第27話 そんなことってあるんですね
モニターには一人残されたカイの姿が映し出されていた。アルトルーゼを模した神像が叶えるのは一つだけだ。一人一つではない、一つの像が叶えるのが一つだけなのだ。だから、パーティーの願いである脱出を叶えて像は消えたのだ。カイの乾いた笑い声と雨の音が聞こえる。
「これでいいのでしょうか」
アルトルーゼはモニターを眺め呆然としていた。これは小さな戦争だった。人々の諍いの縮図だ。幼馴染が一緒に生まれ育った村を出て、パーティーを組んで冒険者となった。そうして力を合わせて頑張り、冒険者のランクを上げていったのだろう。安定してきたとき、ダンジョンが出現した。一攫千金を狙うカイと安定を欲するマールとアン。気絶していたニックの本心はわからないけれど、誘われたからついてきたのだろう。手持ちの弓が木製だった。カイとアンの剣に魔法の付与があったのに、ニックの弓にはついてはいなかった。パーティー内で一歩引いた存在だったと推測すると、おそらくニックも戦うことはそんなに好きではないだろう。
「そう言う仕様ですからね」
高橋はこともなげにそう言うと、アルトルーゼにそっとコーヒーを差し出した。
「ありがとうございます」
熱いコーヒーを一口飲んで、アルトルーゼは落ち着いたのか、もう一度モニターに目をやった。
「彼女は私の名前を呼んで祈ってくれました」
「そうですね」
「まずは一人、でしょうか」
「そうですね。ダンジョンから脱出した先は広場の像の前になりますから、その辺で関連性に気づいて貰えればいいんですけどね」
「地味ですねぇ」
「最初の一歩が肝心なんですよ」
「そうですね。私への信仰心0ですからね」
アルトルーゼは力なく笑い、残りのコーヒーを飲み干した。砂糖もミルクも入れていないコーヒーはやはり苦かった。
「昼飯食べますか?日本で人気の食べ物で、こちらで再現が出来るオムライスなんですけど」
「オムライス?」
「そうです。オムライス。オムレツっていう卵料理をライスの上に乗せる。というか包む料理ですね」
「卵、高橋さんは卵がお好きなんですね」
「俺って言うか、日本人が卵が好きなのかもしれませんね。カツ丼親子丼は卵でとじてるし、卵かけご飯も流行ってたなぁ。専用の醤油が売られていたぐらいですからね」
「そうそう、天津飯も美味しいんですよねぇ。でも、今日作るのはオムライスです。チキンライスをふんわり卵で包みますよ」
そう言って高橋は台所に向かった。保存庫から炊けたご飯と玉ねぎ、鶏肉を持ってきて、石人形に卵を4個お願いする。トマトケチャップに塩コショウでご飯と小さく切った具材を炒める。石人形がミノタウロスから絞った牛乳から作ったバターを入れて風味をつけて、二等分しておく。卵を2個といて、熱したフライパンに流し込んだら軽く混ぜ、真ん中に炒めたご飯を半分乗せる。そこから軽く手首を使って卵を折り込んで、ご飯を卵の中に包み込む。
「あ、ご飯が多かった」
高橋は慌てて皿をフライパンに押し当てた。
「このまま皿に落とし込めば隠れるから大丈夫」
何とか手首を返してオムライスを皿に乗せることが出来た。そうして2個目も同じように作り、皿をテーブルに並べた。家庭科で習った簡単なドレッシングを作り、緑色の野菜と混ぜ合わせる。ベーコンと玉ねぎで作った簡単なスープを添えて出来上がりだ。
「出来ましたよ。さぁ、食べましょう」
2人?仲良く食べ始める。ダンジョンは24時間でリセットされるから、次に神像が出現するのはまだ先だ。トマトケチャップをちびちびとかけながら食べるオムライスはなんだか、新鮮だった。
「いやぁ、高橋さんの作る料理は美味しいですね」
「そうですか?ありがとうごいます。卵料理好きなんですよね」
「これは卵料理というのですか」
感心しながらオムライスを食べるアルトルーゼは、神様なのにイマイチ物の名前が分かっていないようだ。
「俺は卵って、呼んじゃってますけど、コレはコカトリスの卵なんです。だからこの世界の人には馴染みはないと思います」
「コカトリス、って、あの鳥の魔物ですよね?でもここで飼育してましたよね?」
「石人形に頼んだら飼育出来たんです。俺はこのダンジョンから出られませんからね」
「そうでしたね。申し訳ないです」
アルトルーゼが頭を下げるが、それは今更だった。高橋だって今更ダンジョンの外に出たいだなんて思わないのだから。
「いいんですよ。今更ですけど、言葉が通じなかったらどうしようって思うし、魔物を倒せる自信はないし、ココに飛ばされて良かった。って、思っているんですよ」
高橋にそう言われてアルトルーゼはホッとした顔をした。そうしてオムライスを平らげると、食後にコーヒーを飲み、石人形の作ってくれたふわふわのパンケーキを食べた。
「ダンジョンも無事に稼働して、魔素がいい感じで消費されています。これなら10年以内には私の神力がこの世界に届くようになりそうです」
「それは良かった」
アルトルーゼはそう言いながらも、名残惜しそうな顔をして立ち上がった。
「神界からモニターを通して言葉を伝えるようにします」
「分かりました。信仰心の回復頑張ってくださいね」
高橋とアルトルーゼは固く手を握りあった。アルトルーゼはやはり神なので、神界に戻らなくてはならないのだそうだ。
「たまにはこちらに来ますので、その時はまた高橋さんの美味しい料理を食べさせてくださいね」
「もちろんです」
握りあっていた手を離し、アルトルーゼは神界に戻るための神力を出した。そうしてふわりと体を浮かせると光となって高橋の目の前から消えてしまった。
「帰っちゃった」
これでまた高橋は広いダンジョンにひとりぼっちになった。
「ま、石人形が沢山いるから話し相手は豊富なんだけどね」
そう言って、高橋が振り返り家の中に入っていくと、背後からものすごい音がした。
ズッドーーーーン
「な、なんだ?」
高橋が驚いて振り返ると、そこにはアルトルーゼが落ちていた。しかも若干地面にめり込んでいる。
「……なん、で?」
驚きすぎて固まる高橋に、何とか地面から顔を出したアルトルーゼは、非常に気まずそうにこう言った。
「信仰心が0だと神力が使えないみたいです。私、ダンジョンから出られませんでした」
あんぐりと口を開ける高橋と、文字通り石のように動かない石人形に向かってアルトルーゼは正座をして向き合った。
「そんなわけで、もうしばらくこちらでご厄介になりたいと思います。何卒よろしくお願い致します」
神が土下座をしたのだった。
「あ、はい。分かりました」
思わず即答してしまった高橋に、アルトルーゼは満面の笑みで近づいて、先程とは違う意味で高橋と固い握手を交わした。
「それでは私の事は気軽にアルと呼んでください」
「は?え、いや、それはさすがにまずいでしょう。神様なんだし」
「いやいや、神力も使えない信仰心0なんですよ。私」
「あーでも、やっぱり呼び捨ては……」
高橋はこんなところで日本人気質が出てしまっていた。先の大戦が300年ぐらい前とか言っていたような気がするから、それだけとっても長生きだ。どう考えても高橋の倍の倍の倍の倍の、ってぐらいには年上だろう。
「でも、私はここでご厄介になる立場ですから」
グイグイ来るアルトルーゼに高橋は困ってしまった。さて、どうすればいいものか。欧米だと名前を簡略化してあだ名を付ける習慣があるらしいが、日本人である高橋にはその法則が分からない。日本人の得意技は名前を省略することだ。アルトルーゼである。略してみよう。
「じゃ、じゃあアルさん、でどうでしょう」
高橋のギリギリのラインである。
「分かりました。では私は高橋さんのことをなんと呼びましょうか?」
「え、俺の事?」
「高橋さんは、高橋始ってお名前でしたよね」
「あ、高橋は苗字なんですよ。ファミリーネームって言えば分かります?始が俺の名前で、高橋は家族の名前って、やつです」
「そーだったんですね。それはそれは、では、はじめん、と呼びましょう」
「は、はじめん?」
字が増えてる。
「そうです。私がアルさ
どこかあやしいアクセントに高橋は言葉を失った。なにか、なにか盛大な勘違いをされているようだ。
(ぜがさに変換される法則とかあるのか?いや、俺その手のことわかんないからな。無理に突っ込むのはやめておこう。大丈夫、今更だ。素直に受け入れよう)
高橋は決心し、そうして笑顔でアルトルーゼを見た。
「アルさん、これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。はじめん」
こうして改めて固い握手を交わしたのであった。
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