39
――私はゆっくりと、まぶたを開いた。
そこには、見慣れた自分の部屋が広がっている。
けれど、足元には黒い模様が書かれていて、その付近にはサインペンと黒い本と血のついたカッターナイフが転がっていた。鎖骨の下の辺りにカッターナイフを刺したからか、衣服の上の方は少しばかり血で汚れていた。
窓の外には、もう誰もいない。家は静寂に包まれていた。時計を見ると、まだ午後が始まったくらいの時間を示していた。
私はゆっくりと、自分の身に何が起こったのかを思い出す。
それから、のろのろと立ち上がって洗面所の方へと向かった。
到着した私は、鏡の前に立つ。
映っている自分を見るのは怖かったけれど、何とか勇気を出して顔を上げた。
頬にはいつものように、白い傷跡があった。それを目にすると、やっぱり苦しい気持ちになってしんどかったけれど、何とか涙や咳を堪えることができた。そうすることができたのは間違いなく、睡蓮が私の代わりに戦ってくれたことを知っているからだった。
私は大きく息をついて、そうして衣服を脱いでいく。
一糸纏わぬ姿になってから、隅々まで自分の身体を見ていった。
呪いとなったひとが呪いではなくなるには、そのひとが満足するだけの肉体が必要だと、あの本にはそう書いてあった。
だから私は、睡蓮が本当に呪いであることを終わりにできたかを確かめたくて、自分の身体のどこかが変わっていないかを調べた。
けれど、首にも、腕にも、胸にも、腹にも、背中にも、尻にも、足にも……どこにも、何かが変化している様子は見受けられない。鎖骨の下にある傷は、自分で付けたものだ。
不安になった私はふと、最後の睡蓮とのやりとりを思い出す。
もしかしたらと考えて、髪によって若干隠れていた左耳を全て出した。
――耳たぶの辺りが、ほんの少しだけ、欠けていた。
私は思わず、笑ってしまう。
「あはは……はは、」
たったこれだけしか、睡蓮は持って行かなかったのか。きっと優しい彼女のことだから、ただでさえ傷跡のある私に、これ以上何かの跡を残したくないと思ったのだろう。そういう睡蓮の気遣いが、今の私には嬉しくてしょうがなくて、そしてどうしようもなく、
「ははは…………うあ、う……うああ……あああああ……」
――悲しくて、しょうがなかった。
私は睡蓮のことを思いながら、ひとしきりの間涙を零した。
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