第23話 それって数値化されるんですか?
高橋の話を聞いて、アルトルーゼは何度も目を瞬かせた。言っている意味はわかるし、それこそアルトルーゼの願い通りの展開だ。が、信仰心の高い方と言われても、判断基準が分からなかった。
なぜなら、アルトルーゼはこの世界において信仰心が0だからだ。
「あの、高橋さん。私への信仰心、今現在0なんですよ?」
「ああ、それなら大丈夫」
そう言って高橋は真ん中のモニターに何やら映し出した。
「ほら、ダンジョンにレベル制度を採用したでしょう?ここ、カードのここに、信仰心を表示するんです」
高橋は映し出したカードの該当箇所に、赤い丸をつけた。
「もちろん最初は0です。冒険者たちはこれがなんの事だか分からないでしょう。でも、実際ダンジョン内で神像に出会い、願うことでその数値が変化していけば気づいてくると思うんですよ」
高橋は楽しそうに笑っている。
「だからね。声を聞かせるんです。信仰心が低いと願いが聞き入れられないって噂が広まれば、冒険者たちはどうやったら信仰心が上がるのか考えますよ。そのために神像の台に名前を刻んだんです。名前、呼ばれたいでしょう?」
高橋にそう言われて、アルトルーゼは頭をブンブンと上下に振った。
「まずは冒険者たちに名前を知ってもらいましょう」
「はいっ」
アルトルーゼは元気よく返事をした。
「認知度を高めるために、広場にも設置しておきましょう」
高橋がそう言うと、すぐさまダンジョン入口前の広場の片隅に神像が現れた。もちろん冒険者たちはすぐには気が付かない。
「よし、明日の朝からダンジョンを正式リリースしましょう」
「本当ですか、高橋さん」
「ええ、決めました。神であるあなたにたちあってもらいます」
高橋はそう言ってアルトルーゼとしっかりと手を握りあった。
「よし、そうと決まれば前祝いですね。今夜はすき焼きにしましょう」
「おお、異世界の料理ですね」
「はい、俺の故郷ですき焼きと言えば高級な食べ物なんです」
高橋はそう言って台所に入っていった。貯蔵庫からサシの入った牛肉っぽいミノタウロスの肉を取りだし、石人形に頼んで薄く切り分けてもらう。その間に野菜を切り、煮詰めた海水を使って豆腐を作る。
「石人形、コカトリスから卵をもらってきてくれ」
『了解です』
石人形が連れてきてくれたコカトリスは、頼んだ分だけ卵を産んでくれるので、何時でも新鮮な卵が食べられて高橋は重宝していた。しかも、この高橋の暮らすダンジョン50階は、高橋に害をなす存在は認められないため、お腹に良くないナンタラ菌的なものも存在出来ないのだそうだ。おかげで高橋は安心してマヨネーズが作れたし、産みたて新鮮な卵で卵かけご飯を堪能することができるのだ。
「さあ、用意が出来したよ」
冒険者が使っているという魔道コンロを石人形に作ってもらい、そこに鉄鍋をおいて火をつける。魔力を持たない高橋でも扱えるように作ってもらったから、扱い方は日本にあるカセットボンベ並に簡単だった。
「これがすき焼きと言う食べ物ですか」
アルトルーゼは物珍しげに鉄鍋を見た。この世界でも鍋は金属で出来てはいるが、扱いのしやすい銅鍋が一般的だった。
「では作りますね。まず熱した鍋に油を敷きます」
高橋は石人形に用意してもらったミノタウロスの脂を箸を使って満遍なく行き渡らせ、そこに薄く切った肉をおく。
「おお、香ばしい匂いがしますね」アルトルーゼが肉の焼ける匂いを嗅いで、うっとりとした顔をした。
「ところで、卵をとくって出来ますか?」
「卵を、とく?ってなんですか?」
アルトルーゼは渡された椀を持って首を傾げた。右手には高橋を真似て箸をもってはいるが、どうにもあやしい。
「じゃあ、俺がやりますね」
そう言って高橋は卵を手際よくかき混ぜ、椀をアルトルーゼに返した。、
「え、せっかくの卵をつぷしちゃったんですか?」
「いいんです。そこにこの肉をからめて食べるんです。肉が熱いから気をつけてくださいね」
高橋は程よく焼け、かけた砂糖が香ばしくなった肉をアルトルーゼの椀に入れた。
「おお、コレを食べるのですね」
アルトルーゼは何とか頑張って肉を箸でつかみ、口に運んだ。なかなか格闘したため、肉にはたっぷり卵が絡んでいた。
「これは、美味しいです」
はふはふしながらアルトルーゼは言った。口の中で肉の油と焦げた砂糖の甘さが混じり合い、それを卵が上手い具合にまとめている。
「じゃあ次はこの特性のつゆで作りますね」
そう言って高橋は醤油と砂糖を合わせて煮詰めたつゆを鍋に入れた。熱された鍋から醤油の焦げる香ばしい匂いがし、勢いよく湯気がたつ。高橋は器用に2枚目の肉に沸騰するつゆをからめ、アルトルーゼの椀に入れた。
「美味しいです。高橋さん」
アルトルーゼは嬉々として2枚目の肉もあっという間に食べてしまった。
「ここからは、このつゆで野菜を煮ていきますね。沸騰したらまた肉を入れます。こうやって鍋でグツグツ煮るのが家庭的な作り方なんですよねぇ」
高橋は手際よく野菜と豆腐を鍋に並べた。手作り豆腐は上から圧をかけていないから、随分と柔らかい仕上がりになっていた。
「豆腐は熱くて崩れやすいから気をつけて食べてくださいね」
そう言って高橋は、大きなスプーンで豆腐をすくってアルトルーゼの椀に入れた。念の為、石人形に作ってもらったスプーンをアルトルーゼに渡してみた。
「こ、これはたしかに掴めませんね。崩れました」
アルトルーゼは早々にあきらめると、スプーンですくって豆腐を口に運ぶ。
「なんですか、この美味しさはっ」
「でしょう?その白い豆腐が茶色くなっているのを味がしみているって言うんですよ」
高橋も自分で作った豆腐のもろさに、箸で掴むのをそうそうに諦めて小さくしながら口に流し込むようにして食べた。
「ふぁ、熱いけど、うまい」
ある程度食べ進めたところで、高橋は日本酒を取り出した。残念ながら高橋は日本酒の仕込みについて詳しい知識を持ち合わせていなかったので、石人形たちに頼んで手に入れた品だ。おそらくラミトにあるどこかの酒蔵で作り方を盗み見て来たのだろう。しかしながら、この時代劇に出てきそうな徳利のような入れ物が、どこから来た知識なのか言及するのをやめた高橋なのであった。
「それはなんです?」
高橋の取りだした酒瓶を見てアルトルーゼは首を傾げた。先程から水は飲んでいるけれど、どうにも入れ物が違う。
「これは日本酒です。お米から作ったお酒ですね」
高橋はそう言って石人形に作ってもらった銅製のコップに日本酒を注いだ。
「どうぞ」
まるで水のような透明な飲み物を、アルトルーゼは不思議そうに眺め、そっと口をつけた。
「ほぉ」
一口飲んでアルトルーゼは溜息にも似た声を出した。
「なんでしょうか、これは。とても口当たりがいいですね。渋みがなくて飲みやすいです」
「それは良かった。このお酒は俺の故郷の日本でも作られているお酒なんです。この世界では米作りをしているラミトで作られているみたいですよ。まぁ、日本酒って呼び方は俺の故郷での呼び方ですけどね」
高橋がそう言うと、アルトルーゼは日本酒をじっくりと眺めた。
「なるほど、何か小さな生き物が米という食べ物を分解して作られているようですね。しかし、ここにはその手の生き物は存在しないはずですが」
どうやらアルトルーゼは神の力で分析をしたようだ。
『ご心配なく。日本酒を作るための菌はラミトを飛び回って蒸し米に付着させたものです。それを酒蔵で繁殖させていきました』
サラッと石人形が解説をしたので、高橋は地味に驚いた。石人形たちは独自に調べ、自分たちの知識として貯えているようだった。もはや創造主である高橋よりも遥かに知識も技術も持ち合わせているようだ。
「え、やっぱり石人形たちが作ったんだ。なんかスゴすぎるんだけど、俺より賢いじゃん」
高橋は若干自信を喪失しかけていた。
『ご心配なく、主。我々は主の知識を共有し、主の望むものを作り出しているにすぎません。我々の知識の基礎は全て主なんですよ』
胸を張ってそう言う石人形は、どこか誇らしげに見える。いや、実際どやっている。少なくとも高橋の目にはそう見える。
「へえええ、データベースの基礎が俺……」
若干へこむ高橋に、アルトルーゼが優しく肩を叩いて言ってきた。
「高橋さんの知識の集合体。それがこのダンジョンですよ」
そんなこと言われても、高橋は全然喜べなかった。せめてもの救いは、高橋が望むものの中にエロいことがなかったことだろう。
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