第19話 そして誰かが
「お土産のクッキーをひとつ下さいな」
楽しそうに笑いながら、ドレス姿の娘たちがゴーレムからクッキーを買っていた。お土産のクッキーは一人一つまでだ。
娘たちは嬉しそうにクッキーを手にすると、ゴーレムに手を振り、宿から外に出た。定期馬車は一日三便、王都とシュンゼルに出ている。3人の娘たちは王都行きの定期馬車に乗り込んだ。最初の便だから、乗客は少なかった。それでも護衛が着いているのはなんとも心強いことだった。
「お嬢様方、そのクッキーはカバンなんかに隠した方がよろしいですよ」
護衛の兵士に言われ3人は慌ててクッキーをカバンの中にしまいこんだ。
「そのクッキーを目当てにした盗賊がいるんですよ。柵の近くは出ないけれど、どちらかと言えば街中の方が危ない」
「まぁ、ご親切に」
3人の娘たちは護衛の兵士にお礼を言うと、直ぐに3人仲良くお喋りを始めてしまった。王都までは馬車で5~6時間ほどかかるのだが、その間の休憩は1回で、その時が1番危険なのだ。一人一つしか買えないからこそ、他の客が狙っている場合もある。休憩でうっかり席に置き忘れて外に出てしまえばもう無くなったと諦めなくてはならないほどだ。
そもそもクッキーを狙う盗賊がいること自体がおかしなことだ。リスクが低く安全なので、今まで街中でスリやひったくりを行っていた者が定期馬車の昇降場所で待ち構えていることも多い。だから、カバンに入れてしっかりと隠しておかなくてはならないのだ。
「今日も何事も無かったなぁ」
護衛の兵士は、定期馬車の乗客が全員降りたのを確認して一つ伸びをした。最初は、クッキーなんて菓子を狙うバカがいるものか。なんて思っていたが、目の前で本当に馬車を降りたての客の懐から、クッキーの袋を強奪されるのを見て本気で慌てた。定期馬車は目的地に着いたのだから、馬車を降りた乗客の安全については自己責任だと言ってしまえばそれまでなのだが、目の前でそんなことが起きれば気分は良くない。仮にも兵士であるからには、目の前で起きた犯罪が起きたのだから対処するのは当たり前の話だった。
そして今日、例のダンジョンのある宿屋の前から馬車に乗り込んだ三人の娘はどう見ても貴族の令嬢だった。だから他の客よりは少し気にかけてはいたが、馬車を降りてからやはりそれは間違いではなかった。
「ライコネン伯爵邸までお願いできるかしら」
そんなことを言って貸し馬車に乗り込んで行ったのだ。
馬車に乗り込んだドレスを着た三人の娘はたしかに貴族の令嬢であった。水色のドレスを着ているのがマリア、黄色のドレスを着ているのがソフィア、緑色のドレスを着ているのがエミリアである。三人は楽しそうにおしゃべりをしながら貴族街にあるライコネン伯爵邸まで向かった。話題はもちろん噂の宿屋で食べてきたパンケーキやカフェオレの話だ。
「こんにちは、私たちオリビアに会いにきましたの」
ライコネン伯爵邸につき、守衛にそのようなことを話せば、守衛は伯爵家の令嬢オリビアの友人の令嬢たちだと気づき馬車を通した。
三人の令嬢は伯爵家の執事に案内され客間で待たされていた。三人仲良く並んで座り、出されたお茶をゆったりと飲んでいると、現れたのは友人のオリビアではなく、夫人であった。
「ごめんなさいね、お待たせしてしまって」
少し顔色の悪い伯爵夫人は、ソファーに並んで座る三人を見て静かに喉を鳴らした。
「とんでもございませんわ、伯爵夫人」
「ご連絡もせずにきてしまったのはわたくしたちなんですもの」
「やっぱりオリビアは、わたくしたちのことを怒っているのでしょうか?」
三人が順番に口を開き言ってくることに夫人はいぶかしんだ。
「みなさん、昨日オリビアと一緒に出かけたのではなかったかしら?」
夫人が探るようにそういうと、三人は互いに顔を見合わせた。そうして口を開いたのは水色のドレスのマリアだ。
「ええ、そうですわ、伯爵夫人。私たち、オリビアと一緒に噂のダンジョンの宿屋に行きましたの」
「一緒に噂のパンケーキを食べに行きましたのよ」
付け足すように黄色のドレスのソフィアが言った。それを聞いて夫人は頷いた。この話はたしかに夫人の知るところで、外出の許可を取りに来た娘から直接聞いたことだ。
「それで、どうしてみなさんはオリビアと一緒ではないのかしら」
夫人は探るような視線を三人にぶつけた。けれどそれは決して威圧的ではなく、なにかを促すような視線だ。
「それがですね、伯爵夫人。わたくしたち確かに一緒に宿屋まで定期馬車で出かけたのですが」
「宿屋でオリビアが……その、噂のゴーレムと、口論になってしまいまして」
「も、もちろん止めましたわよ。止めたのですけど、オリビアは宿屋を出て行ってしまったのです」
三人が順番に口を開き、事の次第を説明していく。夫人は黙って聞いてはいるが、手はドレスを固く握り締めていた。
「順番が来たので外を見に行ったのですが、オリビアの姿が見えませんでしたもので」
「わたくしたち。オリビアが先に帰ってしまったのだと思いまして、ね」
「お土産にクッキーを買ってきましたの」
また三人が順番に話し、そうして三人ともが同じクッキーを出してきた。
「伯爵夫人もご存知かと思いますけれど。こちらのクッキー一人一つしか買えませんの」
「ですから、ね。わたくしたち一つずつ買ってきましたのよ」
「だって、ほら、オリビアはパンケーキを食べないで帰ってしまったでしょう?」
そう言われれば夫人も無闇に三人の令嬢を疑うわけにはいかなかった。
「そ、う。でも、ね。オリビア、帰ってきていないのよ」
夫人はそれだけ言うと視線を落とした。
「え、あの……」
怯えたような声を出したのはソフィアだ。オタオタと両隣の友人へと視線を彷徨わせる。マリアとエミリアも目を見張り互いの顔を見つめあっていた。
「ご一緒ではなかったのですわね」
夫人は力なくそう言うと、目線だけを少し上げ、三人の令嬢を見た。
「気を使っていただいて申し訳ないわ。こちらのクッキーはどうぞお持ち帰りになって。貴重な品なのですから」
そう言われ、三人の令嬢は顔を見合わせながらテーブルに置いたクッキーを自分のカバンにしまい込んだ。
「ええと、それではわたくしたち」
「お暇させていただきますわ」
「オリビア、さんについては、その」
三人の令嬢は探るような目線を夫人に向けた。
「他言無用でお願い致します。娘の名誉に関わりますので」
スッと冷めたような視線を向けられ、三人の令嬢は頷いた。帰りの馬車を勧められたが、貴族街であるから丁寧にお断りをし、三人仲良く歩いて帰って行った。
「ねえ、明日のヴィルタネン侯爵夫人のお茶会に参加されますわよね?」
「もちろん。そのためにあそこに行ってきたのですもの」
「ステキな手土産を用意できましたし、楽しいお話もたっぷりご用意できましたわ」
三人の令嬢は楽しげに笑いながら話をし、そうして各自の邸へと帰って行った。
そうして10日後、北の遺跡で意識のない女が倒れているのが発見された。服装などの特徴からダンジョンの宿屋で一つ目玉のゴーレムと言い争っていた女だと断定された。発見した冒険者が王都まで運び込むと、行方不明のコルホネン伯爵令嬢オリビアであることが判明した。オリビアは何日も目を覚まさなかったが、目覚めた後は人が変わってしまったらしい。
そして、冒険者たちの間ではダンジョンのゴーレムは北の遺跡の時代に作られたものなのではないかと噂が流れたのであった。
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