第17話 招かれざる客


 ウキウキとパンケーキを頬張るギルドマスターことエリアルの前に、1番の数字を持つゴーレムが現れた。その登場の仕方にはいい加減慣れたものの、やはりゴーレムが至近距離にいるということになれることは無い。


「な、なにか御用でしょうか?」


 エリアルはパンケーキを素早く飲み込みゴーレムに話しかける。何かを手にしているのが見えて、エリアルは内心ドキドキしていた。


『こーちらーをーどーぞーダンジョンのーきまーりごーとでーすー』


 渡された紙を見て、エリアルは軽いめまいがした。何しろ、エリアルたちが調べたいことが書かれていたのだ。この用紙1枚で、調査はほぼ終了したと言ってもいい。


『どーぞーみーなさんにーわーたしてーくーださーいー』


 そう言ったゴーレムは石で出来たダンジョンの門の前にいた。何やらゴーレム同士で話し合いをしているのか、頷きあっているのが見える。一体のゴーレムがその用紙を石の門に貼り付けているのが見えた。


「石に、どうやって貼り付けてるんだ?」

「そんな細かいこと気にするなよ」

「そうだぞ、ゴーレムの言うことは絶対なんだからな」


 他の席で食事をしていた冒険者たちがなにやら言い合っている。どうやら彼らもこの用紙を渡されたようで、内容を確認しあっているようだ。


「マスター、これでほぼ調査は終了なのでは?」


 どうやら温泉に入っていたらしい職員が冷たい水を飲みながら言ってきた。温泉に食事付き、冷たい水が飲み放題。こんなサービスはどこの街に行っても見たことがない。


「名残惜しいがそうするしかないだろう」


 エリアルが、ため息をつきながらそういった時、馬のいななきが聞こえた。食堂にいた全員が慌てて外を見ると、馬に乗った騎士たちがやってくるのが見えた。


『だーんたーいさーんですーねー』


 騎士たちの前には4番の数字か付いたゴーレムが現れ対応していた。先頭にいる騎士が懐からチラシを取り出しているのが見える。


「王都から騎士様方がやってきたぞ」


 窓から様子を伺っていると、ゴーレムに案内され馬を繋ぎに行ったようだった。それから少し経つと、大勢の足音が聞こえ、騎士たちが食堂にやってきた。


『どーぞーおーすわーりくーださーいー』


 ゴーレムが案内した先には、いつの間にかに大きなテーブルが置かれ、ちょうど騎士たちが全員座れるようになっていた。


「ん、おかしいな」


 マルコスは席に着いた自分の騎士団団員の顔を見た。確か一個小隊12名で来たはずなのに、ここには自分も含めて10名しかいないのだ。


『わーるいこーとたーくらむやーつはーはーいれませーんー』


 ゴーレムが大きな1つ目玉で見つめながら言ってきた。マルコスはなんの事だかわからず、他の団員たちを見た。だが、ほかの団員たちも分からないらしく、互いの顔を見合わせるだけだ。


「いないのは……ジャックとカイの2人か」


 別にその2人が最後尾にいた訳ではなかった。確かジャックはマルコスの後ろにいたはずだ。それなのに何故いなくなったことに気づかなかったのだろう?


「待ってくれマルコス」

「なんだ?」

「馬は、いたよな?」


  ウィルの一言にその場にいた全員がハッとした顔をした。1人が立ち上がり慌てて馬の数を確認しに行った。全員が黙ってその帰りを待つ。時間にしてそう長くは無いけれども、酷く息苦しく感じる時間だった。


「いる。馬は、いる」


 呆然とした顔で報告する団員が言うには、何度数え直しても馬は12頭繋がれていて、ちゃんと騎士団の紋章の着いた手綱と鞍、蹄鉄を確認してきたそうだ。


「ばかな、何故俺たちは2人がいなくなったことに気づかなかったんだ?」


 マルコスがそう呟くように口にしたが、答えるものは誰もいない。恐る恐るゴーレムを見るが、まるで何事も無かったかのような自然な態度だ。


「済まない。俺たちは王都から来た騎士団だ。所属は第1騎士団で今回王明によって一個小隊でこちらに調査に伺わせてもらった……と、まぁ分かりやすく言うと、このチラシに書かれているお土産クッキーとやらを王がご所望なのだ」


 回りくどい話は無用だと察したマルコスは、挨拶もそこそこに話を切り出した。既にジャックとカイがいなくなっている事を考えると、余計な詮索は我が身の危険であることが伺える。


『おーみやげクッキーはーひーとりいっこーまででーすー』


 ゴーレムがそう答えると、団員の1人が立ち上がろうとするのが見えた。


「やめろ」


 マルコスはすばやく制すると、ゴーレムに頭を下げた。


「済まない。少し気の短い奴がいたようだ」

『だーいじょーぶでーすーこーちらーにかーいてあーるとーりーでーすー』


 ゴーレムが何やら箇条書きの書かれた用紙をマルコスに見せてきた。それを見てマルコスの片眉が上がった。そうしてその用紙を隣の団員に回していく。読んだ団員は読んだ団員は一応は納得したらしく、チラチラと目の前にいる1つ目玉のゴーレムの様子を伺っていた。


「すまないが、このパンケーキや唐揚げ定食とやらは、我々も食することができるのだろうか?」


 マルコスが恐る恐る聞くと、ゴーレムは大きく頷いた。


『だーいじょーぶでーすー』

『ごちゅーもーんをーうーかがいまーすー』


 2体目のゴーレムが現れた。手には伝票のような物を持っている。ゴーレムが注文を取り違えるようなことは無いはずなので、あえて行っているのだろう。


「で、では、パンケーキを食べるもの……唐揚げ定食を食べるもの」


 団員たちが自分の食べたい方で手を上げる。それをゴーレムの大きな目がじっと見つめ、厨房へと消えていった。


「調理の様子を見てもいいだろうか?」


 知らない名前の料理であるから、調理方法が気になって仕方がない。それに、何か目に見えて分かる技法があれば覚えて帰るのも王族に仕える騎士の役目だ。


『どーぞー』


 ゴーレムが、許可をくれたのでマルコスたちは立ち上がり厨房をのぞきこんだ。


「っ」


 思わず叫びそうになる光景が厨房にあった。


「こ、こんな大勢のゴーレムが……」

「どこにも魔法使いの姿が見えないじゃないか」

「あの道具はなんだ?始めてみたぞ」


 厨房の中を覗いた騎士たちは、何体ものゴーレムが別々に作業をしているのを見て驚きの声を上げた。さらに、どこにも指示を出している魔法使いの姿がないことに不安を感じた。


「王都の第1騎士団の皆さんではありませんか」


 パンケーキを食べ終え、ゆっくりとコーヒーを飲んでいたエリアルが声をかけてきた。先にここの調査に入った優位性を見せつけるため、エリアルはあえてゆったりとした口調で話しかけた。


「お前は、シュンゼルの冒険者ギルドのマスターだな」

「はい、エリアルと申します。わたくしどものギルドでこちらのダンジョンの調査をしておりました」

「ほう」

「調査をするまでもなく、こちらのゴーレムたちが知りたいことを教えてくれるので、引き上げることにしたんですよ」


 エリアルのその話し方に少々イラつきを覚えるけれど、先程見た用紙に書かれたことが本当なら、短気を起こすのは良くない。マルコスはできるだけ冷静に話を進めた。


「では、もうパンケーキや唐揚げ定食を食べたのか」

「ええ、パンケーキにコーヒーを合わせると絶品ですよ」


 口元に笑みを浮かべエリアルが言うので、マルコスは置かれていたメニュー表を手に取った。


「これですよ。このコーヒーというのが苦くて甘いパンケーキにあうのです。朝はカフェオレにフレンチトーストと言うのが絶品でしたよ」


 うっとりとした顔でエリアルは言う。その口元に若干ヨダレが光っているように見えたが、そこは騎士であるマルコスである、女性のそのような事は見なかったことにする。


「フレンチトーストは書いてはいないようだが」


 マルコスがそう言うと、目の前にゴーレムが現れた。


『もーしわけごーざいませーんフレンチトーストはーちょーしょーくげーんてーでーすー』

「そうなのか、ならば次の機会の楽しみにさせてもらおう。コーヒーとカフェオレは頼めるのだろうか?」

『だーいじょーぶでーすーみーなさーんでーのーみまーすかー』


 マルコスが後ろを振り返ると団員たちが頷いているのが見えた。厨房を覗き込んでいる団員も首をしきりに縦に振っていた。


「カフェオレは牛乳が入っていてまろやかななんです。コーヒーは香ばしい苦さがあります。どちらも砂糖を入れて甘さの調節が出来ますから安心して飲めますよ」

「砂糖?砂糖だと、砂糖を入れる?」

「ええ、好きなだけ砂糖を入れて甘さを調節出来るんです」


 エリアルの説明を聞いてマルコスは目の前のゴーレムを見て、厨房に視線を移した。厨房からはなんとも言えない甘い匂いと、どうしようもなく食欲を刺激する匂いが漂っていた。


「パンケーキの方は一緒に飲むことを勧めますが、唐揚げ定食の方は食後に飲むといいと思いますよ」


 エリアルの助言に従い、マルコスはそのようにしてくれるようゴーレムに頼んだ。


「な、なんだこれは」

「米がこんなに美味いものだったとは」

「このくどくない甘い蜜はなんなんだ?」

「この唐揚げという食べ物は凄いぞ。酒が飲みたくなる」

「砂糖をこんなに?」


 とても城では行えないような行儀の悪さで騎士たちは出された料理を平らげた。そうして一息ついていると、ゴーレムが紙袋を10個並べた。


『おーみやげのークッキーでーすーひとりーひとつーでーすー』

「済まない。手間をかけさせた」


 10人分の会計をマルコスが代表して済ませると、ゴーレムが伝票を渡してきた。そこには食べたものの名前と金額数量が記入されていた。それを確認して懐にしまい込むと、マルコスはまだ夢見心地の団員たちに退席を促した。そうして来たとき同様に馬に跨り広場に入ると、エリアルたちが話し込んでいるのに遭遇した。


「おや、もう帰られるのですね」

「ああ、今回はあくまでも下見であって、その……」

「わかってますよ。お土産クッキーを買うのが目的だったんですよね?」


 騎士団を菓子の買い付けに使うあたりが王族らしいが、自由に動けないのだからそこは仕方がないことなのだろう。


「ああ、一つ忠告させてください」


 エリアルは至極真面目な顔をして言った。


「間違えてもゴーレムに「主人を出せ」なんて言ってはいけませんよ。その言葉はこれに該当するようですから」


 そう言ってエリアルはあの箇条書きの用紙を示して言った。


「そんなに危険なのか」

「あなたねぇ、それならその乗り手のいない馬の説明はどうするつもりなんですか?」


 エリアルに指摘され、マルコスは頬を軽くひきつらせた。確かに、なんと説明をすればいいのか悩むところだ。


「ゴーレムが言うのにはですね。柵の外にポーイ、だそうですよ」


 エリアルの説明を聞いて、馬上で騎士たちは互いの顔を見合わせた。いつの間にかに消えた同僚は、確かに途中まではいたのだ。それがここに着いた時にはいなくなっていた。


「結界が張られているのか?」

「少し違うと思います。偶然やってきた商人が、ゴーレムに向かって砂糖をよこせ。と怒鳴りつけたら次の瞬間消えていたんですから」

「説明がつかないな」

「ええ、ですから、コレに該当する行為をすると、柵の外に飛ばされるみたいなんです」

「そうか、情報提供感謝する」


 マルコスはエリアルに礼を言うと、馬の腹を軽く蹴り指示を出した。乗り手のいない馬は、いつもの集団の中にいるからか戸惑うことなく着いてきた。


「なぁ、あの二人は柵の外にいるってことか?」

「分からん。居れば馬に乗せて連れ帰るが……」


 街道との分かれ道まで戻ってきて、案内の看板を確認したが、その辺に二人の姿は見当たらなかった。もしかすると歩いて帰ったかもしれない。そう思いマルコスたちは王都へと帰った。だがしかし、騎士の詰所にも二人の姿は見当たらなかったのだった。

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