25

 ――それから、一週間ほどの時間が流れて。


 あの出来事があってから学校を休んでいた国府田さんが、久しぶりに登校してきた。


 ◇


「国府田さん」


 昼休み、私は教室の外に出て行こうとする彼女を呼び止める。国府田さんは長い黒髪を淡く揺らしながら、そっと振り返った。


「……寺嶋さんですか。こんにちは」

「うん、こんにちは」


 国府田さんの目元には、濃いくまが浮かんでいた。余り眠れていないのかもしれない――その事実にずきりとした胸の痛みを覚えながら、私は口を開く。


「ちょっと話がしたいんだけれど、いいかな?」

「……いいですけど」

「よかった。ありがとう」


 そう述べた後で、四階の方に行こうか、と私は提案した。




 やっぱりこの時間帯の四階には、殆ど人がいなかった。私と国府田さんは、窓の側に向かい合うようにして立つ。

 先に声を発したのは、国府田さんだった。


「それで、私と話したいって……何かあったんですか?」


 彼女の言葉に、私は頷きを返す。


「うん。その……だいぶ、暗い質問になってしまうの。だから、もしもそういうのが嫌だったら遠慮なく伝えてほしいんだけれど、大丈夫かな?」


 国府田さんは少し逡巡した後で、「ええ、大丈夫ですよ」と悲しげに微笑んだ。


「ありがとう。じゃあ、聞くね。……国府田さんは、佐山さん、村瀬さん、篠倉さんの三人が亡くなってしまったことは、たとえ彼女たちのしたことが間違っていたとしても、あってはならないことだったと思う?」


 国府田さんの口角が、歪んだのがわかった。

 それもそうだろう、と思う。自分が今残酷な質問をしているのだということは、はっきりと理解していた。……それでも私は、問わなければいけなかった。


 


 やがて国府田さんは、口を開いた。


「随分とデリケートなことを聞くんですね」


 少しばかり糾弾しているような響きでそう言われ、私はぎゅっと唇を引き結んだ。


「……ごめんなさい。どうしても、知りたかったの。そうしないと、前に進めそうになくて」

「前に、ですか……まあ、大丈夫と言ったのは私ですし、別にいいですよ」

「ありがとう」


 私はそっと頭を下げる。

 国府田さんは淡く目を細めながら、ゆっくりと話し始めた。


「まず、質問に答えますと……あってはならないことだと思いますよ。人間生きていれば、それが悪意のあるなしにせよ、他の人に酷いことをしてしまう、間違ってしまうなんてよくあることです。例えばそれが、法によって裁かれて死刑となるのなら別なのかもしれませんが……そうでないのなら、私たちは死なないでいいのだと思います」


 国府田さんはそう言った後で、うっすらと笑う。


「……まあこれは、私が律佳ちゃんたちを好きだったから、言えることかもしれませんけど」


 そんな彼女の言葉たちを、私は少しずつ自分に浸透させた。

 そうしてから、国府田さんを見据える。


「教えてくれて、ありがとう。それと……本当に、ごめんなさい」

「別に何度も謝らなくていいですよ。で、これで前に進めそうです?」


 国府田さんに優しく尋ねられて、私はしっかりと頷いてみせた。


「……うん。立ち止まっているのは、これで終わりにする」


 そうですか、それは何よりです――国府田さんはそう言って、微笑んでくれた。

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