第21話 方向性を決めましょう


「とりあえず、メシでも食いませんか」


 高橋はなんだか落ち込んでいるアルトルーゼに声をかけた。アルトルーゼが高橋の前に現れる事が出来るようになったのは、高橋がダンジョンを作って魔素を大量に消費してくれたことと、高橋のいるこの空間に大雑把ではあるがアルトルーゼの神像を建てたからなんだそうだ。


「いいんですか、嬉しいなぁ」


 アルトルーゼのために高橋は米を炊き、唐揚げを作った。生姜焼きにキャベツの千切りを作るとアルトルーゼは盛大に驚いた。


「凄い、魔法を使わないでそんな事ができるだなんて」


 どうやらこの世界、こういった技術的なものは、全て魔法が関係しているらしかった。高橋からすれば、魔法に依存しすぎだとは思うのだが、そこはあえて口をつぐんだ。


「お、おいしーですね」


 アルトルーゼは揚げたての唐揚げを口にして涙を流し、米を食べて感動していた。高橋は誰かと一緒に食事をするという楽しさを思い出したのだった。


「やっぱり異世界文化の発達した方に任せてよかったです」

「そうですか?」


 食後にコーヒーをいれ、クッキーをつまみながら語り合う。


「ダンジョンにレベル制を導入するなんて凄いですよ。高橋さん。それに24時間でリセットされるなんて、素晴らしいです。冒険者たちは何度でもダンジョンに挑みますね」

「でもまだ完成してないんですよ」


 高橋は申し訳なさそうにいった。


「大丈夫ですよ。50階まででリリースしましょう。続きは冒険者たちの攻略を確認しながら作ればいいんです。それで、後々ラミトにも入り口を設置しましょう」

「なるほど。いきなり完成形を投入するんじゃなくて、ユーザーと一緒に作り上げていくスタイルですね」


 高橋はその意見に納得をした。やはりユーザーあってこそなのだ。


「ラミトにもまずはお試しダンジョンの入り口を作りましょう」

「お願いしますね。私は手が出せないので、場所は石人形たちに探してもらって下さい」


 アルトルーゼがそういうと、二人の前にモニターが現れた。


『こちらがラミトの候補地です』


 1番の数字を持つ石人形が唐突にプレゼンしてきた。


『ラミトはこのフィンデールと違い犯罪率が低いのです。一番の要因は貴族制がない事だと思われます。身分差がないからこそ先の大戦争に参加しなかったのでしょう。比較的平和主義でありますから、主の考えたゲーム感覚のダンジョンにハマってくれる可能性は大いにありますね』

「うううん、なんで?石人形がスムーズに話してるの?」

『アレはビジネスモードです。この世界では我々はゴーレムとして恐れられる存在ですからね。愛嬌のあるキャラクターを演じているというわけなのですよ』


 しれっと説明する石人形に、アルトルーゼは引きつった笑顔を見せた。


 『ラミトは犯罪率が低く、冒険者は魔物を退治する程度で、特別な権力を持った支配層はいません。ダンジョンの出現により貧富の差が生まれないよう注意する必要があります』

「なるほど。ラミトでは、ちょっとした娯楽として扱われると思った方がいいんだな」


 高橋は候補地を確認し、どこからもほぼ同じ移動時間で着く広大な平野にダンジョンの入り口を設置した。宿屋を作り、魔物が入ってこないように柵を設けて安全に配慮した。


「ラミトではサンドイッチとか、ハンバーガーとか、洋風な食べ物を販売してみよう」


 高橋は、作りたくてウズウズしていたハンバーグの試作品を作ることにした。


「高橋さん。ハンバーグとは何ですか?」

「肉をですね。こうしてミンチにして、塩を入れてよくこねて、丸い形にして焼いたものです」

「ほほう」

「固い肉でも細かくしてしまうことで美味しく食べられますし、子どもやお年寄りでも肉が食べやすくなります」


 説明しながら高橋は肉を包丁で叩き、ミンチ状にした。多少荒いのは目をつぶる。むしろあらびきミンチと言うことで肉肉しくていいかもしれない。塩に胡椒を振っていき、高橋はふと思い出した。地球で人類は、香辛料を求めて発展していった経歴もある。それを考えるとこうして香辛料を使う料理を広めればまた文明が発達するかもしれない。


「このテリヤキソースと言うのが美味いんです」


 高橋はそう言いながら出来上がったハンバーグを皿に乗せた。そうして茶碗に白米をよそりアルトルーゼに渡す。


「お米?」


 白米を手渡されたアルトルーゼは首を傾げた。


「絶対欲しくなるから、とにかく食べてみてくださいよ」


 高橋はそう言って箸で1口大に切ったハンバーグを、1度米にバウンドさせてから口に入れた。それを見ていたアルトルーゼも高橋と同じことをしてみる。


「「んん、んまぁい」」


 同時に声を上げ、同時に白米を口にかきこむ。立ったままで行儀が悪いが、美味しいものは美味しいのである。


「こ、これはたしかにっ、米が進みます」


 さっきおなかいっぱい食べたはずなのに、アルトルーゼはまたしてもお茶一杯の白米を平らげてしまった。


「そ、それで、高橋さん。、このハンバーグをパンに挟むんですか?」

「そうです。こうして、パンにレタスを敷いて、ハンバーグを乗せて、それからこのマヨネーズ、そしてレタス」


 高橋は皿の上で器用に具材を積み重ね、ハンバーガーを作った。パンがバンズではなく食パンなので見た目が残念ではあるが、それでもハンバーガーと呼んでいいだろう。


「た、食べても?」

「どーぞ、って、まだいけますか?」

「んん、私は神ですから、捧げ物は残さずいただけますよ」


 アルトルーゼはちょっとよく分からない言い訳をして、迷うことなく高橋お手製照り焼きのハンバーガーを口にした。神なのに大口を開けてガブリといった。口の中に照り焼きソースとマヨネーズが混ざり合う。


「んんっ、これは、んぐっ」


 アルトルーゼが慌てたので、高橋は慌て水を渡した。水を飲むと、落ち着いたのかアルトルーゼは再びハンバーガーを口にする。


「ふぉおおお、美味しいです。美味しいですよ。高橋さん」


 唐揚げに生姜焼きと併せてご飯一膳、今しがた照り焼きハンバーグに合わせてさらに一膳食べたと言うのに、アルトルーゼはハンバーガーもペロリと一個食べてしまった。別に高橋的にはお供え物でもなんでもなく、試食として作っただけなのだが、この世界の神であるアルトルーゼはいたく気に入ったらしい。


「これをラミトで販売するんですね。きっと人気が出ますよ」

「そうなんですよ。この照り焼き味は、俺の住んでいた日本の味なんですが、世界中で人気になりました。このなんとも言えないあまじょっぱい味わいが中毒性を呼ぶんですよ。きっと」

「中毒性ですか、確かに」


 アルトルーゼはそう言って、名残惜しそうにフライパンを眺めた。フライパンには照り焼きソースがまだ残っていた。


「ダメですよ。これだけ舐めても、美味しくないです。ってか、神様がフライパンにこびりついたソース舐めるとかやめてください」


 高橋が慌てて止めたので、アルトルーゼは伸ばした指を引っ込め罰が悪そうに笑うのだった。


「ラミトからでも、同じダンジョンに入れるんですかぁ」


 高橋はモニターを眺めながら感心したように呟いた。もう1つお試しダンジョンを複製しなくてはいけないのかと思っていたからだ。


「ダンジョンですからね」


 高橋の隣に同じ椅子を用意して座り、アルトルーゼが答えた。入口を複数設けても、行き着くダンジョンは一つになるらしい。国が違っても言語が同じなのは、アルトルーゼが言葉が通じれば争いが起こらないと考えたかららしい。

 ラミトにも似たような感じでダンジョンの入口を設置し、宿屋などの施設を作る。従業員となる石人形を新たに作り派遣する。高橋が器用に石人形を作り出すのを見て、アルトルーゼは感心していた。


「高橋さん、器用ですねぇ」

「日本にいた時フィギュアとか作ってたからですかね?」

「なるほどぉ、ほかの神からきいたのですが、地球の日本人と言う人種は大変手先が器用なのだそうですね」

「ああ、まぁ、そうかもしれませんね」


 高橋は曖昧に笑って見せた。多分褒められているのだろう。そして、何か要求されているような気がしないでもない。


「凄いですねぇ、道まで作ってますよ」

「ほんと、凄いですよね」


 そんな話をしつつ、高橋はダンジョンの続きに取り掛かった。似たような作りにならないように、トラップの難易度を下の階に行くほど上げていく。


「そうだ、神様の象を設置しましょう」


 高橋は今日作ったアルトルーゼを模した?神像をモニターに映し出した。


「ダンジョンからの離脱の魔法陣は5の倍数の階に設置したんですが、やっぱり回復スポットが必要だと思うんですよ。レベル制度を導入したでしょう?カードを見ると自分のレベルとMPとHPが見られる仕組みにしたんです。そうすると、自分がどのくらい疲れてるとか、あとどれ位魔法が使えるとか分かるじゃないですか。でね、救済措置の一環として、神像に祈ると全回復するってどうですか?」


 高橋がそう言うと、アルトルーゼの顔がばぁっと明るくなった。


「高橋さん、素晴らしいです」


 目をうるうるとさせ、高橋の両手を自分の手で包み込むように握りしめてきた。


「は?え?え?」


 突然のことに高橋は大いに戸惑った。


「高橋さん、そんなに私のことを考えてくれていただなんて、ありがとうございます」

「え、いや、待って。なんで神様が俺に頭下げてんの?意味がわからないんですけど」


 高橋が両手をブンブンと振ってアルトルーゼの手を離させた。それでも今度は高橋に抱きつこうとするアルトルーゼを、高橋は何とか落ち着かせようと椅子に座らせようと試みると、石人形たちがやってきて、アルトルーゼの肩や足を押さえつけて、ようやくアルトルーゼが椅子から動けなくなった。


「落ち着いて!なに?なんなの?怖いから、な。あなた神様、俺一般人、ね?」


 石人形が興奮している高橋にコップで水を出てきた。もちろんアルトルーゼにもだ。


「はぁ、お水美味しいですね。ありがとうございます」


 アルトルーゼはからになったコップを石人形に返すと、両手を膝に着け、高橋のことを正面から見据えた。


「実はですね、高橋さん。私、この世界からの信仰心が0なんです」

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