18
翌日の昼休み、私は購買で買ったおにぎりを一人で咀嚼していた。
悲しい気持ちが続いているけれど、高校を休む気にはならなかった。両親は共働きで余り干渉してこないとは言え、私のことを大切に思ってくれてはいる。急に学校に行かなくなったら、きっと心配を掛けてしまうだろう。ただでさえ忙しい両親に、そういう思いはさせたくなかった。
イヤホンを挿したスマホで適当な動画を流して、黙々とご飯を食べる。睡蓮がいなくなってから、余り人と会話しなくなってしまった。もっと色々なクラスメイトと話しておけばよかっただろうか、とふと思う。
でも、たとえ今の自分が過去に戻れたとしても、睡蓮とだけしか話さないような気がした。それもそうかと自嘲気味に笑う。結局私が求めているのは、睡蓮との日々だけなのかもしれない。
……そういえば。
高校でできた友人は睡蓮だけだけれど、それ以前の友人はどうして疎遠になってしまったんだっけ……?
小学校と中学校は、家から近い地元のところに通っていた。そこではそれなりにうまくやっていたし、人並みに友人もいたはずだった。
けれど、その頃の友人の名前や顔を思い出そうとしても、ぼんやりとしか頭に思い浮かばず、肝心の部分が霞がかったようになってしまう。どうしてだろうか……中学校を卒業してから、まだそこまで長い時間が流れてはいないはずなのに。
ふと、中学一年生の頃から使っていたメッセージアプリの存在を思い出した。高校に入ってからは睡蓮とばかり話していたから忘れていたけれど、そこにはかつての友人たちのアカウントややり取りが残されているはずだった。
私は動画の再生を止めて、最近余り開いていなかったアプリを起動する。
――けれどそこに登録してあった連絡先は、睡蓮、そしてお母さんとお父さんの三つだけだった。
「……え、」
自分の口から、ぽろりとそんな独り言が漏れる。
どうして、と思った。確かに私は、このアプリで色々な人と会話したはずだった。けれど、メッセージ履歴に残っているのも睡蓮や家族とのやり取りだけだった。
――昔の私が、全て消してしまったのだろうか?
その仮説は、すっと頭に馴染んだ。けれど、そんな記憶は私の中になかった。それだけのことをして、覚えていないなどあり得るだろうか……?
教室の喧騒の中で、私はねばつくような感情に捉われていた。
◇
放課後、私は駅の方に向かっていく学生たちに逆流するように、高校までの道のりを早足で歩いていた。電車に乗ってそのまま帰る予定だったのだけれど、駅のホームでスマホを教室に忘れてきたことに気付いたのだった。
うっかりしていたなと反省しながら、ふと空を見上げる。残りかけの青色に、柔らかなオレンジ色が混ざり合っていた。
早歩きだったからか、高校に着く頃には少しばかり身体が疲れていた。昇降口で革靴から上履きに履き替えて、一年三組の教室を目指す。クラスメイトはきっと皆帰ったか部活に行っただろうな、と思った。
しかし、見えてきた教室からは蛍光灯の明かりが零れていた。誰かが残って雑談しているのだろうか――そう思いながら、教室に入ろうとする。
……でも、残っている二人の姿を見たとき、思わず足が止まった。
何故ならそこにいたのが、村瀬さんと篠倉さんだったからだ。佐山さんと一緒になって国府田さんを虐めていた、あの二人だ。無理矢理髪を切られた記憶が頭をよぎって、思わずうっとなる。
でも、彼女たちはどうして教室に残っているのだろう……? それが疑問で、申し訳ないと心の中で少し思いつつも、私は入り口の扉に隠れるようにしながら耳を澄ませた。
「――すれば、終わるんだろう」
「それがわかったら、苦労はないよね」
「もう、ほんとにしんどい。うちら、
「それでも、同罪ってことなんじゃない。私たちだって、ああいうことをして楽しんでいた節もあったと思うし」
リツカ……? 慣れない響きに一瞬戸惑ったけれど、少しして思い出す。佐山さんの、下の名前だ。
私が考えている間にも、会話は進んでゆく。
「それはそうだけど……でも、同罪って何。だって咲姫のこと虐めようってなったのも、律佳と咲姫が揉めたのが原因で、うちらは全然関係なかったじゃん。なのに何でうちらまで、こんなに辛い目に遭わなきゃいけない訳……!」
「わからないよ。そもそも、もしかしたら虐めと全く関係ないことが原因かもしれないし」
村瀬さんが感情的になっているのに対して、篠倉さんは冷静に話しているようだった。「こんなに辛い目に遭う」という言葉が、私の中で引っ掛かる。だって二人は今、このクラスで酷いことをされてはいないはずだ。多少居心地が悪くても、それは自己責任ではないだろうか……?
そう思っていた私に、村瀬さんの言葉が再び届く。
「そんな訳ないじゃん! 戸田さんが死んで、咲姫への虐めがなくなって……そのタイミングで、うちらに気味悪い心霊現象が起こるようになったのに! 都はそれでも、そんなことが言える訳!?」
……背筋に、寒気が走った。
彼女は今、「気味悪い心霊現象」と言った。すなわち、不可解な出来事が起こっているのは私だけではなく、村瀬さんも……いや、村瀬さんたちもだったのだ。
「もしかしたら、って言ったでしょ。別に全否定してはいないよ……それと、ごめん。私の言い方、いつもに増して冷たかったかも」
「いや……ううん、うちもよくなかった。急に声荒げちゃって、まじでごめん。許して」
「気にしないで。……やっぱり私たち、疲れてるんだと思う。今日はもう帰ろう」
「……うん、そうしよ」
二人が出てくるのだと一瞬遅れて理解して、私は思わず誰もいない隣の教室に駆け込んだ。村瀬さんと篠倉さんが廊下を歩く足音が聞こえて、段々と遠ざかっていく。
窓の向こうは、すっかり濃いオレンジ色の空へと変貌していた。それはとても綺麗なはずなのに、どことなく狂気的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます