第18話 正しいダンジョンの使い方
ゴーレムが守護するダンジョンでは死ぬ事がない。そんな知らせを受けて、冒険者ギルドでは新人育成に活用しようと言うことになった。上手く行けば武器や防具が手に入るとあって、ランクの低い冒険者もこぞって参加を希望してきた。シュンゼルの商業ギルドがダンジョンまでの定期馬車を運行するのに合わせてダンジョンでの新人教育が開始された。
参加費は定期馬車の運賃だけだ。現地での食事は本人の自由だから、自前を食べるもよし、ダンジョンで稼いだお金出食べるのもまた、よしだった。
「何度も言ったと思うが、このダンジョンでのルールは絶対だ。冒険者の規則にも通じるものがある。違反すれぼゴーレムによって柵の外に飛ばされるぞ。覚悟しておけ」
指導にあたるのは元冒険者のギルド職員だ。何かしらの理由により冒険者を引退した身だから、新人の指導には熱が入る。
「柵の外なんて馬鹿にするなよ。王都から来た騎士が2人飛ばされて、それ以来行方不明らしいからな」
それを聞いて新人冒険者ではなく低ランク冒険者が怯えた。それもそのはずで、彼らの目の前に突然1つ目玉のゴーレムが現れたからだ。
『ダンジョンにーいーどまーれーまーすかー』
ゴーレムの手にはカードが握られているのだが、大きな目玉のゴーレムに見られただけで大抵の冒険者はすくみ上がってしまう。
「ああ、ここにいる全員ダンジョンに、挑ませてもらいたい」
職員がそう言えば、直ぐにゴーレムが冒険者たちにカードを手渡した。手渡されたカードを手にして、なんとなしにしていた冒険者の1人が小さな悲鳴を上げた。
「俺の名前がっ」
渡されたカードに教えた訳でもない自分の名前が書かれていたら、それは確かに驚くところだ。しかも、隣を見れば仲間の名前も確かに書かれていた。
『こーちらーをどーぞー』
ゴーレムが手渡してきた紙にはこれから挑むお試しダンジョンの説明が箇条書きで記されていた。
「え?回数制限あんのかよ」
簡単に出入りが出来るからこその回数制限である。1階だけを何度も出入りを繰り返し、宝箱を探しまくればそれなりの小遣い稼ぎができてしまう。スライムとつのウサギしか居ないから、戦闘を避けることも難しくない。そういった行為を避けるための回数制限なのだ。
「せーしーきなーリリースまでーおーちくーださーいー」
そう言うとゴーレムは消えてしまった。
「き、消えた……」
瞬間移動をしているようにしか見えない速度でゴーレムが目の前に現れ、業務連絡的に喋って消えていった。時間にして1分もかかっていない短い時間であったが、新人の冒険者にとってはかなりの衝撃だっただろう。
「わかったか?あの1つ目玉のゴーレムを怒らせるなよ。誰も助けてはくれないからな」
そんな事を話していると、向こうの宿の方から女の金切り声が聞こえてきた。冒険者たちは誰もそちらを見ようとしない。新人冒険者がチラチラと見るのを、ギルド職員が目で制した。
「関わるな。今言ったばかりだ」
「なんなんですか?あれ」
新人冒険者はヒステリックに騒ぎ立てる女が気になるらしい。しかも怒鳴りつける相手はあの1つ目玉のゴーレムだ。
「大方食事を持ち帰らせろって駄々こねてるか、土産のクッキーがひとつしか買えないことに不満をぶちまけてるか、そんなところだろう」
「よくあるんですか?」
「そうだなぁ、定期馬車が来るようになってあんな客が増えたかなぁ。大抵はゴーレムに睨まれると黙るもんだ」
ギルド職員はそんなことを言いながらも準備を進める。新人冒険者たちも準備を進めるが、ああいったのを見慣れていないからか、どうしてもチラチラと見てしまう。
「ほら、ダンジョンに入るぞ」
ギルド職員が声をかけた時、一際大きな悲鳴が上がった。思わず誰もがそちらに目をやると、先程までまゴーレムに怒鳴り散らしていた女の姿が見えなくなっていた。悲鳴を上げ、その場に座り込む連れらしい女たちは互いの手を取り合っていた。
「…………」
「何してるんだ。行くぞ」
言葉を無くした新人冒険者の肩を掴み、ギルド職員が促す。
「俺たちはダンジョンに潜るんだよ。新人研修受けに来たんだろ?あんなのは関わるな。何か聞かれても見ていません。と答えればいい」
「え、でも……」
「知らぬ存ぜぬ、だ」
ギルド職員に掴まれ、新人冒険者たちは次々と石の門をくぐって行った。視界がぼやけ、次に見えたのは広大な草原であった。
「スライム狩りから始めるぞ」
そう声をかけられ新人冒険者たちは慌てて辺りを見渡した。
「スライムの核をちゃんと狙えよ。死なないからって油断するな」
「「はい」」
一応パーティーを組んでいる新人冒険者たちは、スライム一匹相手にもきちんと陣をとる。
「見晴らしがいいからって油断するなよ」
ギルド職員はそう言いながら周囲を警戒するのだった。
ゴーレムの前にいた女が一人消えた。きっかけはなんだったのか、周りにいた冒険者たちはなんの興味もない事だった。
「あ、あの……わ、たしたちは、出来れば泊まりたいと思っているのですが、部屋は空いてますでしょうか」
青ざめた顔をした女が口を開いた。見た目はまだあどけない、少女のように見える。着ている物から推測すれば貴族の令嬢に見えなくもない。
『おーとまーりでーすかー』
1つ目玉のゴーレムがゆっくりと瞬きをした。手を取り合う3人の娘はそれだけで震え上がった。
「お金はありますわよ。ほら、金貨も銀貨も銅貨も」
一人の娘が財布を取りだし手持ちの金をゴーレムに見せた。
『へーやはーあいてーおーりますがーふたりーべやにーなーりますー』
「ご、ご迷惑でなければ私たち3人で一部屋でお願いします。もちろん、料金はちゃんと3人分お支払い致します」
話し方からしても貴族の令嬢らしいが、単にゴーレムを恐れてそんなに喋り方になってしまっただけかもしれない。ゴーレムは特に気に求めずに3人の娘を部屋に案内した。
「ありがとうございます。ベッドを移動させても問題はございませんか?」
娘がそう言うと、ゴーレムは部屋を見渡し2つ並んだベッドの間にたった。
『こーちらにーもーひとつーおーきまーすねー』
そう言うと、もうひとつベッドが現れた。特に大きな音もなく、現れたベッドに娘たちは驚いた。
「あ、ありがとうございます」
娘たちが慌てて礼を述べるも、ゴーレムは気にしていないようだった。
『おーしょくーじはーあーさしーかつーきませーん』
「わ、分かりました。その、温泉には」
『おーとまーりのーおーきゃくさーまはーおーんせーんはむりよーでーすーせーんたくはーどーかーにーまいでーすー』
「わ、分かりましたわ。ありがとうございます」
『へーやのーかーぎはーまーほーでーすからーごあーんしーんをー』
ゴーレムの説明をきき、3人の娘はいそいそと温泉へとむかった。そこにも1つ目玉のゴーレムがいて、見張りをしているらしく、温泉入り方を説明された。もちろん銅貨2枚を払い衣類の洗濯を頼むのも忘れなかった。
「唐揚げ定食とはどのようなものでしょう?」
「わたくしはクリームシチューなるものが気になりますわ」
「ハンバーグとはどのような食べ物なんでしょう?デミグラスソースと照り焼き、ふたつの味から選べるようですわ」
3人の娘はわちゃわちゃと食堂で話し合いながら食事を決めている。もちろん、横にはゴーレムが立ち説明をしてくれていた。3人とも気になるメニューを注文し、食後にはパンケーキをしっかりと食べていた。その様子を見ていた冒険者たちは小声でヒソヒソと話し合う。
「なぁ、あそこの3人組、昼間の……だろ?」
「ああ、あのドレス間違いないな」
「お友だちが消えちまったのに、自分たちはゆっくりと食事を楽しむとか……」
「お貴族様ってーのは、恐ろしいもんだな」
「俺は貴族の依頼なんて絶対受けない」
「「「全くだ」」」
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