第22話 それって大丈夫なんですか?
突然のアルトルーゼからの告白に、高橋は驚きすぎて何も言えなかった。と、言うより、アルトルーゼが言った言葉の意味を理解するのに時間がかかったのだ。何度か瞬きを繰り返し、ようやく高橋が口を開いた。
「あの、信仰心が0って、どういうことなんですか?」
この世界の神様であるアルトルーゼへの信仰心が0という事は、それはつまりアルトルーゼが神としてこの世界の人々から認識されていないと言うことだ。高橋は必死で考えた。そもそも自分をこの世界に転移させてのはアルトルーゼでは無いのだろうか?信仰されていなくても神としての力は発揮されるということなのだろうか?
「誰も私のことを崇めてくれていないんです。この世界の教会を見たでしょう?」
そう言われて高橋は思い出した。この世界では教会でスキルの神託を受けると言うのに、教会に神様を模した像がなかったのだ。人々が水晶玉に手をかざし、神父が何か呪文のような言葉を唱えると、スキルが授かる仕組みである。つまり、神父が神に祈るわけではなく、スキルが授かるのだ。
「ええ、見ました。スキルを授かるのに皆さん必ず教会を訪れていますよね?スキルって神託では無いんですか?神様から授けられたんじゃないのに、どうしてスキルを得られるんですか?そうなると、そもそも仕組みがおかしくないですか?」
高橋は自分の中に湧き上がった疑問をぶつけた。自分がプレイしてきたゲームでは、転職やスキルチェンジの際は教会で神に祈るのが定番だった。
「そうなんです。私に祈ることなくスキルを得てしまうので、ものすごく曖昧なスキルしか授かれないんです。本人が願ったスキルに何となく近いものが得られるみたいなんですけどね。魔法は火種程度だったり、剣技は基本の型程度だったり、ってなんかダメダメなんですよ。まぁ、スキルは鍛えればレベルが上がるんですけどね。なんか、こう、しょぼいんです」
そう言ってアルトルーゼは項垂れた。あんまりにも下を向くから、高橋につむじではなくうなじが見えるほどだ。
「私が悪いことぐらい分かっているんです。私ね、宗教絡みで争いが起きないようにしたくて、私の姿を教えなかったんです。ほら、私の姿に似た人が産まれたら、神の化身とか言って悪い人に利用されちゃうかもしれないじゃないですか」
それを聞いて高橋は内心突っ込まずにはいられなかった。だって、高橋のいた世界では、似ても似つかなくても生まれ変わりだ。と豪語する人がいたのだ。それが神様なのか歴史上の人物なのかの違いだろう。
「でもね、大きな戦争が起きてしまいましたでしょ?そうしたらこの世界の人たち、まぁ、神に頼らなくなってしまったんですよ。仕方がないですよね。大陸が2つも吹き飛んでしまうような戦争が起きてしまったんですから、そりゃあ神はいない。って言われちゃいますよね」
アルトルーゼは自分の言っていることでさらに落ち込んで頭が自分の膝に着いていた。もうそれ以上頭か下がることは無い。いや、これ以上下がったらそれはそれで問題なのでやめて欲しいところだ。
高橋は考えた。この自称この世界の神、アルトルーゼをどう扱えばいいのか。全然神っぽくはないが、こうして誰も入れないはずのダンジョンに入ってこられたのだから間違いなく何かしら持っている。ただ、高橋はこの世界の神を知らない。しかも、この世界の住人も神を知らないのだ。おまけに、教会の神父でさえ神の名前を呼ばないあたり、神の教えを釈く本の類も無さそうだ。
つまるところ、アルトルーゼは自称神と言うことになってしまう。このままだと高橋はずっとこのダンジョンの中にいることになってしまう。ゲーム感覚で面白そうだと思ってはいるが、エンディングは必要だ。こうなると、目標はアルトルーゼへの信仰心を取り戻す。ということになるのだろうか?
「あ、あのですねぇ」
高橋はアルトルーゼのつむじに向かって話しかけた。
「ひとつお伺いしたいんですけど、信仰心ってどうしたら取り戻せるんですか?」
名前はおろか、姿かたちさえ伝わっていないとなると「神を信じなさい」「神を崇めなさい」なんて言ったところで祈る方向が定まらなければどうしようもないだろう。
「……私に、祈りを、捧げてくだされ、ば」
予想通りの答えが返ってきた。だから、そのか「私」であるあなたの事を誰も知らないんだから祈りを捧げたくても捧げられないんですよ。と、高橋は言いたい。言いたいのだが、本人が自覚しているのだから、その事をこれ以上追求しても拉致があかないというものだ。
「そうですよね。やっぱり俺の案、少し改良しましょう」
「高橋さんの案?」
「さっき素晴らしいって言ったじゃないですか。もう忘れたんですか?」
「さっき……さっき、の、はな、し?……あ、ああ、アレですね。私の像に祈りを捧げると回復するという」
「そう、それです」
「この像の足元に、こうして……名前を刻むんです」
高橋はモニターを見せながら説明をした。アルトルーゼを模した神像の足元、つまり土台となるところにアルトルーゼの名前を刻む。
「ほら、こうして名前を刻めばこの像が誰なのか伝わるでしょう?それで、祈ったら全回復か脱出か選べるようにするんです」
「はぁ」
「神像の出現はランダムで、冒険者が使用したら消しましょう。神様チャンスは一度きりにするんです。そうするとその希少性から冒険者の間で噂になります」
「一度きり、ですか」
「そうです。俺のいた世界でチャンスの神様には前髪しかなく全裸で走ってやってくる。と言われているんです」
「は?前髪、全裸?な、なぜ?」
アルトルーゼは高橋の言ったことを聞いて頭の中がはてなマークでいっぱいになった。そもそも神様が全裸と言うワードが強烈すぎる。
「チャンスの神様だからです。捕まえられるのは一度きり、つまり顔を合わせた瞬間に唯一ある前髪を掴まないとダメなんです。考えている暇なんてないんです。だって服きてないんですから」
「そ、それは、なかなか、凄い神様ですね」
「そうなんです。チャンスの神様は希少なんです。つまり、チャンスが来たら迷わず掴まないとダメなんだぞ。って教えですね」
「えーっと、それで、その話と私の像の関係はどのような?」
「え?分かりませんでしたか?」
「……はい」
アルトルーゼは神なのになんだか叱られた子どものようになっていた。高橋が熱く語った話の意味はわかった。高橋の元いた世界には色々な神がいることもわかった。だが、そこから話がどう繋がっているのかがわからない。
「つまり1人にしかチャンスを与えないんですよ」
「はぁ」
「希少性です。つまりダンジョン内で神像に出会えることがレアなんだってことにするんです。そうしたらみんな会いたがるじゃないですか」
「おおっ」
アルトルーゼは目を輝かせた。人々が自分に会いたがるなんて、なんて、素晴らしいことだろうか。
「しかも叶えて貰えるのが全回復か脱出か、なんですよ。ダンジョン内でギリギリの状態にいる冒険者にとってはまさに神の所業です」
「おお、正しく」
アルトルーゼは前のめりになっていた。だってそうだ、これこそ自分の求めている状態なのではなかろうか。
「それでですね。声を、聞かせるんです」
高橋は少し持ったいぶった様子で言った。
だが、アルトルーゼは意味が分からず首を傾げた。
「あの、高橋さん。声を聞かせるって、どういうことなんでしょう?」
おずおずと聞いてくるアルトルーゼに、高橋は笑顔で答えた。
「冒険者に神の声を聞かせるんですよ。神像の前にたどり着いた冒険者に『祈りなさい。それ度救われん』って声をかけるんです」
またもや熱く語り始めた高橋に、アルトルーゼは若干押され気味だ。
「それで冒険者が驚いて、辺りを見渡すでしょ。でも誰もいなくてあるのは神像だけ。冒険者が神像に近づいてきたらもう一度声をかけるんです。『回復か解放か選びなさい』って、ね」
アルトルーゼは無言で頷いた。
「冒険者が何を言ってきてもどちらかひとつ。ってとにかく選ばせるんです。だって死んだら全てを失うんですから、冒険者は悩むところですよね。パーティーを組んでいたらそれこそ揉めると思うんですよ。でも、叶えるのは一つだけにするんです。回復と脱出を半々なんてやっちゃダメなんです。パーティーの4人中2人が脱出したい。って言ってきたらその2人だけを脱出させるんです。2人は取り残されるんです。もちろん、回復はしません。2人の願いを叶えたら神像は消してしまうんです」
それを聞いてアルトルーゼは驚いた。
「それではパーティーが喧嘩になってしまうではありませんか」
「それでいいんです。どっちの願いも叶えてもらえるなんて、そんな都合のいいことはしちゃダメなんです。パーティーならちゃんと話し合う必要があるんです。って、言うよりですね」
高橋はちょっと人の悪い顔をした。
「揉めた場合は、より信仰心の強い方の意見を採用するんですよ」
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