第15話 トラブルは向こうからやってくる6


「そ、粗茶にございます」


 ガタガタと震えながらハンツの母親は1つ目玉のゴーレムにお茶を出した。もちろんゴーレムがお茶を飲むかなんて分からないけれど、とりあえず失礼のないようにしないといけないとは思ったらしい。

 ゴーレムはカップを手にして、じっと見つめ、だいぶ経ってからこう言った。


「これはーグアバナさんのーおちゃーでーすねー」


 飲みもしないのに産地を言い当てられて、母親は驚愕の眼差しでゴーレムを見た。話には聞いたことがあるけれど、ゴーレムを見たのは初めてで、実物を見てようやくソレが恐ろしい存在なのだと理解したところだ。

 突然目の前に現れ、しかも喋る。ゴーレムを操っていると言われる魔法使いの存在はどこにも見当たらない。噂では同時に操れるゴーレムは3体が限界だと聞いている。だが、目の前に現れたゴーレムの頭には、4と言う数字が刻まれていた。おまけに、ゴーレムを見るとなんだか気分が落ち着かないのだ。何か言いようのない恐怖が腹の底から湧き上がってくる。そんな感覚に襲われる。


「ちーらしをーたーくさんくーばっていーただきーあーりがとーでーすー」


 ゴーレムがそう言ってハンツに向かい頭を下げた。母親はその光景を立ったまま見つめていた。父親は、ハンツの隣で青い顔をして見ている。ハンツと言うと、ゴーレムが頭を下げるのに合わせて自分も頭を下げていた。


「こちらこそ、お土産のクッキーをありがとうございます」


 ハンツがそう言ったので、母親は震え上がった。ついさっき、自分の分がなかったとハンツを怒鳴りつけてしまったからだ。もしかしなくても、それを聞いてゴーレムがやってきたのかもしれない。そう考えると母親は知らず体が震えた。


「クッキーはーやくにーたったーよーですねー」


 要所要所でクッキーが出てきたおかげで、ハンツはとてもスムーズに説明が出来たので、やはりどこかからゴーレムが見ていたのではないかと肝を冷やした。


「はい。おかげで交渉がスムーズに進みました。ダンジョン行きの定期馬車も出ることが決まりましたので、冒険者たちが大勢ダンジョンに行くことになるでしょう」

「そーれーはすーばらしーでーすー」


 ゴーレムは椅子の上でくるりと一回転した。多分全身で喜びを表現しているのだろう。どうしていいのか分からず、ハンツと両親は手をたたいた。それに気を良くしたのかは知らないが、ゴーレムが両手を上げて、何やら念じるような雰囲気を作り出した。


「こーちらーをどーぞー」


 ゴーレムの手が何やら皿を持っていて、それをテーブルに置いた。


「おーれいのーパンケーキでーすー」


 白い四角いさらに丸いふっくらとした黄色のパンケーキが乗せられて、艶のある蜜がかけられていた。縁取りに黒や赤の木苺が飾られてなんとも可愛らしい見た目をしていた。


「……パンケーキ」


 唾を飲み込む音が聞こえ、母親が呟いた。皿の上のパンケーキは微かに揺れているように見える。


「どーぞーめーしあーがれー」


 ゴーレムに言われハンツは渡されたフォークとナイフでパンケーキを切り分けると恐る恐る一口を口に入れた。


「!!っう、うまーい」


 ハンツは口の中に入れたパンケーキを飲み込むと、絶叫した。柔らかくふわふわとした食感にスッキリとした蜜の味、そうして木苺の甘酸っぱさがとてもいいアクセントになっていた。


「と、父さんも食べて」


 慌ててフォークとナイフを父親に渡すと、父親も急いで口にした。


「こ、これは、なんと柔らかく甘い……」


 父親は呆然としながらも、母親を手招きで呼びフォークとナイフを手渡した。母親は立ったまま震える手でパンケーキを口に運んだ。この際行儀の善し悪しはほっておくことにする。目の前にいるゴーレムが恐ろしいと思わない訳では無いが、この見た事のない不思議な食べ物パンケーキの誘惑には勝てなかった。


「な、なんて素晴らしい食べもなんでしょう!まるで綿のような柔らかさ、密ははちみつとは違ってスッキリとしてしつこくない甘さだわ。色違いの木苺だって程よい酸味と甘さがあるわ」


 母親は二口目も食べようとしたけれど、そこはゴーレムを見て一歩後ろに下がった。


「あるじーがーよーろこんでまーすーのこさずどーぞー」


 ゴーレムに勧められ、母親はまたパンケーキをひとくち食べた。ついで父親が食べハンツも食べる。おかしな遠慮をしながら食べたせいで、パンケーキが変な風に残ってしまった。ハンツは母親にフォークを渡した。母親は無言で頷き残りを口の中にかきこんだ。目の前ゴーレムは恐ろしい存在だが、食べ物に罪は無い。ゴーレムと同じように突然現れたが、間違いなく自分たちの口に入りとても美味しかった。


「ご、ご馳走様でした」


 母親がフォークを置くと、ハンツも持っていたナイフをさらに置いた。ゴーレムがその皿を手にするとあっという間に消えてしまった。


「そーれでーはーこーれーにーてーまたのーおーこしをーおまちーしーておりーまーすー」


 そう言い残しゴーレムはハンツ親子の前から消えてしまった。

 目の前で起きた摩訶不思議なことに、しばしハンツ家族は呆然とし理解出来ないでいた。


「ごめんくださーい!」


 店の扉を叩く音と、やたら大きな声が聞こえて3人は我に返った。


「あ、ああ、はーい」


 父親派慌てて返事をすると、椅子から立ち上がり店へと小走りに消えていった。そうしてやって来た客に口元が汚れていることを指摘され、あの出来事が夢でも幻でもない事を理解した。


「母さん」


 店から聞こえるやり取りを聞きながら、ハンツはまだぼんやりとしている母親の肩を掴んだ。


「な、なぁに?」


 飲み込む唾がまだ甘いと、母親はまだどこか遠くにいるような面持ちをしている。だからこそ、ハンツはいつもより強い口調で言った。


「このことは誰にも話してはいけないよ」


 息子からの意外な申し出に母親は難度も瞬きを繰り返す。


「うちにゴーレムが来てパンケーキをご馳走してくれた。なんて近所のマダムたちに自慢するつもりだったのかい?」

「………………」

「そんなことしたらとんでもない騒ぎになるからな。いいかい母さん、よく聞いて。ゴーレムは魔法使いが使役するものだ。それが我が家に現れた?そんな事を言って回ったらどうなると思う?騎士団から目をつけられて他国の間諜だと疑われるんだよ」

「そんなこと……」


 母親は否定しようとしたが、息子の顔がいつもまるで違っていることに気づき口を閉ざした。


「それに、パンケーキを食べたことを自慢して、それを聞き付けた人たちに自分の分も持ってこさせろ。と言われたら?母さんはあのゴーレムを呼び出せるの?それこそ大問題だ。ゴーレムを呼び出せる店?そんな危険な店が王都で営業できるわけないだろう。家族全員がお縄になるよ。あのゴーレムがダンジョンから来たと証明できても、そもそもダンジョン自体が謎に包まれているんだ。ダンジョンは大きな利益を生み出すけれど、同時に国から監視されているんだ。中に何が潜んでいるか分からないからね」


 息子の言葉を聞いて、母親はただ頭を振るだけだった。


「でもね、母さんがパンケーキを食べたことを自慢してほしいんだよ」


 息子の申し出に母親は驚き目を見開いた。今しがた、誰かに話せばお縄になると言ったではないか。


「母さんも俺と一緒にダンジョンに行ったことにすればいいんだよ。今朝早くに行ったことにしよう。俺が冒険者ギルドに行った後、母さんが我慢できなくて出かけたことにしよう。父さんは一人で留守番だ」

「そ、そんなこと……」

「できるよ、だって今日はまだ母さんは近所のマダムたちと顔を合わせてはいないだろう?父さんに口裏を合わせて貰えばいい」


 母親は息子の言うことを聞いて首を振る。

 ハンスはそっと店の様子を伺うと、客がいないことを確認して父親を呼んだ。そうして事の次第を説明した。ゴーレムから不況を買わないためにはとにかくダンジョンを宣伝するしかない。ハンスはそう考えたのだ。


「誰かに見つかるとまずいから、倉庫に行こう。窓もないから覗かれる心配もない。俺が見たダンジョンの話をよく聞いて、ね?母さん」


 そうしてハンスは倉庫に母親とこもり、あれこれ説明をした。滞在時間は短かったけれど、そこは商人の観察力である、割と詳細に覚えていた。石造りのダンジョンの門、一つ目玉のゴーレムたちに木でできた別荘のような外観の宿屋。馬をつなぐ場所もちゃんとあったし、温泉があると言うだけあって、建物の裏手には湯煙が上がっていたのを覚えている。


「シュンゼルの街の冒険者ギルドのマスターが来ていたんだ。彼らはゴーレムと話し込んでいた。調査するより早く情報が回っているだろうね。だからこそ、ダンジョン産のアイテムをいち早く取り扱えるようにしないといけない」

「でも、それって」


 なんだか話が大きすぎて母親は恐ろしくなってきた。最初はちょっとクッキーというものが食べてみたかっただけなのに。


「ダンジョンまでの定期馬車が運行される。その時に近所のマダムと行けばいい。現地では『あら、前に来た時と雰囲気が変わったわね』とでも言えばすむことさ」

「そ、そうね」

「そう、一番最初にダンジョンに行った商人ハンスの母親として、母さんは自慢するんだ。ゴーレムの作ったパンケーキは綿のように軽く柔らかだった。てね」

「わ、わかったわ」



 その日の夕食はいつもより遅くになった。父親は店を閉めた後屋台で適当に食べ物を買い、妻と息子の帰りを待っている風を装ったのであった。

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