第2話 お客様は何処
「うううううむ、暇だ」
高橋のダンジョンは、鬱蒼とした森のそんなに奥にあるわけではない。だがしかし、街道から大幅に外れていることは確かだった。そのため未だに誰からも見つけてもらえないでいたのだ。オンラインで公開はしたものの、フォロワー数が0だから誰にもいいねがもらえない、つまるところ閲覧数0の状態だ。
「そうだ、道つくっちゃえばいいじゃん」
根本的な問題に気がついた高橋は、石人形を増産した。小さな石人形にしたのはなんてことはない、子どもの頃に読んだ絵本の影響だ。靴屋のおじいさんの元に現れたコビトが、夜な夜な素敵な靴を作りそれが売れておじいさんが貧乏から脱出する。みたいな話を思い出したからだ。だからお手伝いをするのはコビトだ。もしかすると妖精だったかもしれないけれど、その辺の細かいところはどうでもいい。とにかくお手伝いのコビトさんなのだ。
優秀な石人形たちは、高橋が思い描いた通りに仕上げてくれた。街道からダンジョンまで道を作り、魔物が入ってこないように柵を作った。柵はもちろん更地を作るときに切り倒した木の再利用だ。さらに木が余ったので、宿屋も建てた。従業員は石人形だ。下手に人間っぽいモンスターを従業員にしたら、宿屋がダンジョンになってしまいそうだからやめた。
宿屋とはいっても、本当に寝るだけだ。ただ、作ったのが日本人の高橋だから、温泉をつけた。これもダンジョンマスターの能力の一つである。
「ゆくゆくは食事も提供したいよな」
そんなことを呟きながら、高橋はもう一つダンジョンを作ろうとしていた。今あるのはお試し版。簡単な初心者向けダンジョンである。今考えているのは上級者までが挑めるような100階まであるダンジョンだ。5階ごとに中ボスのフロアを設けて、勝てば脱出か継続か選べる仕組みにする。会員カードを発行して何階まで挑んだか見られるようにして、中ボスを倒すごとにポイントが貯まる仕組みだ。毎回5階までで脱出してもポイントは貯まる。景品は10個毎にポーションやエリクサーなんかを進呈する予定。
「50階が俺の住むエリアにして、宿屋や雑貨屋なんかを配置しよう。従業員は全部石人形にしよう。人型のモンスターは俺が怖い」
そういって、さらに石人形を増産した。石人形たちは手際よくダンジョンの外に出て行き、森から木を伐採して木材を作り、各地から花や野菜などを集めてきた。そうしてちょっとした農村めいたものを作り上げた。おそらく外に出た石人形が近くの村を参考にしたのだろう。川が流れ、水車が回り、畑が広がる。どこで見つけてきたのか、小麦だけではなく水田まで作っていた。
「え?マジで?米?」
『山の向こうの村で作っていました』
石人形がその様子をモニターに映し出した。たしかに広がる水田があり、作業をしているのは少し小柄な人たちで、髪色は色とりどりであるが、顔立ちはどこか日本人を思わせた。どうやら石人形たちは録画機能を持っているようで、だいたい一時間程度保存できるようだ。映し出された映像を他の石人形たちも真剣に見て、なにやら話あいをしている。そうして何か決まったのか、作業を始めた。
「なんか、すごいわ」
高橋は目の前に広がる農村を眺めた。高橋のいるダンジョンマスターの部屋は本来最深部にダンジョンコアとともにあるべきなのだが、こうやって農村の中に隠してしまった。村長さんのお屋敷風に建てられた平屋の家にダンジョンマスターの部屋を作り、そこだけがオフィスのようになっている。ダンジョンコアは村の守り神様風にしめ縄をまいて神社のようなにお社に鎮座させた。
「食材は、外で狩るのか」
作りかけのダンジョンではあるが、配置するモンスターはモニター越しに配置するだけなので、お約束だけど倒せば消滅してしまう。そのかわりドロップアイテムを落とす仕組みだ。当然深い階層のモンスターほどドロップアイテムのレア度は高い。
『あるじー』
石人形たちが外の森で狩りをしてきたようで、大きな猪の魔物と巨大な蛇の魔物だった。
「こ、こんなのがいるのかよ。俺、絶対ダンジョンから出ない」
石人形たちは現代っ子の高橋に見せないように血抜きをし、綺麗に解体をして高橋が調理しやすい大きさに切り分けてくれた。
「ああ、早く小麦や油が欲しいなぁ、収穫してもすぐには使えないもんなぁ」
多分とっても美味しそうな魔物の肉は、焼くしかなくて、米も小麦もないから焼いた肉を食べるだけだ。そう思いながら台所に向かうと、なぜか充実した調味料が揃っていた。台所にも設置されているモニターを見れば、高橋の知らない間に村の時間が一年経っていたらしい。石人形たちが操作して、高橋の知らぬ間に収穫を終えていたようだ。だから、いま見えている畑の作物たちは二期目というわけだ。モニターを見て石人形たちが一斉に動いたのはそういうことだったらしい。
「ツボに入ってるんだ」
まるでおばあちゃんちの梅干しでも入っていそうな茶色のツボに、ほんのりピンク色をした塩が入っていた。高橋の記憶がたしかなら、ピンク色した塩は岩塩で、とっても硬かったはずだ。めんどくさいのでどうやって細かくしたのか聞くのはやめた。
少し大きなツボを見ると、中身は油だった。菜種まで育てて油を絞っていたようだ。
「こうなってくると、味噌と醤油も欲しくなるよな」
高橋がそんなことを口にすると、石人形たちは一斉に首をひねった。どうやら山の向こうの村には味噌も醤油もなかったらしい。
「大丈夫、塩があれば魚を使って魚醤が作れるはずだから。大豆から作る味噌や醤油はそれに適した菌が必要だったはずなんだ」
高橋がそう答えると、石人形たちはひとまず納得してくれたようだ。
「小麦粉ありがとう。唐揚げがつくれるよ。かまどは使ったことがないけど、火力調整がしやすくしてくれてるんだね。ありがとう」
とりあえず米を炊くために米びつを見ると、計量カップではなくマスが入っていた。米があるから山の向こうの村では酒もつくっているらしい。使い慣れてはいないがマスで米の量を計り、とりあえず三合炊くことにした。水の量は概ねでいく。
「確か手首?あってるかな?ダメなら水分飛ぶまで火にかけてみるか」
そんなことを言いながら米を水に浸す。大きな蛇の魔物の肉は随分と鶏肉のような見た目だった。一口大に切って、塩を揉み込む。塩唐揚げというのもあったから、だいたいいけるだろう。巨大猪の魔物の肉はまんま豚肉だったので、薄くスライスして焼くことにした。
『あるじー』
石人形がいつの間にかに魚を獲ってきていた。大きさから言って川魚のようだ。
「ん、ああ、魚醤の材料か」
どうやら先ほどのつぶやきをお願いだと捉えてくれたようで、魚を獲ってきてくれたらしい。だが、魚醤の作り方は知らないから大きな丸い一つ目がじっとこちらを見つめていた。しかも集団で。
「あ、ありがとう。やってみるよ」
とはいうものの、高橋の持っている魚醤の作り方レシピはラノベの知識だ。正解かどうかなんてわかりはしない。
「確か魚をさばいて……」
おぼつかない手つきで魚を三枚におろした。動画でしか見たことのない魚の三枚おろしは、初めてすぎて骨に結構身がついてしまった。皮を剥ぐのも方向がわからなくて失敗したが、それでもなんとか小さいツボにきっちりと魚を詰めて塩がふれた。
「で、時間がどれくらいかかるかなんだよなぁ」
漬けて一年だったか、三ヶ月ほどでいいのかまったく覚えていなかった。
「とりあえず三ヶ月ぐらいかなぁ」
高橋がそう呟くと、モニターに『三ヶ月経過させます』と表示され、手に持っているツボの中身が見る間に変わっていった。
「お、なんだかいい匂いだ」
手荷物ツボからほのかに香る香ばしい匂い。
「よし、こしてみよう」
高橋がそういうと、どこからとなく石人形が布を持ってきて、小さなツボの口にかけてくれた。
「ありがとう」
高橋は礼をいうと慎重にツボの中身をこした。そうして指につけて舐めてみると、たしかにしょっぱい醤油のような味わいがした。
「おおお、ちょっとしょっぱいけれど醤油だ。あ、魚醤か。でもうまい」
やはり発酵した味は日本人の味覚を刺激するものだ。
「野菜は何があるのかな」
収穫された野菜を確認すると、芋や人参、ほうれん草やレタスなど見たことのある野菜がたくさんあった。
「これはなんだろう?」
随分と大きなカブを見つけて首をひねる。おそらく山の向こうの村の畑で栽培されていたからつくってくれたのだろう。だがしかし、高橋の知っているスーパーに並ぶ野菜にこんな形をしたカブはなかった。
「うーーーん」
手に取り色んな角度から見てみるが、カブにしか見えない。しかも美味しそうにはとても見えない。しばらく考え込んでいると、ようやくひとつの閃がやってきた。
「もしかして……てんさい糖?」
ラノベ系お約束の野菜なのでは?と思えば直ぐに台所に持っていく。案の定、モニターに表示されたのは『汁を煮詰めると砂糖が取れます』とあった。
「さ、砂糖だ!」
高橋は思わず叫んだ。だって、醤油が出来て砂糖が手に入れば日本人ならみんな大好きなあまじょっぱいタレが作れるのだ。
「作る。作るぞ」
高橋は一心不乱にカブをすりおろし汁を絞り、鍋で煮詰めた。乾燥はモニターに表示された時間経過で早送りされた。
「おおっ、甘い」
指先に少しとって舐めてみると確かに甘い。これでよくある調味料が揃ったことになる。高橋はいそいそと鍋を火にかけご飯を炊きながら、油を温め唐揚げをあげて豚肉を焼いていく。そうして出来上がった唐揚げ豚肉?の照り焼きそして炊きたてのご飯。
「おばあちゃんちみたいだな」
石人形たちが山の向こうの村を参考に作ってくれた部屋は、畳のような床に低いテーブルおそらく巨大猪の皮を使って作られた敷物が敷かれていた。
「いただきます」
木を削っただけのシンプルな箸を使い出来たてのご飯を食べる。食器は廃材から作られている素朴な木製だ。一心不乱に高橋は食事をした。
「ご馳走様でした」
異世界だけど、いや、異世界だからこそ、美味しい食事にありつけたことに感謝である。
『時間設定をして下さい』
お腹がいっぱいになり満足してくつろいでいた高橋の前にモニターが洗われ、メッセージが表示された。
「時間?どういう…………あっ」
全く気にしないですごしていたが、全く寝ていない。いや、これが初めての食事であることさえ忘れていた。外に見える景色は穏やかな風景だ。窓から入る風の感じはどこか初夏のようだ。
「あー、そーか、そーか」
要するにチュートリアルなのだ。初心者用のダンジョンを作り、街道から繋がる道を作る。従業員を用意して、ダンジョンマスターである自分の居場所を用意する。ここまでやってチュートリアル終了ということなのだ。
「それはもちろん、1日は24時間で1年は365日1週間は……」
高橋はなんの迷いもなく日本時間を設定したのであった。
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