「誰か?俺たち以外に誰かいるのか?」

「わかんないの。気配を感じられないんだけど、でも声がきこえたのよ」


 マールはニックを抱きかかえたまま辺りを気にしていた。見慣れた森とは違い、重たい空気が肌にまとわりついて不愉快この上なかった。おまけに急に雨が降ってきて、視界が悪くなった時、背後からグレーウルフに襲われた。弓使いのニックがとっさに庇ってくれたからマールはケガをしなかったが、倒れたニックは頭から血を流していた。魔法で目くらましの光を放ち、目に付いた茂みに身を寄せた。視線を低くしたからこの穴の入り口に気がついたのだ。


「先客がいたの?」

「アン、声がきこえたのよ」


 革鎧をまとったアンが入ってきた。目立つケガは見当たらないが、だいぶ疲労しているのがみてとれる。


――選びなさい、脱出か回復かを


 今度はハッキリと声が聞こえた。


「まって、これって」


 マールとアンは顔を見合わせた。魔法陣は見当たらないがここは脱出ゲートなのではないだろうか。マールは膝に抱えたニックを見た。全身ずぶ濡れで、こめかみから血を流し、息遣いは随分と洗い。倒れたから体には泥が付いていた。


「どうしたんだよ」


 茂みに隠れた仲間が動かないので、しびれを切らしてやってきたのはこのパーティーの4人目のメンバーだった。


「カイ、グレーウルフは?」

「この雨で毛皮が濡れるのが嫌だったんだろう、いなくなった」

「じゃあ、雨がやんだら血の匂いでここがバレるわね」


 マールがそういうと、カイは怪訝そうな顔でニックを見た。


「なんだよ、ケガしてんのかよ」


 手持ちにはもうポーションはなかった。いくつか見つけた宝箱には銀貨はあったが回復系のアイテムは入ってはいなかったのだ。


「ニックはあたしを庇って」


――選びなさい、脱出か回復かを


 言い争いに発展しそうな時、再び声がした。


「な、なんだよ。俺たち以外に誰かいんのかよ」

「わからない。でも、ここに入った時から繰り返し聞こえるの」


 頭を左右に振りマールが答えた。


「じゃあ、回復しようぜ」


 カイがそういうと、マールとアンは驚いた顔をしてカイを見た。


「なんだよ。ニック、ケガしてんじゃん。回復してやんないと可哀想だろ。そんで、雨がやんだら5階に行こうぜ」


 カイがそう言うと、アンがカイの洞窟への侵入を塞いだ。


「何言ってんのよ。脱出するに決まってんでしょ」


 アンの言葉にマールも無言で頷いた。


「はぁ?回復できんだぜ?回復して先に進むに決まってんじゃねーか。俺ら冒険者だろ?なに日和ってんだよ」


 カイの言葉に激しく反応したのはアンだ。


「はぁ?日和ってる?あんたバカじゃないの?5階に行く?どうやって?階段でも見つけたの?で?5階に行ってどうするの?ここより強いモンスターがいるんだよ。脱出ゲートがどこにあるかもわからないって言うのに、あんた何言ってくれちゃってんのよ」


 いつもと違う強い口調で言われてカイは怯んだ。だがしかし、視界に入ったニックを見て再び口を開いた。


「ニックが、ニックがかわいそうだろ。ケガしてんだぜ、早く治してやらないとかわいそうじゃねーか」


 そう言われてアンはニックを見た。たしかにこめかみから血を流す姿は痛々しい。


「脱出すれば宿屋でポーションが買える」


 ニックを抱えたままのマールが口を開いた。


「そりゃ、そうだろうけどさ」

「そうなのっ、脱出すればニックは治るの。あたしはニックを助けたい。だから脱出するのっ」


 マールが叫ぶように言うので、カイは怯んだ。


「あたしも、脱出に賛成」


 アンが強い意志を持った目で言った。


「だ、だから回復できるじゃねーか。だって、すぐに回復してくれんだろ。ニックのためだよ」


 カイは必死で説得を試みるが、アンには睨みつけられ、マールは膝に抱いたニックから目線を外そうともしない。


「……もう、恐いのはたくさん」


 マールがポツリと言った。


「恐いのは、もう嫌なの。魔法のスキルがもらえたから、みんなと冒険者になった。カイとアンの後ろから魔法を撃てばよかったし、ニックが弓で援護してくれたから、心強かった」


 マールの手がニックの髪を優しく撫でた。


「でも、本当は、恐いの嫌だったの。このダンジョンなら死なないからって、カイが言ったから、だから来たの。でも、でも、やっぱり恐いんだもん。どこから襲われるかわかんないし、死なないいていっても、痛いんだもん。痛いし恐いし、もお嫌なのぉ」


 マールはポロポロと涙をこぼした。そのこぼした涙がニックの上にこぼれ落ちる。


「あたしも、もう冒険者をやめたい。だって女の子だもん。食堂とか雑貨屋なんかで働きたいよ。命がけでお金稼ぐの、正直しんどい」


 アンが静かにそう言うと、カイは決心したように口を開いた。


「じゃあ、解散だ。幼馴染パーティーは今日でおしまいだ。お前たちは脱出しろよ。俺は5階をめざすから」


 言われてアンは静かに頷いた。そうして振り返り、像に向き合った。


「土台に名前が彫ってある。アルトルーゼって言うんだ。この人」


 そうして一度アンを見て、カイを見る。


「冒険者ギルドには、一緒に手続きに行こうね」

「ああ」


 カイの短い返事を聞き、アンはアルトルーゼの像に向き合った。


「アルトルーゼ、あたしたちは脱出を選びます。どうか地上にだしてください」


 アンがそう口にすると、あたりが眩しい光に包まれた。思わずカイが目を閉じる。そうして光が収束した後、カイがそっと目を開くと、そこには薄暗い洞窟があるだけだった。

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