第14話 トラブルは向こうからやってくる5


「ああ、またなくなってしまったよ」


 ハンツは空になった袋を眺めて大きなため息をついた。昨日は何とか1枚口にすることが出来たけれど、今日は1枚も口にすることが出来なかった。


「はぁ、大見得切って喋るんじゃなかった」


 ハンツは食べてもいないパンケーキを、あたかも食べたかのように説明してしまったことを悔やんだ。なぜならクッキーを口にした冒険者ギルドの職員たちが、口々にパンケーキについて思いを寄せてきたからだ。おまけに冒険者たちからはダンジョンのチラシをよこせと詰め寄られ、懐に入れて置いたチラシを全て取られてしまったのだ。

 その後はギルドマスターが何とか収めてくれたから、何とかなったと思いたい。既に精神的に疲れ果ててしまったハンツであるが、そのまま商業ギルドへとフラフラと向かった。


「あら、ハンツさんじゃない」


 顔見知りの職員がハンツに気づき、奥へと案内してくれた。商業ギルドはまだ営業時間では無いから、いるのは職員だけで、昨日のことを知っている職員が大慌てでハンツに駆け寄ってきた。


「ハンツ、ハンツ、昨日のことを詳しく話してくれないか」


 肩を掴まれ揺さぶられ、ハンツは若干辟易したが、ここに来た目的を思い出し顔を引きしめた。


「そう、昨日の事で、お話があるんです」


 ハンツがそう言うと、ギルドマスターがニヤリと笑った。

 営業時間前の商業ギルドであるから、いるのは職員だけで、とても静かだ。昨日いなかった職員も話は聞いたらしく、興味津々な面持ちだ。


「先程冒険者ギルドに行ってチラシを配ってきたんです」


 ハンツは静かに話し始めた。商業ギルドの職員たちは静かに聞いて時折メモをとる。チラシを全て取られてしまった事をハンツが悔やんだその時、懐からカサっと言う音が聞こえた。ハンツが恐る恐る手を入れれば、そこには無くなったはずのチラシの束か入っていた。


「どうぞ、こちらのチラシをご覧下さい」


 職員たちはいっせいにチラシを見た。足りないところは2人で1枚だ。


「先程、冒険者ギルドでお土産のクッキーを配ってきたんです」

「なんだよ、ここには無いのか」


 すかさず職員が文句を言ってきたが、今度は懐で音はしなかった。やはり昨日配った後だからだろう。


「昨日はあったんですけどねぇ」


 ハンツがそう言うと、昨日クッキーを食べた職員はいっせいに目を逸らした。


「まぁ、それはともかくですね。冒険者ギルドの職員たちがダンジョンに興味持ったんですよ」

「クッキーでつったんだろう?」

「ええ、まぁそうなんですけどね。冒険者たちはもれなくダンジョンに挑むと思うんです。何しろ宿屋がありますし、風呂もありますからね」


 ハンツの話を聞いて、職員たちは頷く。


「ですから、馬車の定期便を運行したら儲かると思うんです」

「そんなのは元からシュンゼル行きが出てるじゃないか」


 誰かがそんなことを言ってきたが、ハンツは首を横に振った。


「それじゃダメです。シュンゼル行きは1日1便しかないでしょう?冒険者は朝早く行きたいかもしれないけれど、この宿屋名物のパンケーキを食べたい一般人はそんなに早くは出られない。それに、ダンジョンに潜った冒険者は夕方頃に帰ってきたいでしょう?歩いていくになちょっと遠いんですよ、ここ。だって馬車でも5~6時間はかかるんですから」


 ハンツの説明を聞いてギルドマスターが深く頷いた。


「ダンジョンはシュンゼル寄りにありますから、シュンゼルの冒険者はまぁ、頑張れば歩いて行けるかもしれません。でも、ダンジョンに潜った後に歩いて帰りたくはないでしょう?定期便を出せば宿屋目当ての一般人が乗るし、冒険者も乗ってくれると思うんです。そうなれば持ちつ持たれつ、護衛を雇う手間が省ける」

「なるほど、そいつはいい案だ。温泉目当ての小金持ちも利用するだろう」

「さすがはギルドマスターですね。チラシをよくお読みでいらっしゃる」


 ハンツがそう言うと、ギルドマスターの合図で職員たちが動き出した。


「余ってる馬車なんかないわよね?」

「流しの馬車を回せばいいのよ」

「そうだ。客が増えたら新しい馬車を用意すればいい。まだダンジョンは調査中らしいからな」

「宿屋はやってますよ。ギルドマスター」

「まだ一般にはこの話は出回ってはいないんでしょう?」

「昨夜城の騎士団にもこのチラシが渡っているんだ。今頃耳ざとい貴族がお抱えの冒険者を派遣しているかもしれないんだぞ」


 蜂の巣をつついたかのようにギルドの中が慌ただしく動き出した。遺跡とは違い、ダンジョンから出てくる品は想像がつかない。それに備えて鑑定眼のスキルを持った職員のシフトを見直さなくてはならないのだろう。

 ハンツは忙しくなった商業ギルドを後にした。まだ朝食を食べていなかったからお腹がすいていたのだが、どうにも疲れてしまい、途中の屋台でハサミパンを買い、食べながら家路に着いた。


「ただいま、父さん」


 店から入れば、昨日ハンツが持ち帰った品を父親が鑑定していた。


「おお、おかえりハンツ。なかなかいい仕事をしてきたな。どれも状態がいいよ」

「それは良かった。盗賊に追われて馬車を走らせたから、壊れてやしないか心配だったんだ」


 改めて昨日持ち帰った品を見てみれば、どれも状態が良かった。ハンツはひと安心すると、キッチンに行きお茶を入れようとした。するとそこに母親がやってきて、ものすごい剣幕でハンツを怒鳴りつけた。


「どういうことなの!ハンツ」


 急に怒鳴られてハンツは驚いて呆然と母親を見た。母親はどうやら外から帰ってきたところらしい。


「どうしたんだ、お前。店にまで声が聞こえたぞ」


 父親が店からキッチンにやってきて、大きな声を出した母親を窘める。


「だって、あなた聞いてちょうだい。ハンツったら、私にはクッキーをよこさなかったくせに、冒険者ギルドではギルド穣たちに配ったって言うのよ」


 どこで聞きつけたのか、母親の情報網は早かった。ただ、ハンツが配ったのはギルド穣ではなく冒険者ギルドの職員たちだ。


「なんだって?ハンツ、昨日はもうないと言ったじゃないか。親に嘘をつくなんて」

「昨日はなかったんだ。でも、冒険者ギルドに行ったら俺の懐にクッキーの袋が現れたんだ」

「まぁ、親に嘘をつくなんて!許せないわ!」


 ハンツの言い訳を聞いて母親は逆上した。まさに食べ物の恨みはなんとやら、の状態だ。こうなると手が付けられないことはよく分かっているから、ハンツは母親の手を交わしキッチンから逃げ出した。


「母さんにクッキーを配ってもなんの得にもならないからね。冒険者ギルドの職員に配れば冒険者たちを焚き付けてくれる。商業ギルドの職員だって、ダンジョンまでの定期馬車を出すことを決めてくれた」

「まぁ、なんですって!母親を損得で対応するなんて、なんて息子なの!」


 金切り声に似た耳障りな声を聞き、ハンツは耳を塞いだ。


「母さんが食べたところでせいぜい近所のマダムに自慢するだけで、そのマダムたちは自分も食べたいからと俺に買ってくるよう言うだろうね。そんなの全く利益を産まないじゃないか」

「な、な、な、なんですってぇぇぇぇ!」


 今度こそ絶叫に近い声を出し、母親がハンツを捕まえようと手を伸ばしてきた。父親は危険を察して壁に背中を押し付けている。ハンツはそのまま外に逃げ出そうとした時だった。


「こーれはこーれはーおとりこみちゅーでーすねー」


 間延びした声がして、母親の目の前にゴーレムが現れた。


「ひっ……ひいぃぃぃぃ」


 ハンツを捕まえようとしていた母親は、1つ目玉のゴーレムを見て、今度は引きつった悲鳴を上げたのだった。

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